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嘘……だよね?
何度呟いただろうか?
膝が震える。

雫の家より隣家の方が損傷が激しい。
恐らく火元は坂倉のお爺ちゃん家だ。
奥さんが亡くなり80歳過ぎのお爺ちゃんが1人で生活していた。
奥さんの趣味だった薔薇を今年も咲かせていた。
母が良くお惣菜を渡したり、雫は挨拶くらいだったけれど、穏やかで優しいお爺ちゃんだ。

雫は坂倉のお爺ちゃんとは反対側の隣家のドアホンを鳴らす。
出てよ──お願いだから。
扉を叩き──叫ぶ。

「涼太‼︎──涼太!」

「──雫ちゃん?」

後ろから聞こえたその声に振り向く。

つる‼︎」

弦は止まったまま雫を凝視している。
駆け寄った雫は弦の両腕を引っ張るように掴み叫んだ。

「意味わかんない‼︎ 弦‼︎ どういう事⁈」

無我夢中の雫に対し、弦は全く動かない。
瞬き一つせずに雫を見ている。
まるで──雫がいる事に驚いているように──

「──弦?」

「雫ちゃん──だよね?」

「──うん──」

どう見ても雫なのに確認されるのは何故なの?

「本物?」

「……自分ではそう思ってる」

その返答に弦が笑う。

「──幽霊?」

その言葉が雫を不安にさせる。

「私──死んでるの?お父さんもお母さんも怜も?」

涙目になる雫の首筋に触れる。

「脈もあるし、あったかいね……足もある」

ふっと笑ってしまう。
この状態なのに──弦は昔から少し間が抜けている。

「そうだ!涼太は?」

雫と弦と涼太は──幼なじみだ。
ご近所付き合いの中、今でも仲良くしている。
ずっと3人で一緒にいたいと思っていた時に、涼太から告白され半年前に付き合い出した。
それから少し、弦と会える頻度は減っていたかもしれないけれど、仲の良い兄妹のような関係だ。


弦が携帯で呼び出した涼太は雫を見るなり号泣し、この状況を聞きたいのに話が出来る状態ではなかった。

「──っ、涼太!先に今の状況を教えてよ!」

そんなに悲しんでくれた事は嬉しいけれど、雫には自分が死んだ記憶がない。
早くこの状況を知りたいのになんだか温度差が苛立たせる。
だって──この流れでは雫の家族は……

「僕たち雫ちゃんのお葬式行ったよ?ご遺体は──見せて貰えなかったけれど……損傷が激しいとかではなかったようだし、親族の確認も取れてたと思う。亡くなったのは葉木家の人たちだって──」

弦の言葉に先程の女性の言葉を思い出す。
──反魂香──

「ねぇ……そのお葬式にすごく綺麗な40代くらいの人来てた?」

「覚えてないなぁ。あの時はそんな人を見れるほど余裕な心境ではなかったからなぁ……涼太は?」

涼太は未だに声が出ないのか首だけ降る。
そう言いつつ、弦はなんだか雫が死んだなんて思えないほど普通だ。

「私ね──さっき目が覚めて──貴族のような天蓋ベットで寝てたの」

雫の言葉に涼太が泣き止む。
天国?と弦が突っ込む。

「そこにいた女の人が私を見て生き返った──って。誰かが私に反魂香を使ったからだって──言ったの」

「反魂香って、以前雫が父親から貰ったって話してたヤツだよな」

涼太の確認に頷く。

「雫ちゃんの部屋に飾ってあった香炉と練香だよね」

弦の確認にも頷く。

涼太と弦が目を合わせる。
信じられないだろう。
私も未だに信じていない。

「私──本当に死んだの?本当に生き返ったの?」

きっと、何度死んだと言われても納得しない自分がいる。けれど、雫の家は黒く焼け焦げ隣家の涼太の部屋はビニールを焼いたような異臭を感じる。

「──家族に逢いたい。お母さんやお父さんに……怜に……逢いたい」

「葉木のご両親と怜ちゃんは、お父さんのお兄さんが引き取っだって聞いたよ。連絡取れないの?」

携帯もない今、叔父さんの番号なんて覚えてない。

「行こうぜ、住所は分かるよな?」

涼太が車の鍵を手に取る。

──またしても叔父家族は雫を見て驚き恐怖し──良かったと泣いてくれた。
雫の死亡確認を行政や警察、病院などに電話確認していたが、雫の死亡確認はミスの言葉で片づけられた。

そんなミスなんてあるはずがない。
けれど、どの機関もミスだといい謝罪を繰り返す。

──夫人がどうにかすると言っていた──

そう考えると反魂香の話も信憑性が増す。
そうなれば夫人はもう一つ恐ろしい事を言った──

〈反魂香を使用し貴方を蘇らせた人は──この四十九日のウチに亡くなるわ〉

背筋が凍る。
本当──なのだろうか?

雫が死に、蘇えるまで6日経っている。
あと一月ちょっとで、雫を蘇えらせた人は死んでしまう。

「雫、当分ここにいていいんだよ」

叔父の言葉は有難いけれど、夫人の言葉が雫を焦らす。

「ありがとう──でも家からもそんなに離れていない怜の借りていたアパートに暫く住もうと思うの」

──そして雫を蘇えらせた人を探さないと、その人は死んでしまう。

「俺ん家来いよ──お袋もお前が生きてるって知れば喜ぶよ」

涼太が雫を抱きしめる。
けれど──涼太の家は雫の隣だ。
あの残状が、あの焼けた臭いが家族を失った事をより感じさせる。

「──うんん──怜の部屋を借りるよ」

「なら俺も一緒に行きたい──まだ雫が死んだって──思った時の喪失感が消えない──」

そう言って泣き出す涼太の抱きしめる力が強くなる。

「──じゃあ僕も行こうかな」

弦はまるでお泊まり会のように言う。

「お前はダメ。雫は俺の恋人なんだから遠慮しろ」

「僕も雫ちゃんを失った喪失感は一緒だよ」

さっきまで泣いてた涼太の変わり身と、弦の相変わらず子供っぽい雰囲気が混ざり、雫を癒す。

「じゃあ今夜は3人で怜のアパートに一緒に泊まってくれる?」

涼太は少し不満気で、弦は微笑む。

〈誰とも身体を繋げてはダメよ〉

──涼太がもし雫を求めて来たらどうしよう。
そう思うと弦が一緒にいてくれた方が助かる。

雫を生き返らせた人が死んでしまう──
夫人のあの言葉の真偽を確かめるで涼太と二人にはなりたくはない。

叔父さんに預かった怜の荷物の中から鍵を取り出す。
シンプルな革のキーケースだが、もう大分草臥れている。
……誕生日プレゼントにキーケースを買ってあげればよかった──こんな小さな後悔をずっとこれから繰り返すのか──嘆いても仕方がないのに後悔ばかり押し寄せた。

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