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第24話 ノースポール辺境伯
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ミッツたちが訪れた領都ノースポールを治めるノースポール辺境伯は、よく手入れされたヒゲの似合うナイスミドルである。
人柄は穏やかで誠実。
領都ノースポールの南にある大きな辺境伯邸で、家族と暮らしている。
ノースポール辺境伯は、優雅に朝食を終えると執務室で執事からミッツたちの報告を受けた。
冒険者ギルドノースポール支部のギルドマスターのボイルが、昨晩したためた報告書は、もう、辺境伯の手元にあった。
「ジョン・マクレーン? 知らないな……」
「やはりご存じありませんか?」
「うむ。マクレーン伯爵とは、毎年王宮で顔を合わせているが、一族にジョンという者がいるとは聞いたことがない」
「紋章官にも確認を取りましたが、マクレーン家にジョン・マクレーンはいないと」
「そうであろう」
紋章官は大きな貴族家には、必ず一人いる役人だ。
国内外貴族家の紋章や縁戚関係を記憶している。
ノースポール辺境伯は、ギルドマスターのボイルから提出された報告書をジッと見つめた。
「ボイルは、『ミツヒロ・ダン』が本名かもしれないと言っているな」
「はい。紋章官に確認いたしましたが、ダン家、ダーン家ともにミツヒロなる人物はいないと申しております」
「そうだな。ミツヒロなどという特殊な名前なら、私も記憶に残っているはずだ」
ノースポール辺境伯は、報告書のページをめくる。
ミッツたちが多数の貴重な魔石や魔物の毛皮などを持ち込んだことが、報告書に書かれていた。
そしてさらに――。
「エリクサーか……!」
エリクサーは、どんな怪我でも病でも治してしまう魔法薬である。
その製法は、遙か昔に失われてしまった。
王宮に一本秘蔵されているとの話を、ノースポール辺境伯は思い出していた。
「本物でしょうか?」
「ボイルは、アイテム鑑定のスキルを持っている。間違いなかろう」
「本物でしたら、いくらになるのでしょう?」
「想像もつかぬが、とんでもない額になることだけは間違いない。なにせ二百年ぶりの出物だ」
およそ二百年前、S級冒険者たちが、旧世界の遺跡を魔の森の中で発見した。
彼らはエリクサーを持ち帰りオークションにかけた。
国が傾くほどの値がつき、王家が落札したのであった。
「エリクサーを持ち込んだ……。旧世界の遺跡を発見したのであろう」
「では……この町は!」
「うむ。近いうちに人であふれかえる」
――エリクサーが持ち込まれた。どうやら旧世界の遺跡が発見されたらしい。場所はノースポール辺境伯領だ!
冒険者や商人の間で、そんな噂が流れるのは間違いない。
そして、『自分たちも旧世界の遺跡を見つけよう!』とする冒険者や、『旧世界の遺品を仕入れよう!』とする商人が、領都ノースポールに殺到する。
ノースポール辺境伯は、これからのことを考えた。
領都ノースポールの人口が一時的に増加する。
領主として、この事態に対応しなければならない。
「道路や井戸の補修を急がせねばならんな」
「商人たちに食料を確保するように伝えましょう」
「宿屋が足りなくなるであろうな……」
「では、テントをはれる場所を用意しては?」
「そうだな。野営地をこちらで用意すれば、トラブルが減るだろう」
領都ノースポールは、好景気にわくことになる。
ノースポール辺境伯の口元が微かにつり上がる。
執事がノースポール辺境伯に問う。
「それで、ギルドマスターのボイル殿には、どのようにお答えいたしましょうか?」
「うむ……」
ギルドマスターのボイルからは、『貴族らしき人物が四名が冒険者ギルドに訪問した。どのように対応するか?』と、問われていた。
ノースポール辺境伯は対応に迷う。
「どうにもこの報告書では、ミツヒロ・ダンなる人物や一行のことがわからぬ」
「貴族を騙る不届き者でございましょうか?」
「いや、ミツヒロ・ダンは、『自分たちは、平民だ』と申しておるのだ」
「ええっ!?」
ノースポール辺境伯は、報告書の三枚目を指さした。
そこには、ミッツたちが話したこと、『外国から来た』、『自分たちの国では、みんな家名がある』などが箇条書きされていた。
執事は困惑の度を深める。
「平民で家名があるなど、聞いたことがありませんが……」
「元貴族で平民落ちした者であれば、あり得るだろう」
「ああ、俗にいう準貴族でございますね」
「うむ」
何らかの理由で貴族から平民になってしまった者を、貴族社会では『準貴族』と呼んでいる。
ようは没落貴族なのだが、侮蔑のニュアンスを含む『没落』という言葉を貴族は使わない。
明日は我が身であるし、貴族社会はどこでどうつながっているかわからないからだ。
執事は準貴族の方向からミッツの素性を想像してみた。
「では、貴族家の者が平民に生ませた子供という線も?」
「あり得るだろうな。若い貴族がメイドにちょっかいをかけるなど、よくあることだ。悋気がひどい奥方から、愛人を隠して外で生ませた子であるとか……。可能性はいくらでもある」
「いずれにしろ扱いが難しゅうございますな。ギルドマスターのボイル殿には、どうお返事すれば……」
「うむ……」
冒険者ギルドは、国から独立した組織である。
冒険者の活動を支援することに特化しており、王や貴族とは一線を画す。
だが、冒険者ギルドと王や貴族は、無関係ではなく、むしろ協力関係にある。
冒険者ギルドは、売り上げから一定の税金を領主に納めている。
王や貴族は、魔物退治や盗賊退治など自分たちが持つ騎士団では手が足りない部分を、冒険者ギルドに依頼する。
また、貴族と冒険者がトラブルになった際は、冒険者ギルドと領主が間に入り問題解決に尽力するのだ。
ミッツたちは、『平民である』とギルドマスターのボイルに告げた。
だが、ボイルは『本当は貴族の若様が、お忍びで冒険者をしているのではないか?』と疑いを持っている。
確認の術を持たないボイルは、貴族のことは貴族にと、ノースポール辺境伯に問い合わせたのだ。
一方、ノースポール辺境伯は、ミッツたちが貴族であるかないか返事を迷っていた。
公式には貴族身分ではないが、貴族に連なる者かもしれない。
変な対応をして、後々他所の貴族ともめるのは不味い。
「正直に答えるしかなかろう。貴族であるかどうかわからないと。とりあえずマクレーン伯爵家、ダン家、ダーン家には、ミツヒロ・ダンたちが関係のある者であるのかどうか、問い合わせる手紙を出そう」
「かしこまりました。旦那様、王家はよろしいのでしょうか? ミツヒロ・ダンたちは、外国から来たと申しておるようですが?」
「そうだな。外国貴族の線もある。王家にも手紙を出そう。それから、ミツヒロ・ダンたちは、この町に不慣れであろう。案内役をつけろ」
「監視でございますね。かしこまりました。ギルドマスターのボイル殿に依頼を出しましょう」
「うむ。費用はこちらで持つので、必ず報告をさせるように」
「かしこまりました」
ミッツは、ジョークで『ジョン・マクレーン』と大好きなアクション映画の主人公の名前を名乗った。
だが、そのことが原因で、ギルドマスターのボイルやノースポール辺境伯が、思わぬ方向へ動き出したのであった。
人柄は穏やかで誠実。
領都ノースポールの南にある大きな辺境伯邸で、家族と暮らしている。
ノースポール辺境伯は、優雅に朝食を終えると執務室で執事からミッツたちの報告を受けた。
冒険者ギルドノースポール支部のギルドマスターのボイルが、昨晩したためた報告書は、もう、辺境伯の手元にあった。
「ジョン・マクレーン? 知らないな……」
「やはりご存じありませんか?」
「うむ。マクレーン伯爵とは、毎年王宮で顔を合わせているが、一族にジョンという者がいるとは聞いたことがない」
「紋章官にも確認を取りましたが、マクレーン家にジョン・マクレーンはいないと」
「そうであろう」
紋章官は大きな貴族家には、必ず一人いる役人だ。
国内外貴族家の紋章や縁戚関係を記憶している。
ノースポール辺境伯は、ギルドマスターのボイルから提出された報告書をジッと見つめた。
「ボイルは、『ミツヒロ・ダン』が本名かもしれないと言っているな」
「はい。紋章官に確認いたしましたが、ダン家、ダーン家ともにミツヒロなる人物はいないと申しております」
「そうだな。ミツヒロなどという特殊な名前なら、私も記憶に残っているはずだ」
ノースポール辺境伯は、報告書のページをめくる。
ミッツたちが多数の貴重な魔石や魔物の毛皮などを持ち込んだことが、報告書に書かれていた。
そしてさらに――。
「エリクサーか……!」
エリクサーは、どんな怪我でも病でも治してしまう魔法薬である。
その製法は、遙か昔に失われてしまった。
王宮に一本秘蔵されているとの話を、ノースポール辺境伯は思い出していた。
「本物でしょうか?」
「ボイルは、アイテム鑑定のスキルを持っている。間違いなかろう」
「本物でしたら、いくらになるのでしょう?」
「想像もつかぬが、とんでもない額になることだけは間違いない。なにせ二百年ぶりの出物だ」
およそ二百年前、S級冒険者たちが、旧世界の遺跡を魔の森の中で発見した。
彼らはエリクサーを持ち帰りオークションにかけた。
国が傾くほどの値がつき、王家が落札したのであった。
「エリクサーを持ち込んだ……。旧世界の遺跡を発見したのであろう」
「では……この町は!」
「うむ。近いうちに人であふれかえる」
――エリクサーが持ち込まれた。どうやら旧世界の遺跡が発見されたらしい。場所はノースポール辺境伯領だ!
冒険者や商人の間で、そんな噂が流れるのは間違いない。
そして、『自分たちも旧世界の遺跡を見つけよう!』とする冒険者や、『旧世界の遺品を仕入れよう!』とする商人が、領都ノースポールに殺到する。
ノースポール辺境伯は、これからのことを考えた。
領都ノースポールの人口が一時的に増加する。
領主として、この事態に対応しなければならない。
「道路や井戸の補修を急がせねばならんな」
「商人たちに食料を確保するように伝えましょう」
「宿屋が足りなくなるであろうな……」
「では、テントをはれる場所を用意しては?」
「そうだな。野営地をこちらで用意すれば、トラブルが減るだろう」
領都ノースポールは、好景気にわくことになる。
ノースポール辺境伯の口元が微かにつり上がる。
執事がノースポール辺境伯に問う。
「それで、ギルドマスターのボイル殿には、どのようにお答えいたしましょうか?」
「うむ……」
ギルドマスターのボイルからは、『貴族らしき人物が四名が冒険者ギルドに訪問した。どのように対応するか?』と、問われていた。
ノースポール辺境伯は対応に迷う。
「どうにもこの報告書では、ミツヒロ・ダンなる人物や一行のことがわからぬ」
「貴族を騙る不届き者でございましょうか?」
「いや、ミツヒロ・ダンは、『自分たちは、平民だ』と申しておるのだ」
「ええっ!?」
ノースポール辺境伯は、報告書の三枚目を指さした。
そこには、ミッツたちが話したこと、『外国から来た』、『自分たちの国では、みんな家名がある』などが箇条書きされていた。
執事は困惑の度を深める。
「平民で家名があるなど、聞いたことがありませんが……」
「元貴族で平民落ちした者であれば、あり得るだろう」
「ああ、俗にいう準貴族でございますね」
「うむ」
何らかの理由で貴族から平民になってしまった者を、貴族社会では『準貴族』と呼んでいる。
ようは没落貴族なのだが、侮蔑のニュアンスを含む『没落』という言葉を貴族は使わない。
明日は我が身であるし、貴族社会はどこでどうつながっているかわからないからだ。
執事は準貴族の方向からミッツの素性を想像してみた。
「では、貴族家の者が平民に生ませた子供という線も?」
「あり得るだろうな。若い貴族がメイドにちょっかいをかけるなど、よくあることだ。悋気がひどい奥方から、愛人を隠して外で生ませた子であるとか……。可能性はいくらでもある」
「いずれにしろ扱いが難しゅうございますな。ギルドマスターのボイル殿には、どうお返事すれば……」
「うむ……」
冒険者ギルドは、国から独立した組織である。
冒険者の活動を支援することに特化しており、王や貴族とは一線を画す。
だが、冒険者ギルドと王や貴族は、無関係ではなく、むしろ協力関係にある。
冒険者ギルドは、売り上げから一定の税金を領主に納めている。
王や貴族は、魔物退治や盗賊退治など自分たちが持つ騎士団では手が足りない部分を、冒険者ギルドに依頼する。
また、貴族と冒険者がトラブルになった際は、冒険者ギルドと領主が間に入り問題解決に尽力するのだ。
ミッツたちは、『平民である』とギルドマスターのボイルに告げた。
だが、ボイルは『本当は貴族の若様が、お忍びで冒険者をしているのではないか?』と疑いを持っている。
確認の術を持たないボイルは、貴族のことは貴族にと、ノースポール辺境伯に問い合わせたのだ。
一方、ノースポール辺境伯は、ミッツたちが貴族であるかないか返事を迷っていた。
公式には貴族身分ではないが、貴族に連なる者かもしれない。
変な対応をして、後々他所の貴族ともめるのは不味い。
「正直に答えるしかなかろう。貴族であるかどうかわからないと。とりあえずマクレーン伯爵家、ダン家、ダーン家には、ミツヒロ・ダンたちが関係のある者であるのかどうか、問い合わせる手紙を出そう」
「かしこまりました。旦那様、王家はよろしいのでしょうか? ミツヒロ・ダンたちは、外国から来たと申しておるようですが?」
「そうだな。外国貴族の線もある。王家にも手紙を出そう。それから、ミツヒロ・ダンたちは、この町に不慣れであろう。案内役をつけろ」
「監視でございますね。かしこまりました。ギルドマスターのボイル殿に依頼を出しましょう」
「うむ。費用はこちらで持つので、必ず報告をさせるように」
「かしこまりました」
ミッツは、ジョークで『ジョン・マクレーン』と大好きなアクション映画の主人公の名前を名乗った。
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