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004 了子

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為利がいたのはひと月くらいなのにポッカリと心に穴が空いてしまった。
と言っても狐の為利にだ。
一緒に眠ってたあの暖かさも、ダイエットに一緒に歩いたウォーキングも、
ご飯の時に膝の上に顎を置いて微睡んでいてくれたあの時間が全て独りになった。
愚痴も本当に独りで言うのと為利に話すのでは全然違う。
全然違うの──。

日課のウォーキングの場所はどうしょう。
あの川沿いは行き難い。
けれど為利が今どうしているのかも気になる。
結局──その日から日課だったウォーキングを辞めてしまった。

「ちょっと了子。ダイエットレシピで柚木に負けたからって最近ダイエット辞めたの?前よりパンパンになってきてるよ」

同僚の夏菜子かなこが腰肉を揉んでくる。
言い返したいけれど──本当に体重が増えている。
ウォーキングを辞めて、ご飯を作る気分になれなくて不摂生な食事をしていたら元々太りやすい体質なのだからこの通りだ。
──そうなるとますます為利には会えない気持ちになる。
こんな自分を見せたくない。
どうにかしたい気持ちはあるのだけれど──行動が伴なっていない状態だ。

「柚木にダイエットレシピ貰って頑張ったら?アンタもう30 代なんだから太ればなかなか痩せないよ」

夏菜子の言葉が痛い。
そうなのだ。

「うん──柚木さんに後で声かけてみようかな」

あれ程に悔しかったダイエットレシピだが、今は柚木さんのレシピはありがたい。自分のレシピを見ているとどれも為利がいた頃に作ったレシピで気が滅入る。
仕事が終わればまたあの部屋に帰るのかと思うと切なくなる。

「柚木さん」

「何?」

帰りがけなのを止める。
首だけ此方に向けて優しい笑顔で返してくれる。

「柚木さんのレシピの蜂蜜なんだけど、なんで産地国が指定されているの?」

「あーあれはね。同じ花の蜂蜜でもGI値が原産国で全然違うんだよ」

そうなのか。知らなかった。私の食べていたナッツの蜂蜜漬けはルーマニア産のアカシアだった。
もう一度調べてみよう。

「買う前に聞けて良かった」

そう言うと、柚木さんが瞳を楽しそうに煌めかせる。

「今から一緒に買いに行く?甘さと香りの違いとか面白いよ」

「いいの?」

「じゃあ──美味しくてヘルシーなお店も知ってるから一緒に行こうよ」

遂、お腹のお肉に手が行く。
そんな魅力的なお店──行ってみたい。

「そう言えば刀根とねさんと二人でご飯行くの初めてだね」

柚木さんの言葉に同意する。

「──なんだか前より雰囲気が柔らかくなったね」

そうだろうか?
あまり変わってない気がしているけれど、レシピコンテストでライバル意識からトゲトゲした態度をとっていたのかな?

「心のライバル意識が滲み出てたのかなぁ?」

そう言うと笑う。

「違うと思うけどね──」

柚木さんはなんとなく理由を知っているような含みのある言い方をするがそれ以上は言わなかった。
もう少しギクシャクした雰囲気になるかもしれないと少しだけ思ったけれど楽しく過ごせてしまう。
やっぱり勝手なライバル意識が私の心の奥底にこびりついていたのかもしれない。
それが今回の完敗で綺麗に剥がれ落ちたのだろう。
そんな今だから聞ける。

「ねぇ。柚木さんは好きな人いるの?」

「いるよ」

「付き合ってるの?」

「もうすぐ結婚しようと思ってる」

「その──どうやってその人が好きだって分かるの?」

「人それぞれ違うからね。自分は相手の人とずっと一緒にいたいし触れていたいし離れている時間が永遠に感じるから出来るだけ時間が有れば、理由があれば──理由なんてなくてもずっと側にいて甘えて──相手にも甘えて貰いたいって思う相手かな」

そう思う人──。

「刀根さんはね。自分が思っているよりも可愛いし、暗くもないんだよ」

蜂蜜を買いお店を出ながらの言葉に驚く。
そんなことはない。
現に私は32歳になるのに──未だに誰ともお付き合いをした事がない。
身体中にお肉は付いているし、多い髪の毛はすぐに広がっちゃう。
明るい人たちと話すのも苦手だ。
だから──柚木さんとも話すのが苦手だった。

「私──こんな髪だし」

上手くまとめれず、髪の話からしてしまい柚木さんか私の言葉の真意を測れない顔をしている。

「髪?髪がどうかしたの?」

そう言って髪に触れようとする。

「触らないで」

──その言葉に柚木さんが其方を向く。
私は其方を向くことが出来ない。
なんだか──出来ない。

「その人は僕のだから触れないで」

宙に浮いたままになっていた腕を柚木さんが下ろす。
目が点とはこのことかと思う顔をされていたけれど、私の顔を見て微笑む。

「──好きなんでしょう?彼のこと」

被りをふる。
必死にふる。
それでも柚木さんは信じていない顔だ。

「だからそんなに僕の了子と見つめ合わないでくれる?」

近づいた為利が了子を後ろに引っ張る。
自分に浸っていたが、柚木さんにはいい迷惑だしとんだトバッチリだ。

「為利!失礼な事辞めて。見てわかるでしょう?柚木さんは女性よ?」

為利の方を向き叱る。

「そんなの最初から知ってるよ!」

「知っているならなんでそんなに嫉妬してるような態度なのよ」

「だって了子が言ったんだよ?柚木さんが好きだって」

──言っただろうか?
覚えていない。
けれど本当の事だ。柚木さんは強くて綺麗で明るくて優しくて──私の足りないもの全てをバランス良く持っている理想の人なのだ。
嫌いなわけは無い。
ただ──気後れして話す時に少し緊張する。
それが今日は普通の友人のように話せた。
それが嬉しくていろいろと相談してしまった。

「──言ったかもしれないけれど柚木さんは女性よ?」

「だから?男でも女でも狐でも神でも──関係ないよ」

その言葉に──自分が拘っていたモノが何か理解した。

「刀根さん。ご飯はまた行こう──二人っきりでね」

柚木さんが為利の方に向かってワザとらしく言う。
──自分の想像していた彼女より意外と意地悪なのかもしれないと──可笑しくなる。

「何笑ってるの?」

不機嫌な為利が目の前に立っている。

「僕がいなくても楽しそうだね」

「いつ呼びにくるかとずっと待っていたんだけど」

「そしたらもう柚木と浮気かい?了子はよっぽど祟られたいんだね」

矢継ぎ早に為利が繰り出す言葉にどんどん心が軽くなる。

「──私──為利が家を出て行って3キロも太ったの」

「だから何?僕との散歩の大切さを知った?」

「──私──もう32歳よ」

「だから何?」

「私──今まで誰にも女として扱われてこなかったの。もうこのまま一生を終えると思ってたの」

「──歳って人はそんなに気になるの?3歳も60歳も同じようなものじゃん」

なる程。神様の時間概念は全く違ったのね。

「でも私と為利が離れてまだ5日よ」

3歳も60歳も同じならもう少しゆっくりしそうなのに。

「もうだよ。僕はすぐに追いかけてきて欲しかったの。少しでも了子が僕に想いがあるって見せて欲しかったのに……」

あぁ──どれだけ永く生きた神様かは知らないけれど、そんな彼でも恋をすれば不安になるし、嫉妬もするんだ。
不安なのは私だけでは無いんだ。

「怖かったの。貴方が神様だからではなく、恋愛経験もなく誰にも相手にもされない本当の私を知られるのが怖かったの。だから──貴方を拒んだ」

「恋愛経験経験なんてあったら祟ってるよ」

「──貴方はどんな私でも受け入れてくれるのね」

「そんな訳ないじゃん!柚木と浮気している了子は僕は受け入れないからね!君が好きでいていいのは僕だけだよ?」

「狐ちゃん達もダメなの?」

「ダメだよ。でもどうしてもって言うなら、アレは僕の精気で元気になるからね。僕を可愛がれば良いんだよ」

前回の言葉が繰り返される。
為利を人になったから好きだとか嫌いだとかおかしな話だ。
為利はずっと私の側にいたのに。
あの時は断ったけれど──もう逃げない。
私が逃げたのは為利からじゃなくて自分にだった。
自信のない自分を為利の瞳で見透かされるのが怖かった。
人の姿になった為利に劣等感を抱き苦しくなった。
今まで安らぎを与えてくれていた為利が突然私を苦しめた。
それにも内心苛立ちを覚えた。
結局自分は誰とも対等に向き合えないと人の形の為利が思い知らせて来る。
そんな私の気持ちも知らず為利のペースで私に踏み込んでくる。
価値の無いものを渡すような気がして罪悪感を覚えた。
その苦しみを理解してくれない為利と一緒にいても私は癒されない。
だから──為利を追い出した。
好きな人もいないけれど嘘をついた。

だけど──為利がいなくなって弱い自分でいたい訳ではないと思った。
私を理解し癒してくれるような愛を欲していたけれど、それではこの場所から動けない。
為利となら少しずつ変えていける。
為利は私のなりたい自分に近づけてくれる。

なりたい自分になる為に為利を利用する悪い女かもしれない。
けれど──為利はそんな私でも欲しいと言うのなら──私を捨てないでね?

「一緒に家に帰ろう?」

「帰って良いの?」

「柚木さんに蜂蜜貰ったの。二人で食べよう」

「──了子に塗っていい?」

「私に塗ってどうするのよ⁈」

「じゃあ僕に?それで了子が僕のを舐めて?」

僕のって何?
そんな高度なプレイの話を急に話されても処女の自分には使い方なんて分からない。
でも──蜂蜜の甘さが心も溶かしてくれそうな気がする。

「──いろいろ教えてくれる?」

「僕だけが教えてあげるから──他の人を好きになったら祟るからね?」

「──うん」

だから早く家に帰って一緒に蜂蜜を食べよう? 
為利が神様なのならこれから問題も多々あるのかもしれない。
それでも今は為利だけを感じたい。

とびきり甘い夜を味あわせて──為利。



       ───────完────────

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