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知ることを始めたい

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パーティは盛大で緊張などしていられないほど忙しかった。あちこちのテーブルや壁の近くで聞こえる女性の高い笑い声が華を添えている。
サービス提供をしながら辺りを見廻すが、マウロらしき人物は見つからない。
残念なのかホッとしたのか。
パーティももう終盤だ。この感じだとマウロは来ないだろう。マウロ!パーティも仕事のうちだぞ!と心の中で強気発言をしてみる。
それくらい言ってみても良いだろう。
お客様が帰られた広間でグラスを片付けながら会場を見廻すがやはりマウロの姿はなかった。
ここでイタリアでもどこでも行ってやる!って思えないなら、全部忘れて雪子の紹介の誰かと知り合って恋愛して結婚して…そんな自分もありなんじゃあないのかな?
想像したら幸せそうだ。
なのに、私の心が拒否反応を示す。
まったく。今も昔もわがままなお嬢様だ。
自分を卑下しながらも、ちょっと泣きたくなってきた。
今泣くわけにはいかない。
お化粧もとれるし、仕事中だ。
少しお化粧室にいかせてもらおうと私は会場を後にした。
イタリアに行ってみよう。
会えないかもしれないけれど、もう待っているだけではダメなんだ。私はお姫様でもなんでもない。
叔母とは母が私たちに関心を示さなくなってから、ぎこちなくなった、けれどまだ最低限接しようというのがみて取れた。
それでも私は母にも叔母にも捨てられたと悲しくなった。何があったのか、何をしたのかわからない。直すから教えてとごめんなさいといつも心では叫んでた。叔母は父のことを兄としてとても敬愛していたように見えた。その父が亡くなったあの日、私に見せていた仮面の微笑みさえ外した。憎しみと汚物を見るような…それを隠したくても隠せないタールのように重たい雨が降り注いでいるようだった。もう私と関わりたくない、父のものを私に分け与えたくないという叔母の意図が節々に感じ取れた。
叔母は何か知っているのかもしれないけれど、嫌悪と罪悪感に苦しんでいるのを感じた。
高校卒業までは援助してくれた叔母には感謝している。
だからもう苦しませたくなかった。
もしかしたらマウロも私と会うことで苦しむことがあるのだろうか…そんな考えがなかったので、躊躇った。
「あの、ごめんなさい?」
パウダールームの鏡の前に立つ私に声をかけたのは、綺麗な50代くらいの女性だった。黒のハイネックのカクテルドレスで胸元には銀糸の総刺繍の美しいドレスだ。
「はい。どうされましたか?」
私の問いかけに女性は申し訳なさそうに髪を片側に寄せ首筋を見せた。そこにはハイネックドレスの留め金なるボタンが一つ外れていた。
「ドレスのボタンを失くしてしまったの。申し訳ないけれど部屋に落としたのかもしれないの。わたくし、もう夫と一緒に帰らないといけないのだけれど、その部屋に探しに行ってくれる?夫と友人の挨拶している間に探してもらえると助かるのだけれど」
だてにホテル勤務をしていない。つまり夫がパーティで忙しい間、他の男性と部屋でいちゃいちゃしたらボタンを落としてしまった。探しにいく時間はないのでバレないように探してきて欲しいと。
微笑み、わかりましたと答えると彼女は部屋番号と見つかればこの時間までにこの場所に届けて欲しい旨を伝えて去っていった。
名前を尋ねると微笑みながら内緒と唇に指を当てた。
あまり公にしたくないようだ。
彼女の指定した部屋ナンバーに少々驚いた。
そこは年間貸切のVIPルームだったからだ。私のようなレストランホールの一社員ではどんな人物が借りているのかも知らされていない。
噂では都心のホテルはそれなりにあるが長期となると飽きてしまうらしい。そんなセレブ層に和をコンセプトにした客室らしい。もちろん調度品は最高級だ。
あの女性が借りているのだろうか?
まさか旦那さんが借りている部屋で他の男性と?
それともお相手は旦那さんだったのだろうか?
それは違うと確信があった。
では、別の男性が借りられているのだろう。
少々考えながら、侑梨は思案に暮れた。
他のスタッフに伝えて探してもらう方が良いだろう。
相手はVIP客だ。専用スタッフの方が良いだろう。
けれど、女性のお名前もわからないし、公にしたくない状態で事が大きくなるのは望まないだろう。
とりあえず、行ってみようか。
そのVIPルームが見てみたいという好奇心があったのも否めない。
侑梨は足早に向かった。
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