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第七章 新たな住人

第110話 ケッテン

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 ――四月一日、商業都市ザムザ。

 俺は十一才になった。
 北部王領に追い出されてから一年。
 思い返せば、怒濤の一年だったな。

 色々あったが、無事に誕生日を迎えられ嬉しい。

 今日は商業都市ザムザで、俺の誕生日パーティー兼第三王子府オープン記念パーティーを開催している。

 場所は商業都市ザムザの中心にある王領管理府。
 ここは立地が良く、建物も貴族館で良い。

 しかし、実務をこなすには向いてない建物なので、迎賓館として使うことにした。

 今日は、王領管理府改め迎賓館に、要人や関係者を集めて酒と料理を振る舞っているのだ。

「いやあ、アンジェロ殿下おめでとうございます!」

 開始早々俺に声をかけてきたのは、南の隣国イタロスの領事だ。
 細身の体に仕立ての良い貴族服をぴちっと着たナイスミドル。
 俺のような十一才の子供相手でも、低姿勢だ。
 侮っている様子がないのは、ポイントプラス1。

 俺は王子として、鷹揚な態度で応じる。

「イタロスの領事殿。商業都市ザムザは、私の領地になったが、これまで通りの交易をお願いする」

「もちろんでございます! ところで、アンジェロ殿下には、我がイタロスの血が入っているとうかがいましたが?」

「うむ。祖父がイタロス出身だ」

「おお! そうでしたか! 我が国はアンジェロ様を応援しております!」

「今日は、祖父も来ているので声をかけてやってくれ」

 イタロス領事が去ると、隣にいたじいが小声で解説してくれる。

「イタロスは商人の国でございます」

「ああ、知っている。王国じゃないよね?」

「左様です。イタロスの代表は、総督ですじゃ」

 イタロスは、商人たちが議会を作り、議会に選ばれた人物が『総督』という国家元首になる。
 商人だけとは言え、議会を作り代表者を選出するのだから、民主主義に近い印象だ。

「良さそうな国家制度に思えるけれど?」

 俺の肯定的な意見に、じいは渋い顔で答えた。

「議会の力が強くて、国としての方針がコロコロ変わるのは考え物ですじゃ」

「それは確かに考え物だね……」

「利に聡い商人が牛耳っている国ですじゃ。油断なりません」

「気をつけよう」

 イタロスは、俺が担当する国だ。

 父上は、メロビクス王大国とニアランド王国との外交で手一杯。
 アルドギスル兄上は、両国の侵攻に備えている。

 両国とはいまだ停戦合意も出来ていない。
 西部で戦闘は起きていないが、いつまた再戦となるかわからない状態だ。

 そこで俺が東部の担当になった。
 商業都市ザムザが俺の領地にしてもらう際に付けられた条件の一つが、ザムザ周辺各国への抑えだ。

 イタロスは、交易を通じて仲良くしておきたい。

 イタロスが終わると、ベロイア王国。
 ここは羊と農業が中心のノンビリした国だ。
 ベロイア領事は、朴訥な感じの人で農産品の輸入を増やすことを約束して友好的に別れた。

 次いで、ブルムント地方の中小領地貴族の挨拶を受け、商業都市ザムザの商人たちの挨拶を受ける。

 挨拶ラッシュが終わったところで、ホレックのおっちゃんがやってきた。

「アンジェロの兄ちゃんも大変だなあ……」

「王子だから仕方ないね。おっちゃん、今日はありがとうね。助かっているよ」

「お安いご用だ! 酒もあるしな!」

 今日は、アンジェロ領のメンバーをほとんど連れてきた。
 手分けして招待客のお相手をしてもらっているのだ。

 ホレックのおっちゃんは、ブルムント地方で鍛冶師として名が通っている。
 ブルムントからのゲストたちの話し相手を務めてくれた。

「アンジェロの兄ちゃん! 実は俺とキューから、誕生日プレゼントがあるんだよ!」

「えっ!? 本当に!?」

 これは嬉しいサプライズだ!
 二人とも仕事が忙しいなかで、よく準備してくれたな。

「ありがとう! 嬉しいよ! それで、何をもらえるの? オリハルコンの剣?」

「まあ、それは……キャランフィールドに帰ってからのお楽しみだな!」


 *


 ――数日後。

 俺たちは、アンジェロ領のキャランフィールドに帰ってきた。

 俺の誕生日プレゼントは、ホレック工房にあるそうだ。
 ホレックのおっちゃんと工房へ向かう。

「アンジェロの兄ちゃん。覚えてるか?」

「何を?」

「ほれ! 車を作っただろう? その時に、荒れ地で車を走らせるにはどうするって話よ!」

「ああ! タイヤやキャタピラー……」

 六輪自動車タイレルが完成した後におっちゃんと話したことを思い出した。
 六輪自動車タイレルは、舗装された道はスムーズに走る。
 土の道でも大丈夫だ。

 しかし、でこぼこの多い荒れ地やぬかるんだ土地で走らせるのは難しい。
 おっちゃんは、六輪自動車タイレルをもっと色々な場所で走らせたいと言った。

『国全体で見たら舗装されてない道や荒れ地の方が多いぜ』

『それには、タイヤやキャタピラーかな……』

『ほうほう』

『それと前に話したギヤだね。クラッチも必要かな』

『面白いな! 紙に書いてくれよ!』

 俺は自分の知っている限りを、紙に書いておっちゃんに渡した。
 それが、どうかしたのだろうか?

「俺とキューで試作してみた! 荒れ地だろうが、どこだろうが、走れる車をな!」

「えっ!?」

 なーんとなく悪い予感がする……。

 ホレック工房に着き、工房の扉を開けると六輪自動車タイレルが三台並んでいる。
 そして、その隣にもう一台……。

「これがアンジェロの兄ちゃんへの誕生日プレゼントだ!」

「これ……ケッテンクラートじゃねーか!」

「なに? けてん?」

「ケッテンクラート!」

 ケッテンクラートとは、第二次世界大戦時ドイツで利用されたバイクと砲塔のない小型戦車をくっつけたようなヘンテコな車だ。





 俺の目の前に鎮座しているのは、キャタピラー付の木製荷馬車にバイクを合体させたような車だ。
 本物のケッテンクラートとは、素材が違うし、サイズも違うが、ジャンル分けするならケッテンクラートだろう。

 なるほど……そうか……六輪自動車タイレルが進化するとケッテンクラートになるのか……。

 俺の心中に去来する言葉はただ一つ。

『なぜ、そうなる!』

 普通は自動車が進化すると、もっとこう……スタイリッシュになったり、大型化して積載量が多くなったり……。
 そういう方向性じゃないだろうか?
 なぜ、あさっての方向へ進化して、ケッテンクラートになるのか?

 俺が絶句して頭を抱えていると、ホレックのおっちゃんは俺の脇の下に手を入れケッテンクラートの荷台に放り込んだ。

 荷台にはリス族のキューがいた。

「キューちゃん……」

「誕生日おめでとうございます! ホレック殿と我々リス族からのプレゼントがこの車です!」

「あははっははあ」

 俺は変な笑いを漏らすしかなかった。

「じゃあ、ちょっと走るぞ!」

 ホレックのおっちゃんが、運転席に乗り込みケッテンクラートが『キュラキュラ』言いながら走り出した。

(ドワーフにケッテンクラートって、妙に絵になるな……)

 俺はそんな事を思いながら、誕生日プレゼントというのは単なる口実で、ホレックのおっちゃんやキューが作りたかっただけだろうと真実を見抜いていた。
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