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烏兎 ─2年後
あとがき
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最後まで読んで頂きありがとうございます。
【防遏の恋】如何でしたでしょうか。
後味の悪い話と思う方もいらっしゃるかもしれない内容ですが、私的にはハッピーエンドです。
予定では金木犀が咲く頃に話を進めたかったのですが思いの外長くなってしまいました。
和秋さんの一人称が僕と私の変わるのはプライベートと仕事上の違いです。
ハルが湖都子に渡していた指輪にはパライバトルマリンという宝石が付いていましたが、かなりお高い指輪です。
ハルに安い指輪だと聞かされて湖都子はそんなに高い指輪だと思っていませんが、ハルはあの頃から婚約指輪だと(勝手に)思って渡していました。
朝宮千夏と紗希さんは詳しく書こうとすると脱線&流れが悪くなるので省きましたが、きっと女性達は逞しく幸せに生きています。
湖都湖は幼い頃の母親が親戚から罵倒された際、何も出来なかった自分を軽蔑し心の傷となっています。
家族を罵倒される事は湖都子にとってはとても辛い事であり、あの時守れなかった家族を今度こそ守ろうと無意識的にも強く出でしまうのです。
だからご飯も生活も必要以上に頑張ってしまいます。
誰が文句を言わなくても湖都子は頑張ってしまうのです。
湖都子は海都との関係を死ぬまで──きっと死んでも誰にも……ハルにも話さないと思います。
(勿論、和秋さんにも話していません)
それは湖都子自身が隠したい気持ちも大きいですが、海都が大事だからです。
海都が非難される事を避けてしまう湖都子はやはり姉であり身内贔屓が強い人間性だと思っています。
海都はそんな事は望んでいないのだけど、これは湖都子の性癖みたいなモノですね。
では本編では書けなかった【湖都子と和秋さん】のお話と【ハルと湖都子】のその後を少し。
【和秋と湖都子】
数日前よりは顔色が良くなった彼女がご飯をよそって渡してくれる。
今日は山菜おこわだ。
差し出されたお碗よりもその細い腕に目がいく。
数日前の彼女は白い肌が一層に白くなる程に血の気がなかった。
それでも彼女は体調が悪いとを僕の前では言わない。
普段通りを演じる。
何度も何もしないでもここにいて欲しいと伝えても──それでは彼女の心が納得しないのか役に立とうとする。
子どもを失って──更にその想いは加速した。
子どもがお腹にいた頃は〈誰かに縋ってもこの子の為には仕方がない。何を置いても子どもを大事にしたい〉と自分を蔑ろにする心を抑えられたと思う。
幾分、今よりはマシだった。
彼女は自分の身一つになった途端、自分を大事にしなくなった。
きっと──子どもを守れなかった事実が更に自分自身を嫌悪させている。
彼女は泣かなかった。
辛そうに──もう生きたくないと言わんばかりに放心し動かず、食べず──眠っているのかも分からない程に憔悴していたのに──彼女は涙は流さなかった。
思えば彼女が泣いたのを見たのは眠っている無意識だったあの時だけだ。
意識が強くでる状態では彼女は泣かない。
前の男の前では──泣き叫び、涙を見せたのだろうか?
泣いて縋り、抱きしめて欲しいと甘えてもらえたのだろうか?
……自分の想像に身を焼かれる。
「和秋さん。お世話になりました」
頭を下げて綺麗なお辞儀をする。
彼女は細いから折り畳むようにお辞儀をすると本当にコンパクトになってしまう。
「どういう意味?」
「これ以上、お世話になる理由もありません。本当に──本当に感謝しています。ありがとうございました」
「出で行くの?」
「──はい。もう十分に良くしてくださいました」
このお礼は必ずさせてくださいと付け加える。
「──ここを出て行ってどうするの?どこに行くの?」
子どもがいなくなったのだ。
彼氏の子ではないかもしれない子どもが。
ならそいつの元に戻るのだろうか?
けれど彼女は曖昧に微笑む。
「行く場所がないのにここを出て行くの?この場所はそんなに君にとって居心地が悪いの?」
「いえ──はい」
否定して──彼女が躊躇いがちにだけれど肯定する。
この家は居心地が悪いと。
「──理由もないのに、ご迷惑をこれ以上は──」
止めて欲しくて言っているのではないと分かってしまう。
行くあてもなく、身体は弱く、心は疲弊しているのにそれでも出て行こうとする。
僕の気持ちなんて知りもしないで。
「理由があれば出ていかないの?」
彼女の瞳は此方を見るが──理解出来ていない顔だ。
「僕の恋人になって欲しいんだ。君が好きなんだ」
──瞳を伏せるように視線を外し拒絶の意思が伝わる。
彼女は未だに前の男を愛している。
「ここを出てどうするの?お金は?現実問題、今の君に仕事を探し、こなせるとは思えない」
反論せず伏せた瞳はそのままだ。
そんな事──恐らく本人が一番わかっている。
それでも──ここにいることが居た堪れないのか。
自分を荷物だと思うのか──
「じゃあ──恋人は出来ないというなら、愛人になって欲しい」
普通なら愛人になる方が出来ないと多くの人は言うだろう。
それでも──少しだけ──彼女の瞳が揺れた。
もしかしたら──ここを出てそんな店で働こうとしているのではないかと勘繰ってしまう。
そんなこと──絶対にさせない。
「仕事で疲れた僕を癒して。この歳で独身の寂しさを偽りでも愛で満たして。甘い一時の夢を──君の身体で慰めて」
僕を見る瞳に──軽蔑も蔑みも見られない。
ただ──恋人を──元恋人を裏切る葛藤に揺れている。
この子はきっと愛する人がいなければ自分を大切にしない。
すぐに売り飛ばしてしまう程に自分の価値が低い。
前の男が彼女を大事にしていたのが分かる。
それがなければこの子はもっと自分をボロ雑巾のように扱うだろう。
「君が決めて」
──行かせない。
ここに居たいと思えなくても──ここを離れればきっと君は堕ちていく。
これ以上堕としたくない。
だから──僕の手をとって欲しい。
「少しでも──ほんの少しでも僕を好きなら選んで」
幸せにしたいんだ。
時間をかけても君が本当に安心できる居場所を作ってあげたい。
けれど今は時間も気持ちも揃わない。
そらなら多少強引にでも縛るしか策はない。
「君は僕が嫌い?」
被りを振り否定する彼女に安堵を覚えつつ──つけ込む。
「それなら僕の愛人になって。僕を受け入れて」
「和秋さ──」
「悪女のように僕を誑かし、聖女のように僕を癒して──」
細い指にキスをする。
いつか──この指に僕の所有の証を飾りたい。
他の男の痕跡なんて消し去り僕だけの彼女にしたい。
いつまでも待てる。
本当はもう僕は君に癒され──誑かされているんだから。
あの日から──少しずつ彼女は心を開いてくれたように思えた。
微笑んでくれる。
抱きしめれば抱きしめ返してくれる。
けれど気がつけば──いつも遠く虚に空を見る。
会いたい誰かをそこに想い描いているように。
君がどう思っているかは分からないけれど、
僕は君と結婚していた3年の間──幸せだった。
本当に──幸せだったんだ。
君を離したくなんてなかった。
あの男に渡したくなかった。
けれど君があの男を前に見せた力強さを僕は引き出せない。
日に日に枯れ果てる生命の湖に僕は為す術なく、ひび割れそうな湖底を眺めている。
あの男なら──塩野義ハルなら──彼女の湖を潤すことが出来るのだろうか?
再び──鮮やかな湖の都を築けるのだろうか?
それなら──もしそうなのなら──僕は一生君に会えなくてもいい。
湖にあるその都に──僕は行けない。
ハルには船殻の意味がある。
あの男なら行けるのだろうか。
もう君に会えなくても──君が幸せに暮らしているのなら、最期まで笑っていられるのなら、それが残された者の──君を愛する者の願いだから。
【湖都子とハル】
艶やかな黒毛はふかふかで抱きしめて眠れば寂しさを薄めてくれる。
「ハル…」
いつもと違う肌触りに瞳を開ければハルが胡乱な顔でこちらを眺めている。
「湖都子はベットで他の男を呼ぶんだね」
虚に呼んだ言葉を思い出す。確か私はハルと呼んだ筈だ。
「他の男って──猫だよ?」
「僕が湖都子に触れられない間、一緒に寝てたの?」
「猫だよ⁈」
この人は猫にまで嫉妬するの⁈
ハルの髪色は明るい栗色で猫のハルは真っ黒な黒猫だ。
全然違うのにジト目が──猫のハルにそっくりだ。
猫はハルに性格がよく似ていた。
「……猫にあいたいな」
猫に嫉妬している人の前で言ってはいけない言葉だけれど──ついハルの前では我儘を言ってしまう。
「──目の前のハルだけで我慢して。僕だけを愛して。僕だけの湖都子になって」
そんな独占欲の強い人の前でも言ってしまう。
「我慢できないよ。猫にあいたいよ!」
胸元に縋るハルの頭部を撫でれば、毛並みも違うし──まして人間と猫の違いがあるのに猫を感じさせる。
「じゃあ──僕が猫の分の愛を湖都子に捧げるよ。だから湖都子は僕に猫分の想いを追加してね」
微笑むハルを目を見開いて見てしまう。
ハルの愛をもう最大限に貰っている。
これ以上はもう最大値を超えてしまう。
「──要らない。そんなに貰うと壊れちゃう」
抱きしめていたのは自分なのに、いつのまにか抱きしめ返されハルの身体にスッポリと収まっている。
「壊したらいいよ。そんな意味のない制約は湖都子が勝手に作った勝手な檻なんだから。勝手に壊しちゃったらいいよ」
勝手、勝手とうるさい。
「要らないなんて──言われても湖都子にはもう僕の想いを遮る
力はないよ。大人しく僕の愛を受け入れて──僕を愛して」
色んな人を傷つけたのに──幸せを感じるこの時間に罪悪感を覚えることがある。
そんな私の罪悪感からもハルは守ってくれる。
「誰かを──傷つけるくらいなら欲しいものなんて無かった。欲しくても我慢できたの。だけどハルだけは──我慢できない。望む自分になれなくても、誰かを傷つけてしまう事になっても──ハルだけは手離したくない」
「バカだなぁ湖都子は。僕がこの先、何があっても手離す訳ないんだから。死ぬまでずっと──死んでも湖都子は僕のモノだし、僕も湖都子のモノだよ。──死んだからって僕を手離すなんて許さないからね?死んでも君は僕のモノで、僕は君のモノだ」
嬉しくて──泣けてしまう。
そんな最低な我儘を許してくれるどころか望まれるなんて。
ハルは【死】を気軽に話題に出す。
それはその時が来ることへの怖れを薄める下準備のようだ。
「ハルはよく私に死ぬ死ぬ言うけれど、長生きしちゃったらごめんね?おばあちゃんまで生きてずっとハルの傍にいちゃうかも」
冗談めかして言えば──いつも一言多いハルが何も言わず俯くから──俯いて、声を殺して泣いてしまうから──私は生きたいと心の底から願った。
──この人の為に絶対に生きてみせる。
「夢があるの。おばあちゃんになってハルの介護を私がするの。ハルの最期を私が看取ってみせる。だから──私、頑張るから。だから──泣かないで──ハル」
言葉を掛けても言葉もなく俯いているハルを──可愛いと思ってしまう。
可愛いハル。
愛しいハル。
──誰かの為に生きる方が私には性に合っている。
ハルが私を望むなら、生きてみせる。
絶対に。
ハルの瞼にキスをし決意する。
幸せだと泣ける日をハルにあげる。
悲しくて泣いてしまう日をハルから遠ざけてあげる。
「お腹すいたね。ご飯作るからハルはそこで泣いてていいよ」
ムッとするハルにもう一度キスをし、微笑む。
「──僕が作る」
「じゃあ一緒に作ろう」
ベットを2人で抜け出てキッチンへと向かう。
朝の日差しを2人でいつまでも感じていよう。
きっと明日も、明後日も──いつまでもこんな日々を過ごせる。
きっと。
───完─────
次回はきっと【レプリカ】か【ウルドの声】のどちらかだと思います。
たぶん【ウルドの声】かな。
過去にタイムスリップする女子高生の話の予定です。
夫人シリーズです。
不思議な事には大抵夫人が絡み小難しい事を説明してくれます。
ありがたや。
私が小説を書き始めて一年になりました。
相変わらずの絶頂不人気振りの中、拙いこの作品たちを読んくださる方達に謝辞を。
時間がかかるかもしれませんが、またお会いできたら嬉しく思います。
どの話も歪みどころ満載の方たちのお話でヤバヤバですが読んで頂けると嬉しいです。
ありがとうございました。
六菖十菊
【防遏の恋】如何でしたでしょうか。
後味の悪い話と思う方もいらっしゃるかもしれない内容ですが、私的にはハッピーエンドです。
予定では金木犀が咲く頃に話を進めたかったのですが思いの外長くなってしまいました。
和秋さんの一人称が僕と私の変わるのはプライベートと仕事上の違いです。
ハルが湖都子に渡していた指輪にはパライバトルマリンという宝石が付いていましたが、かなりお高い指輪です。
ハルに安い指輪だと聞かされて湖都子はそんなに高い指輪だと思っていませんが、ハルはあの頃から婚約指輪だと(勝手に)思って渡していました。
朝宮千夏と紗希さんは詳しく書こうとすると脱線&流れが悪くなるので省きましたが、きっと女性達は逞しく幸せに生きています。
湖都湖は幼い頃の母親が親戚から罵倒された際、何も出来なかった自分を軽蔑し心の傷となっています。
家族を罵倒される事は湖都子にとってはとても辛い事であり、あの時守れなかった家族を今度こそ守ろうと無意識的にも強く出でしまうのです。
だからご飯も生活も必要以上に頑張ってしまいます。
誰が文句を言わなくても湖都子は頑張ってしまうのです。
湖都子は海都との関係を死ぬまで──きっと死んでも誰にも……ハルにも話さないと思います。
(勿論、和秋さんにも話していません)
それは湖都子自身が隠したい気持ちも大きいですが、海都が大事だからです。
海都が非難される事を避けてしまう湖都子はやはり姉であり身内贔屓が強い人間性だと思っています。
海都はそんな事は望んでいないのだけど、これは湖都子の性癖みたいなモノですね。
では本編では書けなかった【湖都子と和秋さん】のお話と【ハルと湖都子】のその後を少し。
【和秋と湖都子】
数日前よりは顔色が良くなった彼女がご飯をよそって渡してくれる。
今日は山菜おこわだ。
差し出されたお碗よりもその細い腕に目がいく。
数日前の彼女は白い肌が一層に白くなる程に血の気がなかった。
それでも彼女は体調が悪いとを僕の前では言わない。
普段通りを演じる。
何度も何もしないでもここにいて欲しいと伝えても──それでは彼女の心が納得しないのか役に立とうとする。
子どもを失って──更にその想いは加速した。
子どもがお腹にいた頃は〈誰かに縋ってもこの子の為には仕方がない。何を置いても子どもを大事にしたい〉と自分を蔑ろにする心を抑えられたと思う。
幾分、今よりはマシだった。
彼女は自分の身一つになった途端、自分を大事にしなくなった。
きっと──子どもを守れなかった事実が更に自分自身を嫌悪させている。
彼女は泣かなかった。
辛そうに──もう生きたくないと言わんばかりに放心し動かず、食べず──眠っているのかも分からない程に憔悴していたのに──彼女は涙は流さなかった。
思えば彼女が泣いたのを見たのは眠っている無意識だったあの時だけだ。
意識が強くでる状態では彼女は泣かない。
前の男の前では──泣き叫び、涙を見せたのだろうか?
泣いて縋り、抱きしめて欲しいと甘えてもらえたのだろうか?
……自分の想像に身を焼かれる。
「和秋さん。お世話になりました」
頭を下げて綺麗なお辞儀をする。
彼女は細いから折り畳むようにお辞儀をすると本当にコンパクトになってしまう。
「どういう意味?」
「これ以上、お世話になる理由もありません。本当に──本当に感謝しています。ありがとうございました」
「出で行くの?」
「──はい。もう十分に良くしてくださいました」
このお礼は必ずさせてくださいと付け加える。
「──ここを出て行ってどうするの?どこに行くの?」
子どもがいなくなったのだ。
彼氏の子ではないかもしれない子どもが。
ならそいつの元に戻るのだろうか?
けれど彼女は曖昧に微笑む。
「行く場所がないのにここを出て行くの?この場所はそんなに君にとって居心地が悪いの?」
「いえ──はい」
否定して──彼女が躊躇いがちにだけれど肯定する。
この家は居心地が悪いと。
「──理由もないのに、ご迷惑をこれ以上は──」
止めて欲しくて言っているのではないと分かってしまう。
行くあてもなく、身体は弱く、心は疲弊しているのにそれでも出て行こうとする。
僕の気持ちなんて知りもしないで。
「理由があれば出ていかないの?」
彼女の瞳は此方を見るが──理解出来ていない顔だ。
「僕の恋人になって欲しいんだ。君が好きなんだ」
──瞳を伏せるように視線を外し拒絶の意思が伝わる。
彼女は未だに前の男を愛している。
「ここを出てどうするの?お金は?現実問題、今の君に仕事を探し、こなせるとは思えない」
反論せず伏せた瞳はそのままだ。
そんな事──恐らく本人が一番わかっている。
それでも──ここにいることが居た堪れないのか。
自分を荷物だと思うのか──
「じゃあ──恋人は出来ないというなら、愛人になって欲しい」
普通なら愛人になる方が出来ないと多くの人は言うだろう。
それでも──少しだけ──彼女の瞳が揺れた。
もしかしたら──ここを出てそんな店で働こうとしているのではないかと勘繰ってしまう。
そんなこと──絶対にさせない。
「仕事で疲れた僕を癒して。この歳で独身の寂しさを偽りでも愛で満たして。甘い一時の夢を──君の身体で慰めて」
僕を見る瞳に──軽蔑も蔑みも見られない。
ただ──恋人を──元恋人を裏切る葛藤に揺れている。
この子はきっと愛する人がいなければ自分を大切にしない。
すぐに売り飛ばしてしまう程に自分の価値が低い。
前の男が彼女を大事にしていたのが分かる。
それがなければこの子はもっと自分をボロ雑巾のように扱うだろう。
「君が決めて」
──行かせない。
ここに居たいと思えなくても──ここを離れればきっと君は堕ちていく。
これ以上堕としたくない。
だから──僕の手をとって欲しい。
「少しでも──ほんの少しでも僕を好きなら選んで」
幸せにしたいんだ。
時間をかけても君が本当に安心できる居場所を作ってあげたい。
けれど今は時間も気持ちも揃わない。
そらなら多少強引にでも縛るしか策はない。
「君は僕が嫌い?」
被りを振り否定する彼女に安堵を覚えつつ──つけ込む。
「それなら僕の愛人になって。僕を受け入れて」
「和秋さ──」
「悪女のように僕を誑かし、聖女のように僕を癒して──」
細い指にキスをする。
いつか──この指に僕の所有の証を飾りたい。
他の男の痕跡なんて消し去り僕だけの彼女にしたい。
いつまでも待てる。
本当はもう僕は君に癒され──誑かされているんだから。
あの日から──少しずつ彼女は心を開いてくれたように思えた。
微笑んでくれる。
抱きしめれば抱きしめ返してくれる。
けれど気がつけば──いつも遠く虚に空を見る。
会いたい誰かをそこに想い描いているように。
君がどう思っているかは分からないけれど、
僕は君と結婚していた3年の間──幸せだった。
本当に──幸せだったんだ。
君を離したくなんてなかった。
あの男に渡したくなかった。
けれど君があの男を前に見せた力強さを僕は引き出せない。
日に日に枯れ果てる生命の湖に僕は為す術なく、ひび割れそうな湖底を眺めている。
あの男なら──塩野義ハルなら──彼女の湖を潤すことが出来るのだろうか?
再び──鮮やかな湖の都を築けるのだろうか?
それなら──もしそうなのなら──僕は一生君に会えなくてもいい。
湖にあるその都に──僕は行けない。
ハルには船殻の意味がある。
あの男なら行けるのだろうか。
もう君に会えなくても──君が幸せに暮らしているのなら、最期まで笑っていられるのなら、それが残された者の──君を愛する者の願いだから。
【湖都子とハル】
艶やかな黒毛はふかふかで抱きしめて眠れば寂しさを薄めてくれる。
「ハル…」
いつもと違う肌触りに瞳を開ければハルが胡乱な顔でこちらを眺めている。
「湖都子はベットで他の男を呼ぶんだね」
虚に呼んだ言葉を思い出す。確か私はハルと呼んだ筈だ。
「他の男って──猫だよ?」
「僕が湖都子に触れられない間、一緒に寝てたの?」
「猫だよ⁈」
この人は猫にまで嫉妬するの⁈
ハルの髪色は明るい栗色で猫のハルは真っ黒な黒猫だ。
全然違うのにジト目が──猫のハルにそっくりだ。
猫はハルに性格がよく似ていた。
「……猫にあいたいな」
猫に嫉妬している人の前で言ってはいけない言葉だけれど──ついハルの前では我儘を言ってしまう。
「──目の前のハルだけで我慢して。僕だけを愛して。僕だけの湖都子になって」
そんな独占欲の強い人の前でも言ってしまう。
「我慢できないよ。猫にあいたいよ!」
胸元に縋るハルの頭部を撫でれば、毛並みも違うし──まして人間と猫の違いがあるのに猫を感じさせる。
「じゃあ──僕が猫の分の愛を湖都子に捧げるよ。だから湖都子は僕に猫分の想いを追加してね」
微笑むハルを目を見開いて見てしまう。
ハルの愛をもう最大限に貰っている。
これ以上はもう最大値を超えてしまう。
「──要らない。そんなに貰うと壊れちゃう」
抱きしめていたのは自分なのに、いつのまにか抱きしめ返されハルの身体にスッポリと収まっている。
「壊したらいいよ。そんな意味のない制約は湖都子が勝手に作った勝手な檻なんだから。勝手に壊しちゃったらいいよ」
勝手、勝手とうるさい。
「要らないなんて──言われても湖都子にはもう僕の想いを遮る
力はないよ。大人しく僕の愛を受け入れて──僕を愛して」
色んな人を傷つけたのに──幸せを感じるこの時間に罪悪感を覚えることがある。
そんな私の罪悪感からもハルは守ってくれる。
「誰かを──傷つけるくらいなら欲しいものなんて無かった。欲しくても我慢できたの。だけどハルだけは──我慢できない。望む自分になれなくても、誰かを傷つけてしまう事になっても──ハルだけは手離したくない」
「バカだなぁ湖都子は。僕がこの先、何があっても手離す訳ないんだから。死ぬまでずっと──死んでも湖都子は僕のモノだし、僕も湖都子のモノだよ。──死んだからって僕を手離すなんて許さないからね?死んでも君は僕のモノで、僕は君のモノだ」
嬉しくて──泣けてしまう。
そんな最低な我儘を許してくれるどころか望まれるなんて。
ハルは【死】を気軽に話題に出す。
それはその時が来ることへの怖れを薄める下準備のようだ。
「ハルはよく私に死ぬ死ぬ言うけれど、長生きしちゃったらごめんね?おばあちゃんまで生きてずっとハルの傍にいちゃうかも」
冗談めかして言えば──いつも一言多いハルが何も言わず俯くから──俯いて、声を殺して泣いてしまうから──私は生きたいと心の底から願った。
──この人の為に絶対に生きてみせる。
「夢があるの。おばあちゃんになってハルの介護を私がするの。ハルの最期を私が看取ってみせる。だから──私、頑張るから。だから──泣かないで──ハル」
言葉を掛けても言葉もなく俯いているハルを──可愛いと思ってしまう。
可愛いハル。
愛しいハル。
──誰かの為に生きる方が私には性に合っている。
ハルが私を望むなら、生きてみせる。
絶対に。
ハルの瞼にキスをし決意する。
幸せだと泣ける日をハルにあげる。
悲しくて泣いてしまう日をハルから遠ざけてあげる。
「お腹すいたね。ご飯作るからハルはそこで泣いてていいよ」
ムッとするハルにもう一度キスをし、微笑む。
「──僕が作る」
「じゃあ一緒に作ろう」
ベットを2人で抜け出てキッチンへと向かう。
朝の日差しを2人でいつまでも感じていよう。
きっと明日も、明後日も──いつまでもこんな日々を過ごせる。
きっと。
───完─────
次回はきっと【レプリカ】か【ウルドの声】のどちらかだと思います。
たぶん【ウルドの声】かな。
過去にタイムスリップする女子高生の話の予定です。
夫人シリーズです。
不思議な事には大抵夫人が絡み小難しい事を説明してくれます。
ありがたや。
私が小説を書き始めて一年になりました。
相変わらずの絶頂不人気振りの中、拙いこの作品たちを読んくださる方達に謝辞を。
時間がかかるかもしれませんが、またお会いできたら嬉しく思います。
どの話も歪みどころ満載の方たちのお話でヤバヤバですが読んで頂けると嬉しいです。
ありがとうございました。
六菖十菊
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ありがとうございました。
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ありがとうございます。
恥ずかしがり屋で交流が苦手な十菊ですが初★感想を頂きついついついお返事を書いています。
反省点も多い中、嬉しい言葉を届けてくださり正直小躍りしています。
防遏の恋は私も好きな話だったので感想をもらえた事に胸がいっぱいです。
ありがとうございました。
六菖十菊