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第四章 ウイスキーと異世界飛行機の開発

第58話 開発会議

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 ルーナ先生がエルフの里から戻ってきて三日経った。
 この三日間、俺は忙しく動いていた。

 まず、俺とルーナ先生の結婚問題。
 転移魔法で、じいを王都に送り王宮に書類を提出させた。
 王都から追い出されたとは言え、俺は王子だからな。
 それなりの手続きは必要だ。

 母上にも、こっそり婚約報告をした。

『まあ、おめでとう! 良かったわ!』

 母上は平民出身で政治など難しい事は、分からない人だ。
 息子の慶事を手放しで喜んでくれた。

 転生前は、結婚せずに死んでしまった。
 母親の喜ぶ顔が見られて、俺は嬉しい。
 転生前には出来なかった事だから。

 感傷に浸っている暇はない。
 四人のエルフの住む家を土魔法で建て、商業都市ザムザから大工を転移魔法で連れてきて内装を突貫工事で行わせる。

 四人のエルフとも交流を持ったが、四人はエルフ族の名門家出身だった。
 エルフ族も随分力を入れて人材を派遣してきたなと驚いた。

 エルフ四人の名前は、ラッキー・ギャンブル、ファー・ブラケット、エル・プティーオ、オナ・エンティティ。

「まっ、とにかく魔道具の事は我らにお任せ下さい」

 ラッキー・ギャンブルは、自信たっぷりに俺に告げた。ラッキー・ギャンブルは、エルフの族長ギャンブル家の十八男で、アンジェロ領派遣エルフ四人のまとめ役だ。

 サラサラの銀髪ロングヘアの細身イケメンで、常に自信たっぷりマン。ドワーフのホレックが、『気に入らねえ!』とガンを飛ばしていたが、ラッキー・ギャンブルは、口元に笑みを浮かべて敵意をさらりと流していた。

「十八男って……。エルフって子沢山なのか……」

「アンジェロ。ちょっと違う。ギャンブル家が、その道に精進しているだけ」

「なるほど」

 ルーナ先生が、エルフ事情を解説してくれた。
 ギャンブル家が子沢山なだけなのは、納得だ。
 ラッキー・ギャンブルも女好きな雰囲気を醸し出している。

「私もアンジェロと精進する」

「ありがとうございます。早く成長します」

 ルーナ先生には、牡蠣フライとか、夜に効きそうな料理も教えておこう。

 土魔法を使ってエルフ用の屋敷を建設する俺に、ラッキー・ギャンブルは、遠慮なく注文をつける。

「アンジェロ殿下! 私の屋敷のベッドルームは、広い間取りでお願いしますよ! ベッドは、ドラゴンサイズで!」

「へー、へー」

 十才児に依頼する事か?
 大きなベッドを入れて、誰を連れ込むつもりなのだろうか?

 こんなふざけた男だが、エルフ族の族長の息子だ。ちゃんと対応しよう。
 それに、魔道具を作る腕は確かで、戦闘能力も高いらしい。
 人は見かけによらないのだなと、しみじみ思う。

 ファー・ブラケットは、ルーナ先生の妹だ。
 異世界飛行機のコア技術になる魔導エンジンの開発を、エルフの里で進めて貰っていた。

「ファーさん! やっと会えましたね!」

「本当ですね! お兄さんと呼べば良いかな?」

「……アンジェロさんでお願いします」

「わかった。アンジェロさん!」

 明らかに年上のファーさんに『お兄さん』と呼ばれるのは厳しいので、アンジェロでお願いした。

 ファーさんは、姉のルーナ先生にあまり似ていない。
 小柄で大きな眼鏡をかけ短めの髪を無造作に束ねている。実験大好きなカワイイ理系女子って感じだ。

「エル・プティーオのプティーオ家は、ギルベンダ家の分家」

「助けたマリー・ギルベンダさんの親戚ですか?」

「そう。エル・プティーオは、火属性魔道具制作の腕がピカイチ。ギルベンダ家肝いりで派遣された」

「それは、ギルベンダ家に感謝ですね」

「見た目は気にしない事。彼の毛髪に罪はない」

 ルーナ先生の容赦ない論評にさらされたエル・プティーオさん。
 男性のエルフで、エルフの割に見た目が美々しくない。
 毛髪は薄くなり、ちょっと太っている。

 それでも魔道具技術者として優秀なら、俺は何も問題にしないぞ。がっかりエルフとか思ってないからな。

「オナ・エンティティは、水属性の魔道具製作で実績がある。技術者としては中堅。あてに出来る」

「彼女も名門?」

「うむ。エンティティ家は、水と氷の魔法に優れた魔法使いを幾人も輩出している」

 オナ・エンティティさんは、典型的なエルフ美人だ。
 すらっとした体型、絹糸のような美しい髪、そそり立つ絶壁。

 ルーナ先生の婚約者たる俺には、慎重なコメントが求められる。笑顔が素敵なお姉さんだが、適度な距離を置いてお付き合いしよう。

 エルフの魔道具技術者四人がアンジェロ領に加わった事で、技術開発が加速される。
 俺の構想を実現するときが来た。


 ――エルフ四人が、アンジェロ領に来て三日。

 俺は書斎に商品開発に関わる人材に集合をかけた。今日は、これから会議だ。
 人材は大分集まったと思うので、これからウイスキーや異世界飛行機開発に力を入れていく。

 アンジェロ領は少数精鋭だ。
 方向性はきちんと俺が示して、少ない人数で効率良く開発をして貰わないと。
 みんながバラバラに好き勝手に研究開発をしたら、進む物も進まなくなる。

 俺の書斎にルーナ先生とエルフ四人が入って来た。
 エルフ四人は書斎の壁一面に貼られたメモ書き――テクノロジーツリーに興味を見せた。

 リーダー役のラッキー・ギャンブルが俺に聞く。

「アンジェロ王子、これは?」

「テクノロジーツリーです。俺が転生する前の地球という世界の技術体系をツリー状にまとめた物ですよ」

 四人は初めてみるテクノロジーツリーを興味深く見入っている。
 やがて、テクノロジーツリーを前に色々と議論を始めた。
 横に立つルーナ先生が、わかる範囲でテクノロジーツリーに書いてある技術を解説し出した。

 続いてホレックのおっちゃんとリス族のキューが入って来た。
 リス族のキューは、俺たちがあちこち出かけている間アンジェロ領で地道に物作りをしていた。

 元々リス族は体が小さく戦闘力が低いので、獣人エリアでも道具作りを生業にしている。物作りは、キューに合っているみたいだ。

 ホレックのおっちゃんの手伝いもちょこちょこしていた。おっちゃんはキューを高く評価している。

「あのリスの坊主は、手先がなかなか器用だ。道具の持ち手に革を巻く作業と木から柄を削り出すのを頼んでいる」

 キューには魔物の皮革加工や木工細工の分野を任せられないかと考えた。キューに打診した所、喜んで引き受けてくれた。

 最後に元ミスル貴族のエルハムさんとジョバンニが入って来た。
 エルハムさんにはウイスキー造り全般を見て貰う。ジョバンニにはアンジェロ領の会計を任せる。


「全員揃ったから会議を始めます!」

 みんなの視線が俺に集まる。
 ちょっと緊張するが領主の俺がしっかりと仕切らなきゃ!

「みんな集まってくれてありがとう。これからみんなには、ウイスキー造りや異世界飛行機の開発にたずさわって貰う」

 嬉しそうな顔をする者や引き締まった表情をする者が多い。

「アンジェロ領はウイスキー等の特産品を作って、特産品を他領に売りお金を稼ぐ。稼いだお金で食料を買う。自領の人口が少ないので、農業よりも単価の高い商品作りに力を入れて行く方針だ。今日はみんなに自由に発言して議論して貰いたい」

 俺の言葉が終わるとみんな活発に議論を始めた。

「魔道具開発も色々やった方が良いのでは?」
「あのテクノロジーツリーに書いてある物を作ってみたいな」
「武器や防具なんかはどうだろう?」
「この領地で採れる材料を中心に開発した方が良いだろう」
「地球料理のレシピを増やそう」

 色々と意見が出ている。
 エルフたちとドワーフのホレックのおっちゃんがケンカをするかと心配したけれど、意外と冷静に議論している。
 物作りの話題だとどちらも感情的にならずに話が出来るみたいだ。

 俺はみんなの意見の聞き役に徹した。
 議論は続き、開発、技術、仕入れなどの意見がある程度出た所でジョバンニが発言した。

「宜しいですか? アンジェロ領は収入がゼロの状態です。税収はなく、販売できる商品もないので、国王陛下から下賜された支度金とアンジェロ様の私財を食いつぶしています」

 そう、アンジェロ領は経営難なのだ。
 人が増えて毎日の食費もバカにならない。
 早い所、収入、つまり現金キャッシュを稼ぎ出さないと倒産してしまう。

 だが、みんなはキョトンとした顔をしている。
 ここに集めている人材は、いわゆる技術系の人材だ。お金の話は自分の生活や小遣いレベルでしか考えた事が無いのだろう。
 ジョバンニの話はピンと来ないようだ。

 ジョバンニはすぐにみんなが問題点を理解していない事を察して、言葉を変えて説明した。

「わかりやすく言うとお金がありません。会計を預かる者としては、すぐお金になる商品から開発をして貰いたいのです」

 ホレックのおっちゃんが、ジョバンニのすぐ後に発言した。

「そうか……。うむ、それならわしらが作りたい物よりも、すぐ売れそうな物から開発した方が良いな」

 ホレックのおっちゃんは、ブルムント地方で店を開いていたから理解が早い。
 他の出席者も状況が分かったみたいで、議論の方向性が『すぐ売れそうな商品開発』に変わった。

 エルフは魔道具開発を主張しているが、魔道具開発は時間がかかる。
 それに今この異世界に出回っている魔道具は、一点物が多い。つまり量産品ではないのだ。
 ある程度量産できる商品でないと領地の財政を立て直すのは難しいだろう。

 議論が進む中、ホレックのおっちゃんが俺に話を振って来た。

「アンジェロの兄ちゃん。あのウイスキーってのは、どうなんだ? すぐ出来るんだろ?」

「うーん。蒸留してから最低三年は寝かさないと味が熟成しないと思います」

 ウイスキー造りは、それが弱みだ。
 製造設備や製造する仕事の流れを作ってしまえば、量産可能だと思う。
 だが作ったウイスキーが現金に変わるまで、ウイスキーを寝かせて味が熟成する三年を待たなきゃならない。
 これは今のアンジェロ領の財政状況ではキツイ。

「それだがな。三年も寝かせないで、じょう……、蒸留した状態のあの強い酒を売ったらどうだ?」

「えっ!?」

 おっちゃんは何を言い出すのだ。
 鍋を使った蒸留方法は何度かみんなに見せていて、ワインやビールから蒸留した酒を味見して貰っている。

 味の評価は最悪だ。

「いや、おっちゃんも何度か蒸留したての酒を飲んだでしょ? 不味かったでしょ?」

「ああ、不味い。だが酒精は間違いなく強いぞ! あれなら売れる!」

「ええっ!?」

 そんなバカな! 俺だったらあんな不味い酒絶対に買わない。
 だが、おっちゃんの意見に賛同する声は意外と多い。

「あれはあれで……、何より酒精が強いからね」
「不味いか美味いかで言えば不味いけど、酒精の強さは類をみないからな」
「結構イケルと思うけどな」
「ワインやエールに混ぜれば十分飲めるだろ」

 なるほど。割って飲む手もあるな。
 どうも俺とみんなの意識に差があるようだ。

 俺は日本にいた頃、美味しいウイスキーを飲んだ事がある。
 だが、みんなはそんな経験はない。
 その差か。

「そうか。ああいう強い酒は、今までにないから、不味くても売れるかもしれないな……」

「蒸留するエールやワインは、他領の物を使ってもよろしいのでは?」

 製造を担当するエルハムさんから前向きな意見が出た。

「確かにね。三年寝かせるウイスキーは、アンジェロ領でとれた原料にこだわりたいけれど、不味い蒸留酒の原料は何でも良いよな。後は販売か……、商業都市ザムザの商業ギルドか?」

 販売面の話をジョバンニに振ってみた。
 ジョバンニは少し考え込むと意外な提案をして来た。

「それよりベルント殿に販売させてみては?」

「ベルント!? 奴隷商人だろあいつ?」

「はい。ですので、ブルムント地方の領主に顔が聞きます。ブルムント地方は酒好きですからね。酒好きの領主に高く売って貰えるかと。それに商業都市ザムザで売り出せば、フリージア王国の王宮に情報が伝わります」

 ああ、横やりは嫌だな。
 蒸留酒の製造方法を教えろ、とか言われたら面倒だ。
 もうちょっと俺の領地が力を付けて、王宮から何か言われても突っぱねられるまでは、外国に売るか。

「わかった。じゃあ、まず開発は不味い蒸留酒から始めよう。ホレックのおっちゃんは蒸留で使う釜の制作を急いでくれ」

「任せとけ! なあ、ところで兄ちゃんよ。酒に名前を付けてやれよ。不味い蒸留酒じゃ酒が可哀そうだろう」

「ああ、名前か……」

 確かに不味い蒸留酒じゃ、いくら何でも売るのに困るよな。
 それに『蒸留』って言葉自体を伏せておきたい。出来るだけ長く蒸留は、アンジェロ領の独占技術にしたい。

 しかし、あの酒に名前ね……。
 強烈酒、強酒精酒、うーん、ピンと来ないな……。
 即製酒……、うーん、違うな……。
 あ、そうだ!

「クイックにしよう。俺のいた地球の言葉で『すぐ』とか『早い』という意味だ。すぐ作れる蒸留酒だからクイックでどう?」

「クイック……、クイックか……。呼びやすいし良いんじゃねえか? 酒精が強いからすぐ酔っぱらうしな! ガハハハ!」

「私も良いと思います。短い名前で覚えやすいです」

 ジョバンニも賛成してくれた。
 よし! この名前で行こう!

 クイックはワインやエールを買って来て蒸留すれば、すぐ出荷出来る。
 現金になるサイクルが早いから、今のアンジェロ領にはぴったりの商品だろう。

「じゃあ、アンジェロ領で最初に開発販売する商品は、クイックに決定! すぐ開発に入ろう!」

 みんな引き締まった顔をしている。
 仲間たちと力を合わせて、この苦境を乗り切るぞ!


 *


 その日の夜、アンジェロ領領主エリアの食堂に、ルーナ、黒丸、ホレックが集まりワインを飲んでいた。
 酒好きによるいわゆる時間外会議である。

 電灯の無いこの異世界では、夜の室内はかなり暗い。
 一本の蝋燭の炎が揺らめく中、三人は杯を重ねて行く。

 今は主に黒丸とホレックが昼間の会議の様子を話している。

「なるほど、クイックの製造販売がアンジェロ領の主力商品になるのであるな」

「まあ、当面の間だな。アンジェロのお兄ちゃんは、味の良いウイスキーにこだわりてえみたいだがな」

「ふむ。アンジェロ少年は、地球世界で美食を経験しているのであるな。酒の味にもこだわりたいのである」

「その当人が酒を飲まねえじゃねえか。もう十才だろ? ドワーフなら酒を飲みだす年だぞ?」

「人族はもう少し遅いのであるな。十五、六才で飲みだす者が多いのである」

「やれやれ、人族はやわでイカンな」

「血液の代わりにアルコールが流れているドワーフと比較されてはたまらないのである。それがしは人族に同情するのである」

 黙ってワインを飲んでいたルーナが口を開いた。

「この領地は種族がごちゃごちゃ。まとめなくちゃならない」

「ふむ。人族、エルフ、ドワーフ、ドラゴニュートに獣人であるか。確かに種族が多いのであるな」

 この異世界では多様な種族が同居している。
 しかし、町や領地単位で見れば、人族が多い町、獣人が多い町と言った具合に、ある程度種族単位でまとまっている。
 種族ごとに生活習慣や価値観にバラツキがある為である。
 アンジェロ領のように入り混じっているのは珍しい。

「人族もバラバラ」

「フリージア人、ブルムント人、ミスル人。そうであるな……、これをまとめて行くのは大変であるな」

「だから私たちがアンジェロを助ける。私たちはアンジェロの幹部、忠誠を誓う」

 ルーナはきっぱりと言い切った。
 ルーナにはルーナなりに、アンジェロに入れ込む理由がある。
 その理由を知っている黒丸は、嬉しそうに答えた。

「ふむ。そうであるな。それがしとしては、弟子を支えねばならないのである」

「そうだな。俺もアンジェロの兄ちゃんには、苦境から救って貰った恩がある」

 三人三様の理由でアンジェロに従い、幼いアンジェロを助けている。
 アンジェロは王族でありながらも頭ごなしに命令する事が無い。上下関係よりも、対等な関係を好み、種族の違う三人にも人族と同じように接し、時に自分よりも体得した技術が上の者として敬意を払ってくれる。

 アンジェロにしてみれば元日本人としての価値観や人付き合いの経験から、当然の振る舞いをしているだけなのだ。
 しかし、異世界の少数民族にあたる三人には、公平で公正な領主としての稀有な資質に見えている。

 この稀有な資質を持つ少年を大切に育てなければ。
 三人はそんな感覚を共有していた。

 テーブルの上の蝋燭が届かない暗闇の中から声が聞こえて来た。

「そういう話なら私も混ぜて下さい」

 三人は声がする方に目を凝らした。
 一人の人族の女性がテーブルに近づいて来た。

「ぬ!」

「お主は人族の……」

「ミスル出身のエルハムです。私もアンジェロ様に救って頂き騎士爵の地位を頂きました。アンジェロ様には絶対の忠誠を誓っております」

「酒は?」

「頂きますわ」

 エルハムは席に着き種族の違う三人と語らった。
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