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無知の致良知

139_ジーノ_

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三島は仕事が終わった夕方明けに彼女を連れて指輪を
見に行くようだ。
行動に移す早さに彼の真面目さが見て取れる。
丁度よかった。
夫人からメールが来た。
直接話す人でメールが来たのは初めてだ。
その違和感に夫人の仕掛けた毒餌を感じる。
ここで夫人の元へ行けば夫人の先行攻撃で僕が後手となる。圧倒的に不利だ。
沈黙を貫けば放っておいてくれるだろうか?
──そんなことはないだろう。
ここは夫人の水槽の中だ。
食べなければ食べるまで毒餌を撒かれるだろう。
僕が食べなければやがて水槽は毒に染まり、
僕の周りの全てが死に絶える。
結局僕は夫人の毒餌を食べるしかない。
そこに夫人が致死量の毒を混ぜてないことを信じて。

「会いたかったわ」
キスをされそうになるが避ける。
「貴方とは終わったと何度も言ってます」
「けれど、あれだけ遊び人の貴方が一人の女性とだけ。
しかも侑梨さんは妊娠していて手を出せない。欲求不満になっても仕方がないわ──気持ち良いことしましょう?」
「それでも貴方とだけはない」
ユーリの妊娠を疑わない夫人に畏れを感じる。
ミステリアスなのか思い込みなのか。
「貴方と侑梨さんは合わせ貝だけれど、侑梨さんはまだ性に対しては初心者。わたくしなら、わたくしのすべてで貴方を気持ちよくさせてあげるわ」
「もう貴方では無理です。ホンモノを知れば代わりでは満たされない」
「……そうね」
夫人の雰囲気が一瞬沈んだように見えたが微笑んでいる。
これから夫人と戦う為には振り回されているばかりではダメだ。夫人の弱点を探さないと戦えない。
「でもニセモノでも無いよりはマシでしょう?」
「どうしてそんなに食い下がるのです?貴方なら僕ではなく幾らでも相手はいるはずだ」
そもそも僕とユーリを結びつけたのは貴方だ。
「可哀想だと思って。その指を使って自慰で我慢しているのかと想像すると」
そう言って僕の指を舐める。
「──彼女が僕の浮気に気付き、子どもに影響したら貴方のせいですからね」
夫人の行動が止まった。
「あら、怖いわね。早速尻に敷かれているの?」
「愛ですよ」
微笑むと、夫人も微笑む。
「──貴方は僕とユーリが合わせ貝だと言う。なら、貴方の合わせ貝を見つければいい」
本気になれば誰だろうと虜にし、奪える力が夫人にはある。
「……面白いわね」
微笑んでいるが……こんな夫人は見たことがない。
余裕がない?
「自分の合わせ貝を探したことは?貴方なら出逢えば分かるはずだ」
「メーヘレンはご存知?」
「いいえ」
「わたくしの合わせ貝はメーヘレンよ」
誰だ?夫人の周りには多くの外国人がいる。
「その人と愛を育めばいい」
「彼はフェルメールしか愛さない」
絵画好きな男か?
夫人に興味を示さないと言うことだろうか?
「貴方が片想いとは驚きだ」
「わたくしはトレピュルガーかしら?それともヘルマンゲーリング?」
……違う。これは夫人お得意の比喩だ。
「僕にそれを教えて良いのですか?」
「そうね──いつか知って欲しかったのかも知れないわ。貴方が愛しくて憎いことを」
──僕に関係があるのか?
「そろそろ終わりにしなければ。天命に従うか、逆らうか……時間が迫っている」
「どちらを選択するのです? 時間とは?」
ユーリの選択を思い出した。
僕と三島どちらも手離さない欲深い愛しい人。
「わたくしは神々の奴隷。神の呼び掛けに応えるだけよ」
興が冷めたと背を向けられる。
夫人が奴隷なのならこの世で最も高貴な奴隷だ。
「僕は貴方を愛してはないけれど、親愛の情はある。
この状況は不本意だけれど貴方を憎めない。貴方が僕にして欲しいことがあるのなら今までの恩を返したい
──ただしユーリを不幸にする選択は許容できない」
暫く見据えたが、沈黙を守る夫人を残し部屋を後にした。


「侑梨さんを不幸にするのはフェルメールよ」
一人の部屋で夫人は切なく微笑んだ。
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