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ルドルのダンジョン編

第72話 ご機嫌よう、お嬢さん

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 俺とサクラは、領主館の敷地の中を走る。
 モメている声が、門の方から聞こえる。

「テメー! 俺達はニューヨークファミリーだぞ!」

「だからどうした! ここはエリス姫が、お住まいになる領主館だ!」

 門が見えて来た。

 門の外に、ニューヨークファミリーのケインがいる。
 肩にタトゥーをしたチンピラ風の男たちが、ケインの周りをガッチリ固めている。
 門番を威嚇し、にらんでいる。

 その後ろに……、ウォールだ!
 奴隷を6人引き連れている。

 クソッ! 殴り込みか?
 俺は、サクラに命じた。

「サクラ! エリス姫に報告して来て! セレーネも連れて来て!」

「了解!」

 サクラは、領主館の本館に走って行った。
 門の周りには野次馬な冒険者が、パラパラと集まってきている。

 門番の衛士は、4人だ。
 ニューヨークファミリーより、人数が少ない。
 力ずくの展開になったら負けてしまう。

 俺は、衛士のすぐ後ろに腕を組んで立った。
 ケインたちをにらみつける。

 門番たちへの、せめてもの援護射撃だ。
 12才の子供じゃ、迫力不足だとは思うが。

 ケインが俺に気が付いた。
 厳しい目つきに、にやけた口元で、俺に話しかけて来た。

「いよ~! ヒロト大先生じゃねーか! やってくれたな!」

 俺はケインに真っ直ぐ向いて、正面から返事を返す。

「何の事だ?」

「この新新ルートだよ! まーた、オメエが、からんでるって話しじゃねーか!」

 ケインの取り巻きのチンピラどもや、ウォールの視線も俺に集まる。
 俺は、ウォール陣営の視線に負けないように気合を入れる。

「俺たちとエリス姫の共同探索の結果だ!」

「おーおー、やってくれるな~大先生! いいか! これが最後だ! ニューヨークファミリーに入れ! ヒロト!」

 取り巻きのチンピラが、俺をにらみつけて威嚇してくる。
 圧倒的な暴力の臭い……。

 だが、俺は屈しない。
 グッと拳を握り、精一杯の力強さで、ケインに言葉を返す。
 返す言葉は、決まっている!

「断る!」

 ケインは、頭を右手でかくと、フーっと息を吐き出した。

「なあ、ヒロト。俺はオマエを、殺したくねえ。オマエは、憎めねえ野郎だ。それに、何より……、俺たちと同じだ。わかるだろ!」

 たぶん、ケインは、同じ転生者だと言いたいのだろう。
 ニューヨークファミリーは、転生者の助け合い組織だと、以前ケインは言っていた。

 転生者同士で、助け合う。
 それは、わかる。

 だが、だからと言ってホイホイ人を殺したり、犯罪に手を染めて良いもんかね?
 俺は、違うと思うぜ。ケイン!

 この世界の人達だって、俺ら転生者と同じ人間だ。

「ケイン! 俺は、真っ当な道を歩く! 簡単に人を殺す連中とは、付き合わない! オマエらの世話には、ならない!」

 ケインが、グッと俺をにらみつける。
 俺もにらみ返す。

 場の緊張が高まる。

 そんな中、ウォールが甲高い笑い声をあげた。

「ウハ! ウハハハ! いや~、結構結構。いいねぇ~。ヒロト君はぁ、信念の人だねぇ~。ご立派ご立派!」

 ウォールは、にやけた顔でパチパチと人をバカにしたように手を叩く。
 だが、その軽薄な態度とは裏腹に……、殺気はドンドン膨れ上がっている。

 俺の【気配察知】が、最大レベルで危険を感じている。

 腰を少し落とし、かかとをほんの少し浮かせる。
 いつでも【神速】で移動出来る様に、その時に備える。

 ウォールが真顔になった。

「では、死ね」

 来る!
 俺は【神速】を発動すると同時に、右斜め前に移動する。

 ウォールは、俺が立っていた所に、剣を真っ直ぐに突き出した。
 その動きは、目で追えなかった。

 おそらく、スキル【加速】を使ったのだろう。
 ウォールが、ノンビリとした声を上げた。

「あれれ? いないぞぉ~」

 俺はコルセアの剣を抜いて、じりじりと移動する。
 円を描く様に、ウォールの背後に回り込む。

 今なら、がら空きの背中を……、斬りつけられる。
 だが、ウォールは貴族……、侯爵家長男だ。

 ウォールから攻撃をして来たが、貴族相手に俺の反撃は、どこまで許されるんだ?
 俺は迷ってしまい、攻撃の機会を逸した。

 ウォールが、だらんと剣を垂らして、ゆっくりと振り返った。

「ああ、いた! み~つけたぁ~」

 ウォールが、顎をクイッっと動かした。
 俺は後ろから、ウォールの奴隷に羽交い絞めにされた。

「ちょっ! お、おい! 離せよ!」

 前後、左右に体をゆすって、締め付けを解こうとする。
 だが、解けない。

 もの凄い力で後ろから締め付けられている。
 ウォールが、近づいて来る。

「さーてと。串刺しにして上げよう。どこがいいかなぁ~? 胸? 首? お腹? それとも、大事なトコロが良いかなぁ~?」

 ケインの取り巻きたちが、下卑た笑い声をあげる。
 ウォールは、俺の目の前に立ち、剣を突く体制を取る。

「ああ、安心したまえ~。簡単には、殺さないよぉ~」

 ウォールが、剣をゆっくりと俺の体、腹の辺りにピタリと付ける。

「じゃあ、最初はぁ~。この辺から行こうかぁ~」

 まずい。
 ヤられる。
 ウォールが、剣をグッと握りしめた。

 その時、矢が風を切る音が聞こえた。
 風切り音が聞こえた瞬間、ウォールの剣から金属の弾ける音がした。

 キイーン!

 ウォールの剣の軌道がそれて、俺を羽交い絞めにする奴隷の太ももに剣が刺さった。

「アアアー!」

 奴隷が悲鳴を上げる。
 俺への締め付けが、少し緩んだ。

 俺は、右手に持つコルセアを手放した。
 両手を万歳するように上げて、尻餅を突く要領で下方向に体をおろす。

 羽交い絞めから、抜け出せた!
 加速だ! 【神速】で移動し、コルセアを拾う。

 ウォールの殺傷範囲から脱出する。
 セレーネの声が聞こえた。

「動かないで!」

 サクラがセレーネを連れて来たんだ!
 次の矢を弓につがえ、ウォールにピタリと狙いを定めている。

 ウォールは、奴隷の太ももから剣を引き抜くと、セレーネをチラリと見た。

「ああ。おしいなぁ~。邪魔を、されてしまったぁ~」

 エリス姫と騎士達が、駆け込んで来た。

「ウォール殿! 領主館で、騒ぎは迷惑じゃな!」

 ハゲールも冒険者達を引き連れて、門の方に走って来る。
 形勢逆転だ。

 ケインが舌打ちをして、何事かウォールに耳打ちした。
 ウォールは、黙ってうなずくと、エリス姫に一言だけ声をかけた。

「ご機嫌よう、お嬢さん」

 ウォールとケイン達は、去って行った。
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