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王都編

第90話 上がった煙

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 翌朝、俺たちは屋敷でマチルダが来るのを待っていたのだが、いつまでたってもマチルダは来ない。

「来ないね」
「来ませんね」
「どうしたのかな?」

 昨日、マチルダと普通に分かれたし、姉のフランチェスカさんも『ありがとう。これからもよろしく頼む』と俺に言っていた。
 マチルダが来ない理由が無いのだが……。

 それに師匠の神速のダグが、打ち合わせでフランチェスカさんの家へ向かった。
 マチルダが家に居て、例えば――やっぱり俺たちとは組みたくない、とか言ったなら、ここに連絡が来るはずだ。

 時を告げる鐘が鳴っている。
 午前九時だ。
 異世界の朝は早く、陽が昇ればみんな活動を開始する。
 冒険者ギルドも八時になれば開いているのだ。
 九時になっても来ないと言うのはおかしい。

「冒険者ギルドに直接行ったのかな~?」

 セレーネがつぶやいた。
 直接ギルドへ……か。

「その可能性はあるかも……ギルドへ行こうか?」

「そうですね。待っていても仕方ないですし」
「行ってみよう~」

 俺たちは、もやっとした気分を抱え第三冒険者ギルドへ向かった。

「いないね」
「いませんね」
「マチルダ~どこ~」

 しかし、第三冒険者ギルドにマチルダの姿はない。
 室内に人の気配はなく、裏の方から音が聞こえて来る。

 ギルドの裏に回ると、ハゲールとジュリさんがいた。
 二人は薪割り中だった。

「なんでギルド長の私が薪割りなんぞしなくちゃならないんだ!」

「冬支度ですよ。文句言わないで下さい」

「まったく! こんな仕事は、見習い冒険者にやらせる仕事だ!」

「じゃあ、その見習い冒険者とやらをスカウトして来て下さい」

 ハゲールはボヤくが、ジュリさんが上手くなだめながら薪割りをさせている。
 大変だな……。

 ハゲールが俺たちに気が付いたが、目を開いて素っ頓狂な声を上げる。

「ヒロト!? オイ! オマエたち! なぜ、ここにいる!?」

「えっ!?」

「狩場で待ち合わせているんじゃなかったのか? マチルダは、大分前に一人で出たぞ!」

 一人で出た!?
 狩場で待ち合わせ!?
 そんな約束はしてないぞ!

 俺は慌ててハゲールに聞き返す。

「ちょっと! どう言う事ですか!? マチルダが一人っきりで狩場へ向かったんですか?」

「そうだ! だから! 何でオマエたちがここにいるんだ? マチルダはどうした?」

「どうしたもこうしたもないでしょう! どうして止めなかったんですか!」

 確かにマチルダは強力な魔法を使うし、魔法の起動も早い、複数の魔物に攻撃も出来る。
 しかし、それでも一人で狩場へ向かうのは危険だ。
 討ち漏らしや奇襲の可能性もあるし、一人じゃロクに休憩もとれない。

 それにMPがゼロになればマチルダに戦う術はない。
 リスクが高すぎるだろう。

 俺の後にサクラとセレーネも続く。

「ギルドマスター! 一人で活動させちゃダメでしょう!」
「そうだよ! 女の子一人で危ないよ!」

 ここはルドルの街じゃない。
 ルドルの街なら、街の付近に魔物は滅多に出ないし、ダンジョンだって初心者向けだから一人で入っても浅い階層なら問題ない。

 だが、ここは王都なのだ。
 そして、第三冒険者ギルドの担当エリアは、魔の森に隣接している危険度が高い地帯……。

 ハゲールのヤツ!
 その辺の感覚が、まだわかってないな!

 俺たちの剣幕にハゲールも事態を呑み込んだらしく、みるみる顔色が悪くなって来た。

「まさか! 約束なんてなかったのか!? まずい! ますいぞ! マチルダはフランチェスカさんの妹……何かあったら私の責任問題に! クラン『銀翼』の移籍も白紙に……」

「いや、そんな事言ってる場合じゃないですよ!」

 この事態になって、自分の責任を真っ先に考えるハゲールもどうかと思うが、ハゲールの人としてのあり方を気にしてもいられない。
 それよりもだ――。

「サクラ! 【飛行】で先行して東の狩場へ向かってくれ! マチルダと合流したら撤退だ!」

「了解! 先に行きます!」

 サクラが翼を羽ばたかせて、全速力で東へ飛んで行った。
 これでサクラがマチルダと合流出来れば、まず心配ない。
 二人とも叩き出すダメージが高いから、オーク三匹くらいはなんとかなる。
 それにマチルダが怪我をしていても、サクラの回復魔法で回復してもらえる。

 俺が頭の中で計算し終わると、セレーネが肩を叩いて来た。

「ヒロト! あれ! 魔の森から煙が上がってる!」

「えっ?」

 セレーネが指さす方を見ると、第三冒険者ギルドの北にある魔の森から煙が上がっている。
 こちらに来てから、魔の森で煙が上がるなんて見た事がない。
 とすれば――。

「まさか……あれって……」

「ヒロト~。あれ、マチルダの火魔法じゃない?」

「可能性はある……。スコットさんたち『王者の魂』は、魔法は使わない。肉弾戦特化のパーティーだ」

「じゃあ、マチルダじゃない?」

「クソッ! 魔の森に入ったのか! 焦り過ぎだ!」

 昨日の師匠の言葉が思い出された。

『冒険者として早く一人前になって、フランチェスカと一緒にいたいと焦っているんじゃないかな』

 そう言えば……、昨日東の狩場で物足りないと言っていた。
 それで違う所で狩りをしようと思ったのか?

 だとしても一人で行く事はないのに!
 魔の森にはオーガも出るんだ!

(サクラ! 聞こえるか! サクラ!)

 脳内でサクラに呼びかけてみるが返事はない。
 ダメか! 【意識潜入】で連絡はとれない。
 
「俺とセレーネは、北へ向かおう! ジュリさん、サクラが戻って来たら俺たちは北へ向かったと伝えて下さい」

「わかったわ! 『王者の魂』が出ているはずだから、合流して一緒に行動すると良いわ」

「そうします。ギルドマスターは、師匠とフランチェスカさんを呼んで来て下さい。フランチェスカさんの家に二人ともいるはずです」

「わかった! すぐに行く!」

 これで打てる手は打った。
 師匠とフランチェスカさんが、早く来てくれるのを祈ろう。

「セレーネ! 行こう!」

「うん!」

 俺とセレーネは、北へ向かって走り出した。
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