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第4章 ヴェネタ共和国

4-5 奴隷の恨みは怖い

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 ――翌日昼。

 ルピアの街に到着した。
 結構、大きな街でダンジョンがあるからか、賑わっている。

 ダンジョンアタックは、明日の朝からなので、半日自由行動だ。

 今日はちょうど市場が立つ日で、街の広場は臨時の店が沢山でいた。
 近隣の農家が広場に木箱をならべただけその素朴なお店が多く、売り物の主力は野菜や果物が多い。

 姫様アリーとセシーリア姉さんのエルフコンビが興味深そうにお店をのぞき込み、農家のおかみさんとやり取りをしている。

「ふむ。これは何と言う果物じゃ?」

「これはオレンジだよ! ほら! 手に取ってごらん良い匂いだろう?」

「おお! セシーリア! お主も手に取って見ろ!」

「まあ! 本当に良い匂いだわあ!」

 ああ、エルフの国は北にあるから、オレンジを見るのは初めてなんだね。
 オレンジは暖かい地方の果物だからな。

「しかし、この皮は固くて食べるのが大変そうじゃな……」

「あっはは! エルフのお姉さん、面白いね。オレンジはね。こうして皮を剥いて、中身を食べるのさ。ほら、サービスだよ! 食べてごらん!」

「おう! 何とみずみずしいのじゃ!」

「ねえ! ナオト君! このオレンジをダンジョンに持って行きましょうよ! 休憩で食べたーい!」

 セシーリアお姉さんが、駄々をこねる。
 年上に駄々こねられるって、たまに嬉しい。

「はいはい。じゃあ、おばちゃん、これひと箱貰うよ」

「ありがとう! まとめて五千ラルクで良いよ!」

 五千ラルクなら、大分安い気がする。
 オレンジをマジックバッグに収納し終わると、今度はネコ獣人のカレンが呼ぶ。

「ニャ! みんな来るニャ! きれいなブドウだニャ!」

 カレンが見つけたのは、無色で楕円形のブドウだ。
 農民のおじさんが、カレンの相手をしている。

「不思議だニャ! 色がないニャ!」

「ネコのお嬢ちゃん。これはそう言う品種なんだよ。ほら、一個食べてごらん。皮ごと食べられるよ」

「皮ごとニャ!? あー! これ甘くて美味しいニャ!」

 地球にもあったな。
 旅行先のオーストラリアのスーパーで売っていたな。

「これも買おうか?」

「ニャ! 食べたいニャ!」

「すいません。このブドウをひと箱下さい」

「おっ! まとめ買いか! 四千ラルクでどうだい?」

「オッケーです。四千ラルクで買います」

 ダンジョンに潜るとずっと同じ景色を見る事になり、結構なストレスを感じる。
 そうすると食事が何よりの楽しみだ。
 新鮮なフルーツは、気分転換になって良いと思う。

 こうして、俺たちは市場で果物を中心に買い物を楽しんだ。
 ヴェネタ共和国は南にある温暖な国だけに、種類も豊富で、北国出身のみんなは珍しがっていた。

 そうしていると、嫌な奴から声がかけられた。
 異世界一説教が長い男。
 ハンスだ。

「なんだよ。随分景気が良さそうじゃねえか!」

「はあ……」

 話す事は何も無いので、俺は生返事を返した。
 早くどっかへ行ってくれないかな、と思ったのだが、ハンスは一方的に話し始めた。

「オメー気に入らねえな。アドニスさんに取り入りやがってよ!」

「何の事ですか?」

「ギルド職員の護衛の事だよ!」

 早くもエキサイト気味のハンス。

(アンタが悪いんだろうが! つまらない事をグチグチ話すから、ビアッジョさんがこっちに逃げて来たんだよ!)

 心の中で悪態をつき、自重する。
 明日から、レッドドラゴン討伐だ。
 ここで余計なもめ事を、引き起こす事はない。

「ウチが鋼鉄製のタワーシールドを用意したからじゃないですか? アンチマジック処理したのが二枚あるので、安全度が高いって判断されたのでは?」

 本当の事を言うのが、一番傷つくって言うからな。
 俺はもっともそうな理由を話して、誤魔化す事にした。
 そしたら、ハンスはネチネチモードに切り替わってしまった。

「へえ~。オマエどっか、イイトコのお坊ちゃんか? なあ、そうなんだろ?」

「違いますよ」

「ウソつくなよ! アンチマジック処理した鋼鉄製タワーシールド二枚って、そうそう買えないだろう?」

「臨時収入があったんですよ」

「一緒にいるのも女の子だらけだしな。金持ってんだろ?」

 あ。なんかダメ。
 こう言う話し方、生理的に受け付けない。

「いや……。そちらだって、女性が二人もいますよね?」

 ハンスの後ろには、奴隷の女性二人が付き従っている。
 美人とは言えないが、まあ、普通の容姿だ。
 顔立ちは悪くない。
 ただ、戦闘でついた傷が体のあちこちにあり、顔にも傷がある。

「あー、これな。これはホレ、奴隷だからさ」

 ハンスは、いきなり女奴隷の胸を鷲掴みした。
 乱暴な力任せな触り方に、女奴隷が苦悶する。

「グッ……」

「ちょっ! こんな市場の真ん中で何やってるんですか!」

「何って? 自分の所有物を触っているだけだぜ。こいつらはよう。気が利かねえし、見た目も悪いだろ?」

 さすがにこの発言は鼻白んだ。
 女奴隷さんたちも、目を伏せて不機嫌そうな顔になった。

「いや、そう言うのはちょっと……。そんなに見た目も悪くないですよ」

 衆人環境で女性の容姿をウンヌンするのは、マナー違反だろう。

 それに何より女奴隷さんたちは、傷だらけだ。
 そんな事を言われたら、心も傷つく。

 二人は長剣を腰に下げているから、戦士系のジョブで前衛職だと思う。
 ハンスは俺と同じ弓士で、後衛職だ。

 あくまで俺の想像だけれど、女奴隷さんたちは必死に前衛を務めている。
 主人のハンスを守って出来た名誉傷だ。

 それを見た目が悪いとか……こいつ最悪だな!

「オマエの所は、一人美人がいるな。おっぱいもデカイしよ。ウチのと交換しろよ」

 何、言ってんの?
 アドニスさんが、『ハンスは人望がない』と言っていた理由がわかった。

 ハンスは、さっきから悪気は無く毒を吐き続けている。
 本人に自覚がまったくないのだ。

 人を不機嫌にさせて、不愉快にさせて、本人は気が付ない。
 これでは周りにいる人は、堪らない。

「セシーリアさんは、奴隷じゃありませんよ! 自分の意思で俺たちと一緒に行動しています。大事なパーティーメンバーですよ!」

「えっ!? そうなのか? 金で契約してるとかじゃないの?」

「違いますよ!」

「へえ……。なあ、じゃあ、オマエの実家の権力で言う事を聞かせてるのか? そうなんだろ? なあ、実家はなにやってんだ?」

「俺に親はいませんよ! それに、俺は元奴隷ですから。権力何てありません」

 いい加減ウンザリしたのだが、俺の言葉を聞いたハンスは驚いた後、いやらしくニヤニヤ笑いだした。

「ええっ? ウッソ! オマエ元奴隷なの? えー、そうなのかあ。こいつらと同じなのかあ」

「……」

 うわっ!
 自分より下の人間を見つけた! って喜んでいやがる。
 下衆いなあ。

「へー。元奴隷ね。首輪してないじゃん」

「首輪は、外れました」

「えー、嘘だ。首輪は外れないよ」

 俺はジッとハンスを見て、間を取った。
 二呼吸おいて、ハンスに教えてやる。

「奴隷の首輪は、主人が死ぬと自動で外れますよ。主人が死ねば、奴隷は解放されます。主人が死ねばね」

 最後の方は、奴隷のお姉さん二人の方へ噛んで含めるように告げた。
 奴隷のお姉さん二人の目の色が変わる。

 さすがのハンスも空気の変化を感じたらしい。

「ちょっ! オマエ何言ってるんだ!」

 俺はハンスを無視して、奴隷のお姉さん二人に語りかける。

「俺が解放されたのはね。ダンジョンの戦闘で、ご主人様が死亡したからなんだ。二十階層のボス戦で、普段と違う魔物が現れたんだ。大人数のパーティーだけど、次々と仲間は倒されてね」

「オイ! やめろよ!」

 断る!
 ハンスは、俺の肩をつかんで止めようとするが、俺は無視して話し続ける。
 だって、女奴隷のお姉さん二人が、真剣に聞いてくれているからさ。

「俺は荷物持ちだった。だから、背負子にご主人様を縛り付けて、何とかボス部屋から脱出した。幸いご主人様が帰還石を持っていて、それで無事地上に戻れたんだ」

「テメー! やめろって、言ってるだろ!」

「すぐにご主人様を冒険者ギルドに運び込んだ。けれど、出血も酷くて、ポーションや回復魔法も間に合わなくて、息を引き取った。そしたら、ガチャンと首輪が外れたのさ」

 胸を鷲掴みにされていたお姉さんが、俺を真っ直ぐ見て質問をして来た。

「それ、犯罪にはならなかったの?」

「いや。お咎めなしだよ。冒険者ギルドのギルド長が、奴隷解放を認めてくれたよ。あくまで戦闘で主人が傷ついて死亡しただけだからね。わかるよね? 『戦闘の結果として、主人が死んだとしても奴隷は罪に問われない』」

「なるほど……」
「ふう。そうか……」

 奴隷のお姉さん二人は、ギラリと目を輝かせた。

 俺は後から知ったのだけれど、奴隷は主人に危害を加える事は出来ない。
 あの首輪に魔法が掛かっていて、奴隷の行動を制限するそうだ。

 とは言え、俺がお姉さん二人に話したように、主人を亡き者にする方法が無い訳じゃない。

 魔物との戦闘で、意図的に主人を助けなければ良い。
 魔物の攻撃を主人に誘導するとか、やり様はいくらでもある。

 ダンジョンなんて特に密室だ。
 何が起こったかなんてわからない。

 ハンスは、奴隷に対して随分威張り腐ってたようだが、奴隷だって人間だ。
 扱いが悪ければ、そう言う形で反乱を起こす事だってあり得る。

 自業自得だな。

「じゃ、明日からのダンジョン探索が楽しみですね。失礼しまーす」

 無言で睨みつけるハンスを置いて、俺はさっさとその場を立ち去った。
 女奴隷のお姉さん二人がどう行動するかは、俺は知らない。
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