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第十一章 文明開化

第340話 オイ! 止めろ! 俺はミュージシャンになる!

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「よう、アンジェロ! 俺は、やることを決めたぞ!」

 工事現場に元赤獅子族のヴィスがやって来た。
 ヴィスは女神ジュノー様たちのお力で人族の少年に転生したが、かなり痩せ細っていたためボチボチ生活してもらっていたのだ。

 今はお昼休憩で、俺、ルーナ先生、黒丸師匠、ホレックのおっちゃん、ヴィスの五人で、地面に座って昼メシを食べている。

 今日のメニューは、コカトリスの唐揚げだ。
 工事現場の近くで騒いでいたから、俺たちが食材にした。

「唐揚げウメエな! チャーハンがあると嬉しいけど」

「ああ! チャーハンってあったな!」

 こうやってヴィスは、俺に日本のことを思い出させてくれる。
 だから、特に仕事などしないで『御伽衆』的なポジションに収まってくれても良いのだが、本人は何か仕事がしたいらしい。

「それで、ヴィスは、何の仕事がしたいの?」

「俺はミュージシャンになるぞ!」

「えっ……」

 俺はミュージシャンになる――それは青春の勘違いだ。
 趣味でやるなら良いが、職業になるかと問われれば、それは非常に難しい。
 何せ選ぶのは自分ではなく大衆だし、資格じゃないから勉強しようが努力しようが報われるとは限らない。

 俺は、そっとヴィスを止める。

「止めておいた方が、よくないか?」

「いや! 俺はミュージシャンになる! いいか、アンジェロ。日本のヒット曲をこの世界で演奏すれば良いんだよ! 日本の曲は、この世界にない曲だからな! みんな驚くぞ!」

「えっ!? それってパクリじゃないか!?」

「大丈夫だよ! 著作権の協会も異世界まで、金を取り立てにこないよ」

「うーん……、そうか……、そうかもな……」

 俺は唐揚げを食べながらヴィスのプランを考えた。
 日本のヒット曲を、この世界で演奏すれば、新鮮だろうしウケそうだ。
 悪くなさそうに思える。
 それに俺も日本の曲を聞きたいな。

「わかった。やってみなよ! 何か必要な物があれば言って」

「ギターが欲しいんだ。俺、ちょっとならギターを弾けるんだよ」

「ギターは見たことがないな……」

 俺もあちこちの町や村を冒険者として訪問したがギターは見たことがない。

 黒丸師匠が会話に加わってきた。

「ミュージシャンとは、何であるか?」

「黒丸師匠。歌を歌ったり、音楽を演奏したりする職業ですよ」

「なるほど! バード――吟遊詩人であるな! 酒場によくいるのである」

「黒丸師匠。ギターって楽器を見たことが、ありますか?」

 俺は地面に指でギターを描いた。
 黒丸師匠は首をひねっている。

「見たことがないであるな」

 俺以上にあちこち旅をした黒丸師匠が見たことがないなら、この異世界にギターは存在しないのかもしれない。

「ヴィス。ギターは作るしかなさそうだよ」

「マジか……。じゃあ、ホレックさん、楽器を作れる人を紹介してくれませんか?」

 ヴィスはホレックのおっちゃんに両手を合わせて拝みだした。

「楽器? うーん、ドワーフは木工も出来るが、楽器ならエルフの方が得意だぞ」

 ハイエルフのルーナ先生にお鉢が回った。
 ヴィスはルーナ先生を拝み出す。

「じゃあ、ルーナさん。楽器を作るエルフを紹介して下さいよ」

「いーよ。リュートか竪琴」

「何かスゲエ上品な感じッスね……」

 結局、ヴィスは、リュート製作が得意なエルフを紹介してもらうことになった。
 ギターは、再現できるかな?


 *


 ――一月後。

 俺、ルーナ先生、黒丸師匠、ホレックのおっちゃんは、王都キャランフィールドの酒場に来た。

 この店は最近出来た店で、毎晩吟遊詩人が歌を披露するらしい。

『今夜ライブがあるから来てくれ!』

 と、ヴィスに誘われたのだ。

 店内の奥にはちょっとしたステージがある。
 あそこで演奏をするんだな。

 広い店内は、冒険者や港の労働者でぎっしりだ。
 正直、ちょっとガラが悪い。
 ヴィス大丈夫かな?

 エールとツマミを頼んで、ルーナ先生たちと他愛のない話をしていると、ライブの時間になった。

「ヴィスじゃない」

 ルーナ先生が眉をへの字に下げた。
 エルフは音楽も好きだから、何気に楽しみにしていたようだ。

 出てきたのは、男性の吟遊詩人だ。
 いわゆる対バン、何組かが交代でステージを務めるのだろう。

「その勇者~♪ 剣をとりて~♪ 荒ぶる竜を~♪ 仕留めたり~♪」

 吟遊詩人は、詩を吟じ、合間合間にポロンポロンとリュートを鳴らす。
 正直、どうなんだ?
 歌声は朗々としているが……。

「ルーナ先生。この演奏は……、どうなのでしょう? 」

「下手」

 バッサリである。
 真っ正面から顔面にパイをぶつけるようなコメントだ。

 黒丸師匠が、腕を組み、首をかしげる。

「はて……。昔、メロビクス王大国の王宮で聞いた吟遊詩人は、もっと上手だった気がするのであるが?」

「黒丸、あれは二百年前。あの吟遊詩人は王のお抱えで凄腕だった」

「三百年前では?」

「あれ? そーだっけ?」

 時間感覚のことは、さておき比較対象が王様お抱えの吟遊詩人じゃなあ。

 ホレックのおっちゃんは、渋い顔でエールを飲み、豆の肉煮込みをフォークでつついた。

「なんつーか……。上品すぎるな!」

「あー、そうですね」

「こっちは酒を飲んでるんだ! もっと景気の良い曲が聞きてえな!」」

 なるほど、ホレックのおっちゃんの言う通り、この吟遊詩人さんは演奏スタイルや曲のチョイスが上品すぎる。

 この店の客は、冒険者や港の作業員だ。
 日中、体を動かして腹ぺこだ。
 エールと旨いメシを求めて店に来る。
 もっとくだけた雰囲気の曲の方が、客層に合ってそうだ。

「オラー! 辛気臭い曲をいつまでうなってやがる!」

「そうだそうだ! ケツにぶち込まれてえのか!」

 どこからともなく野次が飛んだ。
 そして、野次と一緒にエールの入った木のジョッキが、次々とステージに投げ込まれた。

「冒険者なめてんのか!」

「港に沈めちまうぞ!」

「お上品なダンスかよ!」

「お嬢様のケツでもなめやがれ!」

「ひえええ!」

 吟遊詩人は悲鳴を上げて、店の奥へ逃げていった。

 なかなか荒っぽいが、俺たちは嫌いじゃない。
 ルーナ先生、黒丸師匠、ホレックのおっちゃんも、満面の笑顔でエールの入った木のジョッキをステージに投げ込んでいた。

 演奏がよくなければ、こうして木のジョッキを投げ込んで楽しむスタイルなのね。
 先ほどの吟遊詩人には悪いけど、俺も思わず笑ってしまった。

 若い男性の店員さんたちが素早くステージを片付けて、女性の店員さんたちが両手に沢山のジョッキを持って回り、エールの注文を取る。

 俺たちも追加のエールを買い、次の演奏に備えた。
 投げるためじゃないぞ!

 十分くらいして、店内が落ち着きを取り戻す。
 店の奥から、ヴィスが出てきた!

 どうやら相方を見つけたらしく二人で演奏するようだ。
 相方は目が飛び出るほど美人のエルフで、多分ヴィスの好みなんだろう。
 ボン! キュ! ボン! に間違いない。

「あれがギター!」

 ルーナ先生が目を輝かせる。
 ヴィスと美人エルフの手には、アコースティックギターが握られていた。

 ギターデュオだな。

 ヴィスと美人エルフは、イスに座り演奏を始めた。
 美人エルフがメインボーカルをとり、所々でヴィスがハモる。

「西から風が吹けば~♪ あの人が帰ってくるよ~♪ 帆を膨らませ~♪ 走れ♪ 走れ♪ 船よ~♪ あの人を~♪ 連れて帰って~♪」

 一曲目は、テンポの良いどこかで聞いたことのある曲だった。
 娘さんが好きな人を待つ歌かな?

「メロビクスの民謡であるな! 有名な曲である!」

「昔、港で聞いた! ララ♪ ララララ~♪」

 黒丸師匠とルーナ先生は、知っている曲が演奏されたので、楽しそうにメロディーを口ずさんでいる。
 周りを見ると、話をしていた客が、ごく自然に演奏に耳を傾けていた。
 野次も飛んでいない。
 みんな知っている曲を演奏してつかみはオッケーみだいだ。

 二曲目は、フリージア王国に伝わる恋歌。
 三曲目は、ミスル王国のワークソング。

 よく知られている曲を、上手くギターアレンジしている。
 ヴィスはコーラスをしたり、ギターのボディを叩いてリズムを取ったり、なかなか上手だ。

「ギターは良い!」

「ルーナ先生、気に入りましたか?」

「音が良く響く。リュートより音に迫力がある」

「演奏は?」

「良い」

 ルーナ先生が合格点を出した。
 みんなが知っている曲を美人エルフが歌っていることもあり、段々と店内のノリが良くなり手拍子も入り出した。
 ご機嫌な音楽に酒が進み、エールの注文も増えているようで、店員が忙しそうに動き回っている。

「ありがとう! ありがとう! じゃあ、次は、みんなが聞いたことのない新しい曲です!」

 美人エルフがMCを入れて次の曲が演奏された。
 スローテンポの曲で、ヴィスがギターでリズムを取り、美人エルフがギターソロを入れる。

 やがて、ヴィスが年齢に似合わない渋い声で歌い始めた。
 どこかで聞いたことのある曲だな。

「あっ!」

 わかった!
 これイギリスの有名なバンドの曲で、イギリスの新たなアンセムといわれた大ヒット曲だ!
 日本にいた頃、聞いたな。

「うわ~! この曲を入れてくるか!」

 俺は懐かしさに感極まって、目をつぶり、首を振った。

「良い曲。じんわりくる」

「ヴィスは歌も上手いであるな!」

「酒が進む曲だぜ!」

 美人エルフのギターソロが入り、サビの部分に入った。
 ヴィスが息を吸いサビを歌い上げる。

「そう~さ♪ あの子は待っている~♪ だけど~♪ 待ち続けては~♪ く~れ~な~い~♪」

 歌詞はこの世界の言葉に変えているけど、メロディーはそのままだった。
 ギターの演奏が曲を盛り上げ、美人エルフのギターソロが花を添える。

「次はヴィスのお母さんが好きだった曲です!」

 続いて、昔、日本でヒットした夏の曲『言葉がなくても夏は過ぎる』が演奏され、最後はノリの良いアニメの主題歌『勇気が大切さ!』でしめた。

 演奏が終わると大きな拍手が店内を包んだ!

 演奏後、ヴィスは俺たちのテーブルにやって来た。
 俺は立ち上がって、ヴィスの肩をバンバン叩いた。

「ヴィス! おめでとう! 大成功だね!」

「おお! アンジェロ! ありがとう!」

「凄い良かったよ!」

「そうか? 楽しんでもらえたなら嬉しいよ」

 ヴィスが幸せそうに笑った。


 ヴィスと美人エルフのギターデュオは大人気になり、あちこちに招待された。
 酒場で演奏し、街角で演奏し、時には貴族の屋敷で演奏し、音楽を通じてこの世界の人たちを笑顔にしたのだ。


◆―― 作者より ――◆
ヴィスがボーカルのセットリストは以下です。
(曲、アーティスト名)

1 ドント・ルック・バック・イン・アンガー:オアシス

2 何も言えなくて…夏:THE JAYWALK(旧名 J-WALK)

3 勇気100%:習志野高校吹奏楽部

昔、オーストラリアで入ったバーで、現地のギターデュオが演奏して凄い上手で盛り上がったんです。
演奏はもちろん、選曲も良くて、なかなかレベルが高かったです。
その時を思い出して書いてみました。
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