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第一章 王都から追放

第3話 忠臣セバスチャン

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 俺は豪奢な宮殿から、エトワール伯爵家のオンボロ王都屋敷へ戻ってきた。
 屋敷の扉を開けると妹のマリーがキラキラ輝く金色の髪をなびかせて走ってきた。
 ボフっと俺に抱きつく。

「お兄様! お帰りなさい!」

「ただいま。マリー」

 抱き上げたマリーは軽い。
 あまり食べていないので、あまり成長していないのだ。

 エトワール伯爵家の食事事情は過酷だ。
 平民でも食べるのを躊躇しそうなカチコチのパン。
 かろうじてお湯ではないと理解出来るスープ。
 向こうが透けて見えそうな薄切り肉が出ればテンションマックス!

 いうまでもないことだが、今日も昼食はない。
 貧しいエトワール伯爵家は一日二食!

 続いて執事のセバスチャンが頭を下げる。

「ノエル坊ちゃま。お帰りなさいませ。爵位継承はいかがでしたか?」

「無事に……とはいかなかったが、爵位継承は認められた」

「お兄様! おめでとうございます!」

 マリーがお祝いのキスを俺の頬にしてくれた。

 続いて執事のセバスチャンが祝いの言葉を告げる。

「おめでとうございます。もう、坊ちゃまと、お呼びできませんね。伯爵様とお呼びしなければ」

「身内だけの時は、今まで通りノエルと呼んでよ」

 執事のセバスチャンは、子供の頃から世話になっている。
 苦楽をともにした間柄だ。
 使用人というよりも、家族に近い関係なのだ。
 爵位を継承した途端に他人行儀な『伯爵様』呼びは寂しい。

「かしこまりました。ノエル様」

 俺とセバスチャンはニコリと笑い合う。
 貧しいながらも気持ちが通じる人が近くにいるのは嬉しいことだ。

 執事のセバスチャンがキリッとした顔に切り替えた。

「ノエル様。『無事にいかなかった』とおっしゃりましたが、何があったのでしょう?」

 気が重いなぁ……。
 これから領地が取り上げられたこと。
 王都から、社交界から追放されたことを二人に言わなくてはならない。

 俺は抱いていたマリーを下ろして、グッと歯を食いしばった。
 覚悟を決めて二人に王宮で起きたことを話し出す。

「エトワール伯爵領を国王陛下に返上した。それから今日中に王都から出て行けと命じられた」

「「ええっ!」」

 妹のマリーと執事のセバスチャンが、目を大きく開けて驚く。
 妹のマリーは呆然とし、執事のセバスチャンは眉間にしわを深く寄せた。

「ノエル様。なぜ、そのようなことになったのでしょう?」

「父の借金が原因だ。ルナール王国貴族にあるまじき行いだと糾弾された」

 二人ともガックリと下を向いた。
 父の借金を持ち出されては、何も言えないのだ。

 しばらく無言の時間が過ぎたが、セバスチャンが再起動した。

「では、今日中に王都から出て行けというのは……」

「ああ。宮廷から追放……。つまり、王都の社交界から追放だ」

「申し訳ございません。私も先代様をお諫めしたのですが……、痛恨の極みです……」

「セバスチャンの責任じゃないよ」

 セバスチャンは、今回の件に責任を感じているが、父のギャンブル狂いはどうしようもなかった。
 俺も何度か諫言したが、父はギャンブルをしていない時はいつも上の空で、俺の言葉はまったく届いていなかった。

「お兄様! 私たちはどこに住むのでしょう? 領地はなくなって、王都から出ていかなくてはならないのでしょう?」

 マリーは目に涙を浮かべている。
 不安なのだろう。
 俺は慌ててマリーを落ち着かせようとした。

「でも、大丈夫! 代替地をもらったんだ!」

 胸元から地図を取り出し、二人に広げてみせる。

「ほら! この地図を見て! 丸が付いているところが新しい領地だよ!」

 二人は俺が広げた地図をのぞき込む。
 地図の下の方にペンで乱暴に丸く囲われたところが、エトワール伯爵家の新領地だ。

「南……ですか……。南……」

 執事のセバスチャンは、地図を見て動揺する。
 だが、妹のマリーは前向きだ。
 パッと華やいだ笑顔をみせた。

「まあ! 海が近いのね! ねえ、お兄様! 釣りをしましょう! きっとお魚が食べられるわ!」

 俺と執事のセバスチャンは、顔を見合わせて吹き出した。
 マリーは凄い!
 この切羽詰まった状況でも、希望を見いだすなんて!

 俺は優しくマリーの頭をなでる。

「そうだね、マリー。お魚を食べよう」

「それに南なら冬でも暖かいですわ! ああ、そうだわ! オレンジ! きっと南方のフルーツも食べられますわ! 楽しみね!」

 マリーは、良いところを見つける天才だ!
 俺は救われた気持ちになった。

「では、マリーは支度をしておいで」

「はい、お兄様!」

 マリーがウキウキとした足取りで自室へ向かった。
 マリーがいなくなると、執事のセバスチャンが厳しい表情に戻る。

「ノエル様。南方は魔物が多く危険な地域です。新しい領地なら、もう少し良い場所でも良いかと……」

「うん……、実はね……。マリーがいたから話さなかったけど、これは国王と宰相マザランの陰謀なんだ」

「えっ!?」

 俺は王宮で起ったこと、俺が感じたことを、執事のセバスチャンに話した。
 俺が話し終えると、執事のセバスチャンは驚き声を上げた。

「なんと!? では、先代様の死は国王陛下と宰相の陰謀なのですか!?」

「ああ」

 執事のセバスチャンは、ギュッと拳を握りながら、何度も深呼吸をした。
 俺は執事のセバスチャンが落ち着くのを待った。

 やがて、執事のセバスチャンは、荒い呼吸を整えて声を潜めた。

「ノエル様。証拠はございますか?」

「ない。だが、俺は確信している。そもそも段取りが良すぎる。父が急死して爵位継承を申し込んだら、その日のうちにこんな話だ」

「た、確かに……。エトワール伯爵領が陛下の狙いでしたか……。では、先代様がギャンブルに熱中したのも?」

 俺は執事セバスチャンの指摘をジッと考える。
 どうだろうか?
 父がギャンブルに熱中するよう仕向けたのは陛下と宰相だろうか?
 いや……、さすがにそれは無理があるだろう。

 父がギャンブルに手を出し始めたのは、母が亡くなってからだ。
 母が亡くなったのは、マリーを産んですぐ。
 マリーは八才だから、父がギャンブルを始めたのは約八年前だ。

 八年前は、我がエトワール伯爵家の財政は健全で借金もない。
 陛下と宰相マザランが、ターゲットにするほど弱い貴族家ではなかっただろう。

 それなら……。

「父上がギャンブルに熱中しているのを聞きつけて、今回の陰謀を思いついたのかもしれない」

「なるほど……。では、先代様が借金をしていたのは、陛下や宰相の息がかかった商人かもしれませんね」

 執事のセバスチャンが、悪い予想を続ける。
 執事のセバスチャンは、我がエトワール伯爵家の帳簿をつけているから、リスクに敏感なのだろう。
 色々考えてしまうのも無理からぬことだ。

「ノエル様。危険ではございませんか? 国王陛下と宰相閣下が手を組んで、エトワール伯爵家を陥れようとした……。であれば、危険な南方地域に領地を用意したのは、ノエル様を亡き者にしようとしているのでは?」

 俺は執事セバスチャンの推測を聞いてゾッとした。
 なるほど。あり得る話だ。

「死人に口なしか……。邪魔者は始末する。用済みは、ゴミ箱にポイ! 領地を奪い取ったエトワール伯爵家を根絶やしに……、というわけか……」

「絶対ではございませんが、警戒した方がよろしいでしょう。今代の陛下は、評判が悪うございます。宰相マザラン閣下は、言わずもがな……」

「魔物が多く危険な南方に追いやって、俺たちが魔物に襲われて死ぬのを待つ。ないしは、刺客を放つ……。やりそうだな!」

 全く何てことだ!
 日本から異世界に転生して、『貴族でラッキー! ノンビリとラグジュアリーなセカンドライフ!』と思ってたのに!
 ハードモードは、まだ続くのか!

「セバスチャン! とにかく出発準備を進めよう! 今日中に王都を出て行かなければ、何をされるかわからないからね」

「かしこまりました。他の使用人はいかがいたしましょうか?」

「本人の判断に任せよう。新領地へ行きたくない者は、ヒマを言い渡してくれ。セバスチャンも王都に残るなり、旧エトワール伯爵領の家族の元に戻るなりして良いよ」

「何をおっしゃいます! 我が家は代々エトワール伯爵家に執事としてお仕えしております。ノエル様に、どこまでもついて行きます!」

 執事のセバスチャンは、燃えるような熱い瞳を俺に向けた。
 執事セバスチャンは初老に差し掛かっている。
 新領地へ連れて行って苦労させても良いモノだろうか?
 家族の元で平穏な老後を過ごした方が幸せではないだろうか?

 だが、執事セバスチャンが新領地へ同行してくれるなら、非常に心強い。
 俺も妹のマリーも、子供の頃からセバスチャンの世話になっている。
 気心の知れた者がいるだけで、俺もマリーも助かる。

 ここは執事セバスチャンに甘えさせてもらおう。

「わかった! 新領地へ一緒に来てくれ! セバスチャンの力を貸してくれ!」

「かしこまりました! 全身全霊でお仕えいたします!」

 セバスチャンは、笑顔で引き受けてくれた。
 早く新領地の経営を軌道に乗せて、セバスチャンの家族を呼び寄せられるようにしよう!

 セバスチャンが屋敷の奥へ向かい、俺は玄関ホールから自室へ向かおうとした。

 すると屋敷の外から楽しそうな歌声が聞こえてきた。
 歌声は徐々に近づいてくる。

「ニャン♪ ニャニャニャ♪ ニャニャニャニャ♪ ニャンニャ♪ ニャンニャ♪ ニャン♪」

 えっ!?
 このメロディーは!?
 軍艦マーチ!?
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