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041 五十鈴新

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西宮の部屋は想像以上に西宮だった。
丁寧な暮らしをしているのが明らかにわかる部屋だ。
同じ会社で給料はそれなりに想像できるが、こんな部屋で一人暮らしできる程は貰ってない筈だ。

「思ったより広いんだな」

リビングキッチンは一緒の空間で寝室は別になっている。
部屋は綺麗でスッキリしているが至る所で植物が茂っている。

「私は車も持ってないし、あまり買い物もしないのでその分、家賃にお金が掛かっちゃってます」

由貴はどちかといえば買い物好きで荷物を溜め込むタイプだったので──仕事から帰ってこんな家なら癒されると──想像してしまう。
広めの木のローテーブルの前のソファ座れば灰皿とホットタオルを置いてくれる。
吸ったらいけないと思えば思うほどストレスを抱えていた状態で吸っていいよと差し出されると幾分、吸いたい気持ちが和らぐ。
まぁ……吸ってしまうだろうけれど。
ホットタオルは熱めで気持ちいいしいい香りがする。

「タオルを目元とか首元に当てると気持ちいいですよ」

言われた通りに実行してみる。

「うぉぉ……おまえは神か……」

そう思える程に気持ちがいい。
西宮の明るく笑う声が微かに聞こえる。
──なんか──いいな。
やっぱり西宮は笑顔がよく似合う。

テーブルには更にビールとグラス、それに牡蠣のオイル漬けと金平牛蒡が置かれる。

「えぇ!もう作ったの⁉︎」

「これは作り置きと昨日の残り物です。今から簡単なモノ作るので食べててください。私は作りながら飲むのが好きなので五十鈴さんも飲んでくださいね」

見た目から旨そうなのは分かっているが牡蠣はプリプリで上に乗った白葱の線切りと一緒に食べると最高だし、金平牛蒡は牛肉の旨みと牛蒡の食感、胡麻の香りがいい。

「食レポができそうなうまさなんだけど」

「寧ろ、食レポができる五十鈴さんがすごいです」

そんな他愛もない話をしながらその後も何品か作り上げた西宮に脱帽だ。

「こんな美味いメシ初めてかも」

「お腹空いてたからですよ」

西宮は謙遜するがマジでそう思ってる。

「でもよかった。五十鈴さん……奥様と別れて食事も少し気になっていたから」

いえ、西宮さん。
奥さんいた時からこんなメシは家で出て来なかったからね?
言わないけれども。

「……もう由貴の事は諦められるんだけど……由麻がなぁ……自分の子じゃないなんて──由貴は産まれる前から知ってたんだって。由麻が俺の子じゃないって。──女は怖いわ」

吸わないでも大丈夫だった心が煙草を欲する。

「なぜ由貴さんはその時に幼馴染の彼と寄りを戻さなかったんですか?」

「──我慢できると思ったんだって。だけど由麻が俺じゃなくソイツにどんどん似てくるのを見て罪悪感と幼馴染への気持ちが止められなくなった──ってさ」

アイツとの子供が──由麻がいなければ別れなくてよかったのか?きっと違う。
俺との子どもがいれば違う未来があったのかもしれない。

「五十鈴さんは──素敵な人です。きっと、もっと素敵な人に出会えますよ」

お世辞じゃなく言っているのが伝わる。
西宮は──人たらしだと気づいた方がいい。

「西宮は──どうなんだ?最近元気がないのは例の幼馴染となんかあったんだろ?」

お酒も進み、口も心も軽くなればいい。

「言いませんよ。五十鈴さんは幼馴染が好きじゃないじゃないですか」

「俺はもう終わった事だからいいの。西宮は──まだ終わってないんだろう?」

「……終わりってどこでわかるんですか?」

「俺の場合は離婚届を出したからなぁ。でも西宮の場合は終わりだと思わなければまだ続きがあるんじゃないか?」

「メールも電話も来なくなりました。もう──ダメかもしれない……」

理由はわからない。
けれど瞳から溢れる涙が悲しいと訴える。

「西宮、一から話して」

その後、ポツリと話しだした西宮の内容は思った話よりも濃かった。
幼馴染は西宮を入れて4人。
2人は男AとBで1人は女C。
で、男Aは女Cを昔から好きだったけれど玉砕、幼馴染の関係を続けている。
で問題は男Bと女C。
この2人が西宮を巡って取り合い合戦をしている。
BとCともに西宮が一方と付き合えば幼馴染の縁を切ると脅す一方、恋愛関係を迫ってくる。
幼馴染の関係を壊したくない西宮は恋愛関係を拒否しつつ、もうどうしたらいいのか分からない状態らしい。
本人が自覚しているのかわからないが、西宮は男Bに好意を寄せている。
けれどそれは女Cとの仲が壊れるので出来ない。
という事だろうか。

「女Cを切れ」

「嫌です!」

「じゃあ男Bを切れ!」

「嫌ですってば!」

──それで悩んでこの状態か。
幼馴染大好き西宮がどっちを選んでも苦しむようによく出来ている。

「女Cは本当に西宮を恋人にしたい方の好意なのか?西宮を男Bに取られたくない為の嘘かもしれないぞ」

実際そんな女はいる。
そんな女は友人に男ができるのを極端に嫌う。

「わかりません……でも先日、キスをされて…」

恥じらう西宮はそれ以外言わないがもっと際どいことをされていそうだ。

「それで西宮はどう思った?」

「朱音ちゃんのことは好きだけど……」

「男Bを恋愛的に好きだと思った?」

カップの水面を眺めていた西宮が顔を上げ瞳を合わせる。

「恋愛の好きと──それ以外の好きの違いがよく──分からないんです」

でもオマエ、明らかに男Bを取ってるよ。

「もし──朱音ちゃんと陽ちゃんが2人で私を分け合ってくれるなら……どっちにも私をあげたいと思うし……」

「男Bとも女Cとも寝てもいいってこと?」

「それくらい2人とも大事なんです」

おいおい。
男Aがそれに参戦してもOKしそうだぞ。

「──西宮──その幼馴染らと手を切れ」

「話聞いてました?」

聞いていたから言ってる。

「ソイツらは西宮の性格を熟知し、戦略を練っている。自分のモノにする為に」

理解出来ずに呆けている。
きっと西宮は選べない。
恐らく男Bに好意を寄せているけれど、それを選べば──女Cは今までにない試練を西宮に課すだろう。
きっともう2度と誰かを好きにさせないような。
そんな恐怖を、なぜ西宮は感じないのか。

「なぁ──西宮は俺を部屋に入れることに躊躇いはなかったのか?」

相変わらず呆けている。

「五十鈴さんは会社の先輩だけれど──私にとってこうして悩みを聞いてくれる友人でもあるんです。勝手にですけど!だから──躊躇いなんてないですよ?」

「西宮はその幼馴染と2人でも部屋にいれているの?」

「?はい」

西宮の警戒心が薄いのは幼馴染たちに都合の悪い意識は遠ざけられた所だ。
だから西宮は幼馴染になら何をされてもいいと簡単に身を投げ出す。

「この世界では別々の宗教が同じ聖地を取り合ってる。どちらか一方が取ればテロや戦争が起こって悲しみを呼び起こす。でもどちらの宗教もその聖地を諦めるなんて考えもしない」

「──お互いの聖地にしたらどうでしょう?」

それが西宮の答えだ。

「それが出来ないから戦争してる」

「──じゃあ──」

考えているが答えが出ない。

「どちらか一方の聖地だと認めてしまえば争いが起こる。それが嫌なら見たくないのなら──絶対に認めてはダメだ。けれどそれでも争いが起こるのなら──聖地を別のヤツに渡せ」

「別の?」

回りくどい話し方は西宮には伝わらないし、宗教の話はここまでだ。
西宮の話に戻そう。

「【陽ちゃん】と【朱音ちゃん】をどちらかを選べば、選べれなかったヤツは西宮が1番傷つく報復をするだろう。それ程にヤバいヤツらだ。だから陽も朱音も選ぶな」

「選びたくないよ……でも」

「俺を選べばいい。言い争ってた2人はそこでやっと自分らの愚かさに気づく。幼馴染なんて小さな世界で生きていける訳じゃないって」

「そんなこと──」

「ある。それに西宮が手放してやらないと陽と朱音もヤバいことをしでかすぞ──それこそ西宮は陽や朱音に殺されてもいいかもしれないけれど──朱音が陽を殺す。そんな未来は西宮には見えないのか?」

「そんなこと思ったことないです!」

「陽も朱音もヤバいヤツだけど──西宮、オマエがヤバいのも明白だよ」

そう意図的に育てられた感はあるが。
所謂、共依存の一種なのかもしれない。

「そうだとしても五十鈴さんを選んでどう解決するんですか?」

「──さぁ?でも少なくとも西宮の好きな2人が争う理由は無くなるし逆に共通の俺という敵が現れて仲良くなるかもな」

「五十鈴さんの言い分だと今度は殺されるのは五十鈴さんってことになりますよ!」

怒り呆れた顔をするけれど──それも可愛い。

「上等だよ。社会人になったばかりのガキにやられるほどこっちものほほん人生歩んでないつもりだから」

「離婚して、子どもは自分の子じゃなかったですもんね!」

相当怒っているのか傷口に塩を塗り込んできやがる。
でも──もうそれほどその傷は痛くない。

「俺にしとけよ」

西宮の持っているグラスを取り上げテーブルに置く。

「ま、待ってください。ちょっと考えが纏まらないので考えさせて──」

その言葉をキスで塞ぐ。
押し返そうとする腕を掴めば細く華奢なのがわかる。

「待たない」

身体がビクりと跳ね拒否しているのがわかる。
でもそんなの拒否しているうちに入んねぇよ。
唇を離せば空気を求めて息が荒くなる。
それとも興奮してるのか?

「陽ちゃんと朱音ちゃんとはどこまでシタの?」

西宮の呼び方でヤツらを呼んでみる。

「ん?」

言わない西宮にもう一度キスをする。

「陽ちゃんとはもうキスしたの?」

「──一度だけ」

「ふーん。じゃあ朱音ちゃんとは?」

「朱音ちゃんは──」

また黙る。

「言わないとキスするよ?」

「朱音ちゃんとはキスをして……胸を触られて……」

「舐められた?」

羞恥に染まる西宮は肯定しているようなものだ。

「下も?そこも舐められた?」

「触られただけです!」

その反論は全然反論になってないよ西宮。

「ってか、結構ヤられてるじゃん。陽ちゃんも朱音ちゃんもサカってるねー。しかも陽ちゃんの方が意外と我慢してるなんて意外だわ」

「五十鈴さん、酔ってます?もうこれ以上はいいです。お開きにしましょう!」

煙草に火を付け西宮を眺める。
オマエ、自分が思っているよりも色っぽいんだよ。
本当はキスしたいのを煙草で紛らわしてんだよ?

「……俺を帰したかったら陽ちゃんか朱音ちゃんのどちらかに電話しなよ。〈会社の先輩に食べられそうなの、助けて〉って。どっちに電話するの?陽ちゃん?朱音ちゃん?」

動かない西宮の頭の中では葛藤しているのだろう。
けれどもう──煙草を吸い終わるよ?
灰皿に煙草を擦り付け捻じり消す。

「時間切れだよ西宮。どちらも選ばなかった。それが西宮の答えだ」

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