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結局、陽ちゃんからの要望でしゃぶしゃぶになってしまった。
楽だからいいのだけれど。
なんだか今日の集まりは気が重い。

「緑子、椛おろしこれくらいでいい?」

「ありがとう朱音ちゃん」

ボールに大量に摺り卸してくれている。

「あっ、手はすぐに洗ってね!その手で目とか触っちゃったら大変だからね!」

「緑子さんはなに飲む?朱音さんは芋焼酎だよね」

陽ちゃんは辛口のお酒のようだ。

「あ、私は今日はいいや。お茶にするよ」

陽ちゃんのマンションには本当にいろいろ用意してくれている。
九谷焼の急須と湯呑みは鮮やかで華やかだ。

「どうしたの緑子?明日、仕事休みだよね?なんで飲まないの?」

「緑子さん、体調大丈夫?」

陽ちゃんが額に手を当てようとするのを不自然にならないように避ける。

「アルコール大好きな3人からしたらビックリするかもしれないけれどお酒に弱い人は普通だからね⁉︎飲まない日ってあるからね?」

──先日の事を思い出す。
榮吾くんとお酒を飲んでほろ酔いの気分の中──キスをした。
なんであんな事になったのか分からないし、どうしたらいいのか──分からない。
まだ榮吾くんは来ていないけれど、どんな顔をして会えばいいのか。
そんなの決まっている。
無かったことにしなければ──朱音ちゃんも陽ちゃんも私から離れていっちゃう。
そんなの嫌だ。

「緑子、緑茶とほうじ茶どちらがいい?」

「ほうじ茶がいいな」

「じゃあ、僕が淹れるよ」

急須にお湯を入れ温めてくれる。
そのお湯を捨て茶葉を急須に入れれば、それだけで香ばしい香りがする。

「良い香りだね」

癒される香りだ。

「もう、榮吾はいつも遅い!」

その言葉にビクリとしてしまう。
よかった……朱音ちゃんも陽ちゃんにも気づかれていない感じだ。

「檜垣は営業だからね」

「仕事なんて根性で終わらせて来なさいよ」

朱音ちゃんがとんでも理論で捩じ伏せる。
来て欲しいのに、会うのが怖い。 

「あっ、この焼酎20度じゃない!」

「朱音さんは飲んだらますます横柄になるからその度数くらいがいいんだよ」

陽ちゃん。度数を減らしても朱音ちゃんは量飲んじゃうよ?

「なら普段から横柄な陽は禁酒したほうがいいんじゃないの?」

「朱音ちゃん!陽ちゃん!今日は榮吾くんと仲直りする為の日でしょ?喧嘩しない!」

2人で戯れているだけなのだけど、こちらも大袈裟に怒ってみる。朱音ちゃんは口が尖って不貞腐れ、陽ちゃんは──いつもなら微笑んでいるのに──今日は静かに目が合う。
見つめられているというよりも──観察されている気分だ。

「陽ち──」

「緑子さんは檜垣と仲直りしたの?」

心臓が跳ねる。

「私は榮吾くんとケンカしてないよ?」

「僕たちの拗れに利用されて嘘に付き合わされたのに?」

「あれは──私から榮吾くんにお願いした事だし──」

なんだろう。
正解の答えを言わないと食べられてしまいそうな気がする。

「もー飲みたい!緑子、おつまみ食べていい?」

朱音ちゃんが背中に抱きついてくる。
話が逸れたことにホッとし便乗する。

「じゃあ、胡桃味噌の野菜ディップだけならいいよ」

「やった!緑子の特製の胡桃味噌があればあれだけでお酒が飲めるよ」

そう言われちゃうと嬉しくてタコのマリネも出しちゃう。
元はタコパだったのでタコは必須だ。

「お湯割りにする?」

「ロックで!」

ほら、朱音ちゃんに度数なんで意味がないよ、陽ちゃん。

「お仕事、お疲れ様」

グラスに氷を入れ注げば透明な氷が輝く。
と、インターホンが鳴る。
榮吾くんだろう。

「僕が行くよ」

助かるけれど……会いにくいけれど、朱音ちゃんや陽ちゃんの前ではなく2人きりであっておきたい。

「私行くから、陽ちゃんもお酒飲んでて」

急ぎ玄関へ行き──鍵を開ける。
静かに開けばそこに榮吾くんがいる。

「ごめん、遅くなった」

「──ううん」

それ以上榮吾くんも言わないからなにも言えなくなってしまう。

「この間は──ごめん」

顔を上げれば榮吾くんもバツの悪そうな顔をしている。

「ううん──行こう。皆んな待ってるよ」

これが正解か分からないけれど、ごめん、いいよで終わらせたい。
と、前を歩いていた榮吾くんが急に止まるから背中にぶつかってしまう。

「榮吾くん、どうしたの?」

榮吾くんの背中で前が見えないので顔を出せば

「〈この間〉って──なにかあったの?」

その声に──陽ちゃんに驚く。
いつからいたのか。

「どうしたの──そんなところで」

質問しながら心の中ではさっきの榮吾くんとの会話ん反芻している。
よかった。
余計な事を話さなくて。

「檜垣を迎えに行こうと思っただけだよ」

「この間って、ここでのことだよ。緑子に嫌な思いをさせたからな。盗み聞きすんなよ──恥ずかしいだろ」

そう笑い榮吾くんは陽ちゃんを躱す。
私は心臓が小さく早く脈打つ。

「よ、陽ちゃん、呑んでてよかったのに。榮吾くんはなに飲む?」

「俺は今日は車で来たからアンアルのビール買ってきた」

「珍しいね。なんで飲まないの?」

明日も仕事なのは知っているけれど、それでも毎回呑んでいたのに。──と、目が合えばバツが悪そうな顔をまたする。
その表情にあの日のアルコールの香りのキスを思い出してしまう。

「た、偶には飲まないのもいいよね!私も今日はお茶にしようと思ってるの!」

普段より声が大きくなってしまった。
陽ちゃんが見ている気がしているのに私のバカ。
〈ごめん〉
あの日、榮吾くんはそう告げて去っていったから何も話をしていない。
のだけれど、禁酒をしているのはあの日のハレンチ行為は飲み過ぎだということだろう。
榮吾くんは朱音ちゃんどうぎこちなそうに話している。
──よかった。
2人が仲違いしたままなんてイヤだよ。
榮吾くんの恋は終わっちゃったかもしれないけれど……それだけの関係じゃないって見せて欲しい。

「じゃあ僕も今日は飲まないよ」

「えっなんで?陽ちゃんお酒好きだよね?」

そう尋ねると無言で微笑まれる。
──何?

「実は今日、あまり体調良くないんだよね。でも朱音さんには黙ってて。檜垣も僕も呑まないなん寂しいだろうから。僕はお酒に見せて水でも飲んでるよ」

陽ちゃんはお酒を飲んでも飲まなくても、テンションは変わらないから朱音ちゃんもう榮吾くんも気が付かないだろう。

「大丈夫?陽ちゃん。お熱は?」

そう額に手を当てるが熱はなさそうだ。
こんな時に食事会は体調が大丈夫だろうか?

「ちょっと寝不足なだけかもだから、心配かけたくないし他の人には言わないで。ご飯も食べたいし、感染るとかないから。行こう、朱音さんが待ってるよ」





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