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045 泱森陽

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もう本当に限界だ。
緑子さんの声も存在も感じられない世界は死と同じだ。
けれど僕が会いに行けば貴方は苦しむんだろう?

「ちょっと!自分だけコーヒー飲まずに、私にも淹れてよ」

「自分で淹れなよ」

僕がコーヒーを淹れるのは緑子さんにだけだよ。
と言っても全自動なので豆を挽くのもドリップするのも機械だけれども。
文句を言いながらも朱音さんはコーヒーを淹れている。

「ねぇ、朱音さん。君は今どうしたいの?」

僕はソファに、朱音さんはダイニングテーブルの椅子に腰掛ける。

「分かってて聞くの?私とアンタは別人だけど、基本同じよ」

朱音さんを呼び出せば素直に応じてくれた。
どうあっても朱音さんは僕と同じで──限界なのだろう。

「じゃあ貴方は今、僕に死んで欲しくて仕方ないんだね」

微笑めば朱音さんも微笑む。

「アンタが死ねば私が緑子を慰めてあげるから安心してお亡くなりになって?」

「貴方が死ねば墓前に真っ赤な薔薇を供えてあげるよ。生前好きだったとか適当なこと言っておけば問題ないでしょ?」

「「だから安心して死んで」」

2人の声が重なる。
笑ってしまう。
こんなにも気持ちは同じだ。

「──朱音さん、分かってる筈だ。緑子さんは貴方より僕を選んでる」

「それはアンタが男だからでしょ?アンタが女で私が男なら緑子は私を選んでた」

「そうだね。ジェンダーの占める割合は大きいと僕も思うよ。だからこそ、貴方には諦めてほしい。貴方は女性の立場で女性の彼女を愛してる。貴方自身が男性になりたいのでなければ貴方と緑子さんのジェンダーは一致しない」

「──愛は性別を超越するわ」

「本能を否定することに意味はないよ」

別に僕はジェンダーの話をしたいわけではない。

「緑子さんが苦しんでいる。貴方の所為だ」

澄ました表情のまま変わらない。

「私とアンタは同じだけど同じじゃない。陽、選ばれたアンタに私の気持ちは分からない」

「好きな子を悲しませることで自身の存在意義を確認するなんてナンセンスだよ」

「アンタだって私と同じ立場になれば同じ事をするわ。そうでしょう?」

違うといえない。
彼女が朱音さんを愛しているのがわかれば僕は──朱音さんと同じことをするだろう。
それが緑子さんを引き止める為に有効な手段だと知っているから。

「彼女は貴方が好きなんだ。貴方を必要としている。だから僕は我慢していたけれど……今の貴方は悩み、嘆き、涙する彼女を眺めることをで心を満たす害悪だ」

「──それがどうしたというの?悩み、嘆き、涙なんて私だってしてる‼︎緑子も同じ気持ちになればいいわ」

「本気で言ってるの?」

「正義感ぶっているけれど貴方も私と同じ立場ならそうする。そうでしょう?陽」

「──するだろうね。けれど貴方が僕の立場なら?そんな事をする僕を貴方はどうするの?」

答えをコーヒーで押し流し黙る。

「彼女は貴方に応えられない罪悪感で潰れそうだ。潰れた彼女を見たいのかい?それが──朱音さんの望みなの?」

「──だって……そうしないと息が出来ない‼︎緑子が誰かに──恋をするなんて耐えられない!」

僕に涙を見せたくはないだろうけれど朱音さんの瞳から涙が溢れる。

「貴方は緑子さんを愛してる。だから──誰よりも自分自身への嫌悪が酷い。彼女を苦しめ、笑顔を奪い──居場所を奪っている自分への嫌悪で今にも死にたい程に苦しんでいる」

「──いっそ、緑子を嫌いになれたらいいのに。なれないの……大好きなのよ……陽よりも絶対に私の方があの子を好きだわ」

「そこは訂正させてもらいたいね。僕の方が彼女を愛してる」

そうじゃなければ貴方と無理矢理にでも離れさせている。
それをしないのはそれが緑子さんの望みだからだ。
でも──もう──限界なんじゃないだろうか?
これ以上この状態が続けば彼女はきっともう誰も愛せなくなる。

「私の方が緑子を愛してるわ」

「この状態が続けば僕は緑子さんに捨てられるだろうね」

「満足かい?──愛は苦痛だと──もう誰も心から愛したくないと──その時はきっと僕も貴方も彼女の傍にはいられない。そんな彼女を傍で見ていられるほど僕も貴方も強くない。──そんな緑子さんを作り上げた僕たちが傍にいられると思うのかい?」

「そんなに嫌なら──緑子が私を棄てればいいのよ」

「……呆れた。貴方は本当に緑子さんに愛されていたんだね。棄てられないとどこか自惚れている。彼女が私を棄てる筈なんてないと心のどこかで思っている。僕は怖いよ。もう既に彼女は愛に嫌気がさして──僕たちから逃げ出そうとしているかもしれない」

「──私にどうしろと言うの?緑子と縁を切れって?それとも友人として側で眺めていろっていうの?」

「分からないよ。でも──緑子さんは恋を自覚する前に、不慥かに恋は強制され強要されるものだと──思ってしまったのなら──僕と貴方の罪は重い」



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