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第七章 新たな住人

第122話 アリー・ギュイーズ

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 六月になり、アンジェロ領も夏らしくなってきた。
 俺は執務室で冷えた果実水を飲みながら書類に目を通す。

 北部縦貫道路の工事は順調に進んでいるが、ゴブリンとの遭遇が多くなったと報告が上がっている。

 冒険者ギルド長の黒丸師匠が、俺の執務室に入ってくるなり立ったまま陳情を始めた。

「現場からは増援依頼がひっきりなしである。アンジェロ少年の方は、どうであるか?」

「白狼族から応援が来ます」

「それは朗報である。あいつらを、休ませるのである」

 黒丸師匠は、ホッとしたのか椅子にドサリと座り込んだ。

 今、北部縦貫道路の警備部隊に負担がかかっている。
 警備部隊は、白狼族サラ率いる『白夜の騎士』、メロビクス人の『エスカルゴ』、スラム出身の『砂利石』の三パーティーだ。

 工事が進むにつれ、ゴブリンからの襲撃が増えている。
 工事現場には、力の強い熊族もいるので撃退は可能だが、工事が中断されてしまう。

 警備の人手があれば、人海戦術でゴブリンの巣を叩き潰すのだが、人手不足が解消されていないのだ。

 おまけに警備が二十四時間になった。

 ゴブリン侵入防止の為、リバフォ村の手前に木製の柵とゲートを設置した。
 工事現場が動くのは昼間だけだが、このゲートの夜間警備に1パーティー張り付けなくてはならない。

 工事現場の警備に一組。
 現場の周辺警戒に一組。
 リバフォ村やキャランフィールド近辺の魔物討伐に一組。
 夜間のゲート警備に一組。

 既に仕事が回っていない。

 三組とも休みがとれないので、俺、黒丸師匠、ルーナ先生で、夜間ゲート警備を行ったり、短時間現場警備を変わったりして、『白夜の騎士』、『エスカルゴ』、『砂利石』を休ませている。

 三組とも文句は言わないが、顔に疲れが出ている。
 早めにちゃんと休息をとらせないと、現場が崩壊しかねない。

「後は、港に来るセイウチ族には、話をしてあります。彼らの居留地近くの獣人が、助っ人で来てくれるかもしれません」

「神に祈るのである!」

「商業都市ザムザからは?」

「手配中である。ザムザの冒険者たちは、地元から離れたくないのである。手当を増額するとか、新人でも可と条件を緩和しないと厳しいのである」

 商業都市ザムザは、陸上貿易の一大拠点だ。
 街道付近の魔物退治やキャラバンの護衛など、仕事は沢山ある。

 キャランフィールドへの出張依頼をかけてはいるが、応募がないのだ。
 黒丸師匠が冒険者パーティーに直接話を持ちかけても良い返事がもらえない。

「背に腹はかえられないです……。新人冒険者パーティーでも応募可にしましょう」

「それが良いのである。一組で警備しているところを二組にするとか、ゲートの夜間警備にあてるとか、新人でも使い道はあるのである」

「そうですね。冒険者パーティーの選考は、黒丸師匠にお任せします」

「承ったのである。では、それがしは、早速商業都市ザムザに向かうのである」

「よろしく、お願いします」


 カラン! カラーン!
 カラン! カラーン!


 黒丸師匠が出て行ったら、港の方から鐘が聞こえてきた。
 船が入ってきたのだ。

 今日、ジョバンニは、商業都市ザムザへ買い付けに行っている。
 ルーナ先生も商業都市ザムザ郊外の畑だ。
 じいは、情報部の立ち上げでアルドギスル領アルドポリス。
 エルハムさんは、クイックの増産。

 俺が対応するしかないじゃないか!

「はあ~」

 忙しさにため息をつきながら、転移魔法でゲートを港につなぐ。
 ゲートをくぐり港に着くと、ウォーカー船長がいた。

「よーう! 王子様! 久しぶりだな! 今日は大麦と鉄鋼石を持ってきたぜ! 安くしとくから、買わないか?」

「全部買います!」

 ナイス! ウォーカー船長!
 鉄鋼石は、ホレックのおっちゃんから催促されていた。

 食料も足りてない。
 なにせ住人が急激に増えたのだ。
 商業都市ザムザでジョバンニが買い付けをして、俺がアイテムボックスに入れて運んでいるが、間に合わない。

 商業都市ザムザにも住人が沢山いるので、ザムザの住人が食べる分もある。
 それに、この異世界では、巨大な倉庫はないし、冷凍冷蔵設備もない。
 物流も日本に比べて劣る。

 その日に、農家で採れた野菜が市場に並ぶ。
 余剰作物を小規模商人が買い付ける。

 そんな規模なのだ。

 だから、ウォーカー船長が、エリザ女王国やメロビクス王大国から、小麦や大麦を船で大量に運んでくれるのは非常に助かる。

「おーい! 船が入れねえぞ~!」

 海から大声が聞こえてきた。
 セイウチ族のヒマワリさんだ!

 やった!
 魚が来た!

 しかし、港には商船が二隻係留されていて、着岸スペースがない。

「ちょっと待って! 今、岸壁を造る!」

 俺は土魔法を使って、岸壁を増設する。
 さっさと係留して魚を寄越せ!

 ウォーカー船長が目をまん丸にして、呆れた声をだす。

「噂には聞いていたが、すげえ魔力だな……」

「いや、ごっそり魔力を持って行かれますよ。すぐ回復しますけど」

「人外過ぎるだろう……」

「こういう何もない所は余裕ですよ」

 木など障害物があるとダメなのだ。
 思うように土を動かせなくなる。
 だから、道路建設は作業員を使うしかない。

「どうでも良いことですから、気にしないで下さい」

「いや! 気になるだろう! 普通は!」

「あー、それより、ウォーカー船長。誰か幹部になれそうな良い人がいたら紹介してください」

「あっさり流したな……。人材採用を、平民の俺に頼むか?」

「本当に足りてないのですよ。住人は増えましたが、幹部クラスが足りなくて……。どこかいないですかね? 主家が没落してフリーになった騎士爵とか。爵位がなくても良いから、貴族に仕えて領地経営の経験がある人とか」

「わかった……。もし、誰かいたら連れてくるよ……。どんな経緯があっても気にしないか?」

「気にしません。仕事が出来る人なら誰でも良いです。頼みます!」

 なんか、急成長して人手不足のベンチャー企業みたいだ。
 仕事に追われて、俺自身が身動き取れなくなりつつあるのだ。


 *


 六月半ばになると、北部縦貫道路の警備人手不足問題は解決した。

 白狼族からの応援が五名。
 セイウチ族経由の出稼ぎが四名。
 商業都市ザムザから新人冒険者パーティーが三組。

 警備ローテーションが組めるようになり。『白夜の騎士』、『エスカルゴ』、『砂利石』を休ませることが出来た。

 セイウチ族からの出稼ぎは、色々な種族が混じっている。
 合計二十名がやってきて、そのうち四名が戦闘向き、十六名は作業向きだ。
 これで作業チームを増やし、拡幅工事も着手できる。

「オイ! アンジェロ! ゴブリンが減らない! むしろ増えているぞ!」

「らしいね……。思ったより大規模な巣があるのかも……」

 工事が進んでいる――つまり、道路が南下しているのだが、ゴブリンの巣は見当たらない。

 ゴブリンの数は増える一方で、白狼族が巡回するとゴブリン、五、六匹の集団に遭遇しやすくなってきた。

 ゴブリンの密度が上がっているのだ。

「ふむ……。大規模な山狩りをして、ゴブリンの巣を探すのである!」

 黒丸師匠の提案で、大規模捜索が行われることになった。


 *


 キャランフィールドを出航した『愛しのマリールー号』は、北へ向かっていた。

 キャランフィールドから海峡を渡りエリザ女王国の沿岸へ。
 そこから、陸地沿いにひたすら北へ進む。

 目指すはエリザ女王国の北東にあるアクモディア諸島。
 猫族のテリトリーである。

 アクモディア諸島は、かなり北にある為、六月でも十度を少し上回る程度の寒い地域だ。

 アクモディア諸島の本島であるアクモディア島の入り江に、『愛しのマリールー号』は滑り込んだ。

「ニャ! ウォーカー船長ニャ!」

「よーう!」

 猫族と気軽に挨拶を交しながら、ウォーカー船長は小さな家を訪ねた。
 ドアの前で姿勢を正してからドアを叩く。

「アリー様? ご在宅でしょうか? ウォーカーです」

 ドアが開き家主が顔を見せた。
 短く切った金髪が似合う品の良い少女。
 アリー・ギュイーズである。

「まあ! ウォーカー船長! お久しぶりですわ!」

「良いお話がございまして、参上いたしました」

「そう! お上がりなさいな!」

 アリーは、ニッコリと微笑みウォーカー船長を家に招いた。
 家は食堂とベッドルームがあるだけの、簡素な作りで、家具も最低限の物だけが置かれていた。

 ウォーカー船長は、アンジェロが広く人材を求めている事を、いつになく丁寧な言葉遣いでアリーに告げる。

「――このような次第でございます。アンジェロ領は、これから伸びる領地だと思われます」

「将来有望と言う訳ですね。わかりました! わたくし、アンジェロ殿下にお仕えいたしますわ!」

「それでは、アンジェロ領にご案内いたします」

 ウォーカー船長は、水と食料の補充を行い、現地の猫族の戦士五人を、護衛として船に乗せた。
 そして、アリーが船に乗るとすぐに出航した。

 行きとは違う東回りの航路――セイウチ族の領地を通りアンジェロ領キャランフィールドの港を目指した。

 アリーは、期待に胸を膨らませていた。
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