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第二章 新領地への旅

第18話 大人の時間

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 俺たちはジロンド子爵の屋敷に泊めてもらうことになった。
 ゲストとして夕食に招かれ、妹のマリーがジロンド子爵の子供たちと仲良くなった。

 ジロンド子爵の子供は二人。
 二人とも男の子で、五歳と三歳だ。
 妹のマリーがお姉さん風を吹かせていて、非常に微笑ましかった。

 夕食が終わり夜になれば、大人の時間だ。
 俺はジロンド子爵に、屋敷の応接室に誘われた。

 応接室にはゆったりと座れるソファーがあり、ジロンド子爵が手ずからワインを注いでくれた。
 俺は十三歳とはいえ爵位を継いで正式にエトワール伯爵となった。
 こういった男同士の付き合いは、こなさなくてはならない。

 ジロンド子爵と俺はソファーに座り、乾杯をする。

 形だけワインに口をつけた。
 フルーティーな香りが鼻腔をくすぐる。
 飲みやすそうなワインなので、一口だけ口にする。
 ふわっと華やかな香りが口の中に広がる。

 前世の大人だった頃の記憶が蘇り、前世で飲んだワインと比較してみた。

 それほど高いワインではないと思う。
 けれど香りが良いし、味も飲みやすい。
 俺が、まだお子様だから、渋くないワインを選んでくれたのだろう。

「飲みやすく美味しいワインですね。香りが華やかで好きなワインです」

 俺がワインを品評すると、ジロンド子爵が驚いた。

「いや、恐れ入った! エトワール伯爵は、お若いがワインの味がわかるのか?」

「まあ、その……当家は困窮しておりましたので、あまり口にしたことはありませんが……」

「何か色々事情がありそうですね」

「ええ。王都では有名な話です」

「ああ、中央部の貴族は王都に住まう方が多いと聞きます。あいにく私は南部暮らしで、王都へは一年に一度行くかどうかで」

「領地を大切になされて素晴らしいと思います」

 何か腹を探り合うような雰囲気になってしまった。
 快活なジロンド子爵だが、夜になり二人になると貴族らしい重厚さが出てきた。

 俺はワインをもう一口飲む。
 後ろに控えた執事のセバスチャンが、あまり飲み過ぎるなと小声でアドバイスをする。

 いや、このワイン、飲みやすくて美味しいんだ。
 俺は重口のどっしりしたワインより、普段使いで飲める軽めのワインの方が好きだ。

「最近の王都はどうなっていますか?」

「そうですね……」

 俺はポツポツと王都の話をした。
 ジロンド子爵は、興味深そうに聞いていた。
 南部暮らしでは、王都の情報がなかなか入ってこないのだろう。

 だが、俺が爵位を継承し王都から追放された話をすると、怒りを露わにした。

「国王陛下もひどいですね! 我ら領地貴族は、国王との契約によって主従関係を結んでいるに過ぎません! 領地を取り上げて、違う領地をあてがうなど、我ら領地貴族に対する背信行為ですよ!」

「ジロンド子爵のおっしゃる通りです。私も、そのように思いましたが、あの場では逆らうことも出来ず領地返上に応じたのです」

「ええと……。エトワール伯爵家の元々の領地は……」

「中央部の北ですね。北部と中央部を結ぶ街道沿いです」

「それは好立地ですね! 手放すには惜しい!」

 ジロンド子爵は、酔いが回ってきたのか、アクションが大きくなってきた。
 右手でビタンと額を叩き、空を仰いだ。

「先祖伝来の土地を手放すのは苦渋の決断でした。本当に立地は良かったですから……。だからこそ、国王陛下がエトワール伯爵家の領地を欲したのでしょう」

「なるほど。国王陛下の私利私欲ですか……」

「ん……。中央部を安定させて、国を中央集権体制にしたいのでしょうね……」

「どういうことでしょう?」

 俺も酔いが回って、前世の知識を引っ張り出し、政治談義をぶってみた。
 ジロンド子爵は、時に楽しそうに、時に思慮を深め、俺との会話を楽しんでいた。

 豪快で親しみやすい人物だが、こういう思慮深さを見せられると、やはり貴族家の当主なのだと感心してしまう。
 南部で有力者の一人であるだけのことはある。

 話は盗賊の襲撃に移った。
 刺客の話をすると、ジロンド子爵は露骨に嫌悪感を露わにした。

「エトワール伯爵とマリーちゃんを亡き者に……ですか……。許しがたいですね!」

「これはあくまで推測に過ぎません。ですが、私たちは油断が出来ません」

「いや! わかりますよ! 私だって妻や子供が狙われたらと思うと、平常心ではいられません。そうだ! 私が護衛しますよ! 新しい領地までご一緒しましょう!」

「え?」

 ジロンド子爵の突然の申し出に、俺は目を白黒させる。

「竜騎兵を出しましょう。あまり数は出せませんが、しっかりと目に見える護衛がつけば大分違うでしょう」

「それは……大変心強いですが……よろしいのでしょうか?」

「ここまで話を聞いて放っておいたら、南部男の沽券に関わりますよ!」

「では、お言葉に甘えさせていただきます! ありがとうございます!」
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