上 下
298 / 358
第十章 レッドアラート!

第298話 ホルモン焼きは、西成の流儀で

しおりを挟む
 俺たちは、ドクロザワの町を抜けて、町の南側にある防壁に来た。
 この防壁は、土魔法で生成した即席の防壁だが、厚みがあるので防壁の上に上ることが出来る。

 防壁の上に上がると、敵の砦が一望出来た。

 敵赤軍の砦は即席で素人が作ったのが丸わかりの出来で、砦の形がいびつだ。
 防壁は切り出した丸太を組んだだけだが、無駄に頑丈そうだ。

 これは力押しだと、手こずりそうだな……。

 嫌な予感はするが、ローデンバッハ子爵がシメイ伯爵と実行している策略に期待したい。

 シメイ伯爵はどこにいるのかなと探してみると、大胆にも防壁の外にいた。
 何と料理をしている!

 ドラゴニュートの黒丸師匠が、ワニっぽい鼻をヒクヒクと動かす。

「料理中であるな! 良い匂いがするのである!」

 シメイ伯爵がいる防壁の外に来てみると、ちょっとしたアウトドアクッキング大会になっていた。

 シメイ伯爵がトングを手に魔物の肉を焼き、シメイ伯爵領のオバちゃんたちがグラグラと野菜スープを煮込んでいる。
 ご丁寧に石釜まで設えて、パン職人にパンまで焼かせている始末だ。

 あたりには、肉の焼ける匂い、野菜を煮込んだスープの匂い、そして焼きたてのパンの匂いが充満している。

 贅沢に香辛料もタップリ使ってやがる!
 肉の上で踊るコショウが香ばしいぞ!

 料理する一同の後ろには、魔法使いのミオさんがいる。
 ミオさんは、元はメロビクス王大国でハジメ・マツバヤシに仕えていた人だ。
 今は、ポニャトフスキ男爵の奥様になっている。

 それで、魔法使いのミオさんが、風魔法を使って赤軍が立てこもる砦の方へ、料理の匂いを煙と共に流している。

 焼き鳥屋や鰻屋が、やる手だな。
 あれは美味しそうに感じる。

 じいが、呆れて声をあげた。

「敵を挑発するにも、ほどがありますじゃ!」

 ルーナ先生は、マジックバッグから鉄板を取り出すと料理合戦に参加しだした。

「私はホルモン焼きを作る!」

 ホルモン焼きは、最近、俺とルーナ先生とで開発した地球料理で、魔物の内臓を使う。
 パンチの効いた味は、大阪は西成の流儀!
 酒にあうこと間違いなし!

 そして、すかさず黒丸師匠とホレックのおっちゃんが、酒を飲み始めた。
 まだ、明るいウチから飲み出すのも、西成の流儀!

「今日も元気だ、エールが美味いのである!」
「ああ、染みるなあ! どっかで、この干物を焼いてもらえねえかな?」

 あーあ、じいが怖い顔してにらんでいる。
 知ーらない!

 シメイ伯爵が網の上で焼ける肉を、トングでひっくり返しながら、俺に挨拶をした。

「いやあ! アンジェロ陛下! ごぶさたですね! 陛下が前線に出張って来たってことは、攻勢に出るのでしょう?」

 ニカリとイイ感じの笑顔を向ける。
 ホント、このおっさんだけは、憎めない。
 得な人柄だ。

 俺はマジックバッグから、オーク肉を取り出し、網の上にのせた。
 俺も育ち盛りだから、もちろん食うぞ!

 シメイ伯爵が、トングを渡してきたので、二人で並んで肉を焼きながら会話する。

「シメイ伯爵の言う通り、いよいよ攻勢だ! 色々と準備をして来たが、そろそろ良いだろう」

「では、最初はドクロザワから?」

「ああ。ドクロザワは、東西南北の結節点だ。この辺り一帯を抑えれば、ソ連はカタロニア地方との連絡線を一つ失う」

 俺はトングで肉を並べながら、シメイ伯爵に説明を始めた。

 ソ連からカタロニアへ通じる道は他にもあるが、砂漠越えのルートになる。

 ゆえに、ドクロザワから南を圧迫してカタロニアに通じる街道を使えなくすれば、ソ連本体と共産主義革命が起きた三つの地方、すなわち旧マドロス王国のカタロニア地方、エウスコ地方、アラゴニア地方を分断出来るのだ。

 俺の説明が終ると、シメイ伯爵はカタロニア地方にあたる肉を拾い上げて口に放り込んだ。

「アツツ! なるほど、狙いはカタロニア……アツ!」

 すると、じいが横からフォークで、エウスコ地方の肉を奪い口に運んだ。

「最初はカタロニアじゃ……アツ! エウスコ地方、アラゴニア地方も落としてみせよう。細工は流流仕上げを御覧じろじゃ……アフッ! アツ!」

「なるほど。仕込み済みというわけですか、怖い! 怖い!」

 シメイ伯爵とじいは、熱々の魔物肉をエールで胃袋に流し込んだ。

 美味そうだな……。
 最近、エールが飲みたいのは、体が成長したせいか、仕事が忙しいストレスのせいか……。

 俺もエールが入った木のカップに手を伸ばしたが、じいに『まだ、早いですじゃ!』と止められてしまった。

 そばでは、ルーナ先生、黒丸師匠、ホレックのおっちゃんたちが、鉄板の上のホルモン焼きをつつきながら、立ったままエールをあおっている。

 ローデンバッハ子爵とポニャトフスキ男爵も、参加したそうな顔をしている。
 二人が暗黒面に落ちるのも、時間の問題だな。

 そして、暗黒面に落ちたがっている人は、他にもいる。
 向かいの赤軍砦から、顔をのぞかしている赤軍兵士諸君だ。

 料理の匂いと酒盛りの喧噪に、まんまと釣られている。
 連中わかりやすいなー!

 さて、問題は……、敵に対する作戦は、これなのか?
 俺はシメイ伯爵に聞く。

「焼き肉の匂い作戦は、前もやったよな?」

「ええ、今回は少しアレンジをしています。ほら、あれです!」

 シメイ伯爵が指差す方を見ると、ミスル人が五人ほどいた。
 ソ連から逃げてきた連中だろう。

「続いて、呼びかけ作戦スタート!」

 シメイ伯爵が合図を送ると、五人はソ連が築いた赤軍砦に向かって叫び出した。
 特に年輩の女の人が、哀しみのこもった声を絞り上げている。

「アメス! お母さんだよ! そこにいるのかい! ご飯は食べているのかい! お母さんは心配だよ! 出てきておくれ!」

 お母さんの声が、風魔法で生成された風にのって、赤軍砦に届いたのだろう。
 何人かの男性が、顔をうつむかせたのが見えた。

 つまり、これは……泣き落としかよ!

 俺は半ば呆れたが、シメイ伯爵、ローデンバッハ子爵、ポニャトフスキ男爵は、ニヤニヤ笑って『呼びかけ作戦』の様子を眺めている。

 ミスル人たちの呼びかけが続く。

「俺だー! メメトだー! こっちにはメシを食わせてもらえるし、仕事も沢山あるぞ! 今日は、銀貨をもらったから何に使うか楽しみなんだー!」

 続いて若い男が叫び出した。

「オマエらもこっちに来いよー! スキを見つけて逃げてこい!」

 俺が口を開けて見ていると、ポニャトフスキ男爵が、俺のそばによってきて説明を始めた。

「あの二人は、砦から脱走して来たのですよ。そこで我々が、食事を与え、仕事を与えました。脱走した者たちには、安定した暮らしを送ってもらっています」

 ポニャトフスキ男爵が、頬を片側だけつり上げて、人の悪い笑みを浮かべた。

 なるほど!

 あの若い男は、自慢話をしているだけだが、全て事実だ。
 それだけに、言葉に説得力がある。

 これなら、次の脱走を促進するだろう。

 最初は古典的かと思ったけれど、これは相当、敵の士気を落とすな……。

 ポニャトフスキ男爵が、話を続ける。

「これまで百人を超える脱走者を受け入れました。砦内部の士気は、ダダ下がりだそうです」

「いいね! このまま、赤軍砦は自壊するかな?」

「それは難しいかと。政治将校たちの監視もキツく、兵士たちは脱走したいのに、なかなかチャンスがないと、脱走に成功した兵士が申しておりました」

 どうやら政治将校たちは、心が折れていないらしい。

「じゃあ、あとひと押しか……。政治将校たちを屈服させるか、兵士たちが内乱でも起こすか……」

「はい。もう、一押し欲しいですな」

 話しているウチに日が暮れた。
 辺りは暗くなり、バーベキューの火が赤々と酒盛りを照らす。

 ホレックのおっちゃんが、真っ赤な顔で幸せそうにエールを流し込んでいる。

 赤軍砦からも、さぞよく見えることだろう。
 呼びかけも、暗い中でやられると、心に響きやすいのだろう。

 なのに心が折れないか……。

 砦からは散発的に鉄砲の発射音が聞こえる。
 腹立ち紛れに、こちらへ向けて撃っているのだ。
 だが、距離があるから、赤軍の原始的な鉄砲では届かない。

 暗闇に発射音が空しく響くだけだ。

 俺は鉄砲の発射音を聞いているうちに気が付いた。

「そうか……。赤軍の政治将校たちは、鉄砲という新兵器があるから強気なのか!」

 俺が思わず口にした言葉に、ホレックのおっちゃんが反応した。

「なにい~? 鉄砲がどうしたって~?」

 やべえ! ホレックのおっちゃん、エールが効き過ぎて気持ちよくなってやがる!
しおりを挟む
感想 122

あなたにおすすめの小説

間違い転生!!〜神様の加護をたくさん貰っても それでものんびり自由に生きたい〜

舞桜
ファンタジー
 初めまして!私の名前は 沙樹崎 咲子 35歳 自営業 独身です‼︎よろしくお願いします‼︎  って、何故こんなにハイテンションかと言うとただ今絶賛大パニック中だからです!  何故こうなった…  突然 神様の手違いにより死亡扱いになってしまったオタクアラサー女子、 手違いのお詫びにと色々な加護とチートスキルを貰って異世界に転生することに、 だが転生した先でまたもや神様の手違いが‼︎  転生したオタクアラサー女子は意外と物知りで有能?  そして死亡する原因には不可解な点が…  様々な思惑と神様達のやらかしで異世界ライフを楽しく過ごす主人公、 目指すは“のんびり自由な冒険者ライフ‼︎“  そんな主人公は無自覚に色々やらかすお茶目さん♪ *神様達は間違いをちょいちょいやらかします。これから咲子はどうなるのかのんびりできるといいね!(希望的観測っw) *投稿周期は基本的には不定期です、3日に1度を目安にやりたいと思いますので生暖かく見守って下さい *この作品は“小説家になろう“にも掲載しています

転生したらスキル転生って・・・!?

ノトア
ファンタジー
世界に危機が訪れて転生することに・・・。 〜あれ?ここは何処?〜 転生した場所は森の中・・・右も左も分からない状態ですが、天然?な女神にサポートされながらも何とか生きて行きます。 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー 初めて書くので、誤字脱字や違和感はご了承ください。

異世界でゆるゆるスローライフ!~小さな波乱とチートを添えて~

イノナかノかワズ
ファンタジー
 助けて、刺されて、死亡した主人公。神様に会ったりなんやかんやあったけど、社畜だった前世から一転、ゆるいスローライフを送る……筈であるが、そこは知識チートと能力チートを持った主人公。波乱に巻き込まれたりしそうになるが、そこはのんびり暮らしたいと持っている主人公。波乱に逆らい、世界に名が知れ渡ることはなくなり、知る人ぞ知る感じに収まる。まぁ、それは置いといて、主人公の新たな人生は、温かな家族とのんびりした自然、そしてちょっとした研究生活が彩りを与え、幸せに溢れています。  *話はとてもゆっくりに進みます。また、序盤はややこしい設定が多々あるので、流しても構いません。  *他の小説や漫画、ゲームの影響が見え隠れします。作者の願望も見え隠れします。ご了承下さい。  *頑張って週一で投稿しますが、基本不定期です。  *無断転載、無断翻訳を禁止します。   小説家になろうにて先行公開中です。主にそっちを優先して投稿します。 カクヨムにても公開しています。 更新は不定期です。

異世界転生した俺は平和に暮らしたいと願ったのだが

倉田 フラト
ファンタジー
「異世界に転生か再び地球に転生、  どちらが良い?……ですか。」 「異世界転生で。」  即答。  転生の際に何か能力を上げると提案された彼。強大な力を手に入れ英雄になるのも可能、勇者や英雄、ハーレムなんだって可能だったが、彼は「平和に暮らしたい」と言った。何の力も欲しない彼に神様は『コール』と言った念話の様な能力を授け、彼の願いの通り平和に生活が出来る様に転生をしたのだが……そんな彼の願いとは裏腹に家庭の事情で知らぬ間に最強になり……そんなファンタジー大好きな少年が異世界で平和に暮らして――行けたらいいな。ブラコンの姉をもったり、神様に気に入られたりして今日も一日頑張って生きていく物語です。基本的に主人公は強いです、それよりも姉の方が強いです。難しい話は書けないので書きません。軽い気持ちで呼んでくれたら幸いです。  なろうにも数話遅れてますが投稿しております。 誤字脱字など多いと思うので指摘してくれれば即直します。 自分でも見直しますが、ご協力お願いします。 感想の返信はあまりできませんが、しっかりと目を通してます。

器用貧乏の意味を異世界人は知らないようで、家を追い出されちゃいました。

武雅
ファンタジー
この世界では8歳になると教会で女神からギフトを授かる。 人口約1000人程の田舎の村、そこでそこそこ裕福な家の3男として生まれたファインは8歳の誕生に教会でギフトを授かるも、授かったギフトは【器用貧乏】 前例の無いギフトに困惑する司祭や両親は貧乏と言う言葉が入っていることから、将来貧乏になったり、周りも貧乏にすると思い込み成人とみなされる15歳になったら家を、村を出て行くようファインに伝える。 そんな時、前世では本間勝彦と名乗り、上司と飲み入った帰り、駅の階段で足を滑らし転げ落ちて死亡した記憶がよみがえる。 そして15歳まであと7年、異世界で生きていくために冒険者となると決め、修行を続けやがて冒険者になる為村を出る。 様々な人と出会い、冒険し、転生した世界を器用貧乏なのに器用貧乏にならない様生きていく。 村を出て冒険者となったその先は…。 ※しばらくの間(2021年6月末頃まで)毎日投稿いたします。 よろしくお願いいたします。

転生獣医師、テイマースキルが覚醒したので戦わずしてモンスターを仲間にして世界平和を目指します

burazu
ファンタジー
子供の頃より動物が好きで動物に好かれる性質を持つ獣医師西田浩司は過労がたたり命を落とし異世界で新たにボールト王国クッキ領主の嫡男ニック・テリナンとして性を受ける。 ボールト王国は近隣諸国との緊張状態、そしてモンスターの脅威にさらされるがニックはテイマースキルが覚醒しモンスターの凶暴性を打ち消し難を逃れる。 モンスターの凶暴性を打ち消せるスキルを活かしつつ近隣諸国との緊張を緩和する為にニックはモンスターと人間両方の仲間と共に奮闘する。 この作品は小説家になろう、エブリスタ、カクヨム、ノベルアッププラスでも連載しています。

受験生でしたが転生したので異世界で念願の教師やります -B級教師はS級生徒に囲まれて努力の成果を見せつける-

haruhi8128
ファンタジー
受験を間近に控えた高3の正月。 過労により死んでしまった。 ところがある神様の手伝いがてら異世界に転生することに!? とある商人のもとに生まれ変わったライヤは受験生時代に培った勉強法と、粘り強さを武器に王国でも屈指の人物へと成長する。 前世からの夢であった教師となるという夢を叶えたライヤだったが、周りは貴族出身のエリートばかりで平民であるライヤは煙たがられる。 そんな中、学生時代に築いた唯一のつながり、王国第一王女アンに振り回される日々を送る。 貴族出身のエリートしかいないS級の教師に命じられ、その中に第3王女もいたのだが生徒には舐められるばかり。 平民で、特別な才能もないライヤに彼らの教師が務まるのか……!? 努力型主人公を書いて見たくて挑戦してみました! 前作の「戦力より戦略。」よりは文章も見やすく、内容も統一できているのかなと感じます。 是非今後の励みにしたいのでお気に入り登録や感想もお願いします! 話ごとのちょっとしたものでも構いませんので!

ガチャ転生!~異世界でFラン冒険者ですが、ガチャを引いてチートになります(アルファ版)

武蔵野純平
ファンタジー
「君は次の世界に転生する。その前にガチャを引いた方が良いよ」 ガチャを引けば特別なスキルカードが手に入ります。 しかし、ガチャに使うコインは、なんと主人公の寿命です。ガチャを引けば次の世界での寿命が短くなってしまいす。 寿命と引き換えにガチャを引くのか? 引かないのか? そして、異世界に転生した主人公は、地獄で引いたガチャで特殊なカードを貰っています。 しかし、そのカードの使い方がわからず、Fランクの冒険者として不遇の日々を送ります。 カードの使い方に気が付いた主人公は、冒険者として活躍を始めます。

処理中です...