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第十一章 文明開化

第338話 工事は順調! ワーロッタ子爵

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 ――八月三十日。

 カコーン!
 カコーン!

「倒れるぞー!」

「おー! りょうかーい!」

 魔の森の中にボイチェフたち作業員の声が響いた。

 王都キャランフィールドからスタートした鉄道敷設工事は順調に進んでいる。
 工事区画は、キャランフィールドの南西にある魔の森の中に移った。

 この魔の森の中を突き抜けて旧フリージア王国王都へ鉄道をつなぐのだ。

 魔の森を魔法の壁で区切って、木を切り倒し、木の根を引っこ抜き、地面をならして、砕石を敷き、レールを設置する。

 言葉にすると簡単だが、実際に作業をすると人手がいくらあっても足りない。

 俺、ルーナ先生、黒丸師匠も工事に参加だ。
 普段着ている貴族服でも、冒険者の鎧姿でもなく、作業しやすい簡素な服に、タオルを首に巻くスタイルで、汗を拭いながら作業する。

 今は、魔法で生成した砕石を、スコップやトンボを使って平らにならす作業だ。

「疲れた」

「ルーナ先生。まだ、午前中ですよ」

「暑い……」

 ここはキャランフィールドから山を一つ越えた場所だ。
 キャランフィールド近辺も夏は暑くなるが、それでも過ごしやすい暑さだ。
 海風も吹くし、もともと北にある土地だから、それほど温度も上がらない。

 ところが山を一つ越えた魔の森の中は蒸し暑い。
 さらに風も吹かない。
 魔の森の中で作業をするため、工事現場は魔法で作った高い壁で囲われているのだ。

「ルーナ先生、休憩所で休んできて下さい」

「そうする……」

 ルーナ先生は、屋根のある休憩所でゴロリと横になった。
 ルーナ先生が、風魔法を発動したのだろう。
 作業場にそよそよと気持ちの良い風が吹き始めた。

「ふう。この風は助かるのである」

 黒丸師匠がタオルで額の汗を拭いながら顔を弛ます。

「獣人たちが、この作業を出来ると良いのである」

「彼らは力持ちですけど、こういう正確さや細かさが求められる作業は苦手ですからね……」

「人が増えるまで仕方ないのであるな」

 ボイチェフたち熊族や鹿族など大型の獣人たちが、重機並みのパワーで木を切り倒して運搬する。
 だが、砕石を一定の高さで平らにし、レールを設置する作業は苦手だった。

 これは、もう、得手不得手の問題だから、大型の獣人たちに無理に作業させてもしょうがない。
 そこで、砕石からレール設置は、人族が担当することにした。

 汽笛の音が響いた。

「キャランフィールドから汽車が来たぞ!」

 キャランフィールドと工事現場の間を、汽車が何度も往復する。
 工事現場の近くに到着した汽車は、貨物車を連結している。
 貨物車は天井のない平台タイプで、力持ちの獣人たちが切り出した丸太を載せ始めた。

「オーイ! アンジェロの兄ちゃん!」

 蒸気機関車の運転台から、ホレックのおっちゃんが俺を呼ぶ。
 俺と黒丸師匠は、作業を一休みして蒸気機関車に向かう。

「ホレックのおっちゃん! 機関車の調子はどう?」

「なかなか調子良いぜ! まあ、魔導エンジンも悪くねえけどよ。俺が作った蒸気機関の方が力強いだろう? このシューシューいうところも、可愛いじゃねえか!」

「複雑な機械に男はロマンを感じるのである」

 ホレックのおっちゃんは、上機嫌だ。

「オッ! そういえば、アンジェロの兄ちゃんに客だぜ!」

「また?」

 汽車には貨物車だけでなく客車も連結されている。
 客車に乗って、俺に会いに来る貴族が多いのだ。

 なぜ俺に会いに来るかというと、『鉄道を我が領地へ!』という陳情で、貴族たちの熱量は凄い。
 旧メロビクス王大国貴族、旧フリージア王国貴族、旧ミスル王国貴族など、グンマー連合王国構成国の貴族はもちろんのこと、隣国ブルムント地方の独立領主がわざわざやってくることもあった。

 みんな熱心で、鉄道に可能性を感じてくれている。
 ありがたいことだ。

 貴族服を着たシュッとしたナイスミドルが客車から降り、俺の方へ歩いてきた。

「アンジェロ陛下!」

「ええと……」

「わたくしは、旧メロビクス王大国貴族でワーロッタ子爵でございます。お見知りおきを」

「ワーロッタ子爵ね。それで用件は?」

「はっ! わたくしの領地から出稼ぎを希望する領民を、二十人連れて参りました。どうぞお使い下さい」

「おおっ! ありがたい! 助かりますよ!」

 時々、こういう気の利いた貴族がいるんだよなぁ~。
 人手不足だから、働き手が増えるのはありがたい。

 ワーロッタ子爵の後に、ゾロゾロと貧しい身なりの男女が続いている。
 みんな心配そうな顔をしているな。
 安心させてやろう。

 俺はワーロッタ子爵が連れて来た二十人に、仕事や待遇を説明し始めた。

「みんなよく来た! 俺がグンマー連合王国総長のアンジェロだ! ここが仕事場だ。魔の森の中だが、土壁で囲ってあるので魔物は出ない」

 二十人の領民は、俺の説明に耳をそばだてている。

「働いてくれれば働いた分だけ、ちゃんと金を払う!」

「「「「「おおっ!」」」」」

 お金の話をしたら、二十人の領民たちは食いついてきた。
 みんな痩せているし、生活が厳しかったのかな?

「朝昼晩三食の食事付きだ!」

「やった!」
「ありがとうございます!」
「腹ぺこだったんだ!」
「アンジェロ陛下万歳!」

 二十人の領民たちは、好待遇だと大喜びしている。
 どんどん働いてもらおう。

 シュッとしたナイスミドルのワーロッタ子爵が小声で俺に話しかけてきた。

「アンジェロ陛下。彼らは人頭税を滞納していたのです。それで、今回の出稼ぎに応募することを条件に、滞納した人頭税をチャラにいたしました」

「ほう……やりますね!」

 ワーロッタ子爵は、金のない二十人から人頭税を徴収するよりも、俺から歓心を買う方がお得だとソロバンをはじいたのだろう。
 どうやらワーロッタ子爵は、やり手のようだ。

「ワーロッタ子爵の領地は、どの辺りですか?」

「はっ。旧メロビクス王大国の中央の北に位置します」

「海沿いですか?」

「いえ。少し内陸に入ったところです」

 なるほど。
 ワーロッタ子爵の領地は、港がなく、今回の鉄道敷設計画にも関われない。
 グンマー連合改造論の恩恵が薄い地域だ。

 俺は数度うなずくとワーロッタ子爵に指示を出した。

「帰りにキャランフィールドで、アリー・ギュイーズに面会して下さい。あなたの名前と領地の位置は覚えておきます。次に鉄道を引く時は、色々検討しますよ」

「ははっ! ありがたき幸せ!」

 ワーロッタ子爵は、満面の笑みで帰っていった。
 後は、アリーさんが上手く接遇してくれるはずだ。
 鉄道の第二路線を敷く時は、ワーロッタ子爵の領地を通ることを検討してあげよう。

 そばで見ていた黒丸師匠が感心する。

「さすがであるな! あの御仁、自分が欲しい言葉を、アンジェロ少年の口から引き出したのである」

「まったくです」

 やはり元大国の貴族は侮れないな。
 直接『鉄道をぜひ我が領地へ!』と言われれば、俺も面倒臭いが、先に差し出せる物を差し出されると、何かしてあげないと悪い気がしてしまう。
 いわゆる『借り』を感じるのだ。

 一休みしたら汗がひいてきた。
 さて、また作業を再開しますか。
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