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逢着

059 ハル

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翌日、柳和秋から話がしたいと連絡があった。
これはありがたい。僕も同じ気持ちだ。
ホテルのロビーで待ち合わせをし会う事になったけれど、
彼がやり手の慎重派だと言うことを彼の開口一言で思い出した。

「昨日、君が帰った後に婚姻届を提出したよ」

市役所って24時間窓口があるんだよね。と何でもないことのように話す。

「──意味が分からない。今まで婚姻しなかったのに何故急に?」

「それ程に君との関係性を切りたい彼女の──妻の思いを感じ取ってくれないか?」

──妻。
湖都子がこの男の妻。

「貴方が湖都子を脅している可能性は?」

「それは君の思考がそうだからそう思うのでは?」

「貴方では拉致があかない。湖都子に会うよ」

「だから妻は君に会いたくないんだよ」

「貴方が嘘を付いている可能性は?会わせないというなら勝手に会いにいくだけだ」

「妻を困らせないでくれ」

「その言葉──不快だ。止めてくれ」

「──君は彼女の何を見ているんだ?一般的に考えて君では彼女は幸せになれない」

「湖都子は僕を好きだよ。そうじゃなければ猫の名を僕の名にする筈はない」

「では彼女が君を好きだとする。それで?君は彼女と結婚するのかい?」

「当たり前だ」

「朝宮千夏はどうするんだ?別れる?君が人身御供で朝宮千夏を北進から塩野義ゼミに移籍させたのは火を見るよりも明らかだ。
その関係が解消されれば朝宮千夏は塩野義ゼミを去るだろうね。
力をつけてきた塩野義ゼミも朝宮千夏の離脱は未だにかなりの痛手だ。そこに更に他の塾が朝宮千夏を採用すれば2倍の痛手だ」

「そんなの僕にはどうでもいいよ」

「君は──そうやって割り切れる。自分の一番大事なモノ以外は無くしても問題がない人間だ。けれどそうではない人間もいる。──彼女が周りを不幸にする結婚を望むと思うかい?愛する男が自分の所為で不幸になる。彼女は耐えられない。絶対に」

「──貴方なら幸せにできると?」

「──不幸にはしない。彼女は君と一緒になれば幸せも感じる事もあるだろう。けれどきっと不幸だ。彼女のきっと耐えられない」

「そんなの──分からない」

「では試してみるかい?彼女を愛しているのなら軽く死ねる程度の絶望を味わえるよ」

「──湖都子に合わせてくれ」

「会わせない。会えば彼女は苦しむ」

「湖都子は何故──3年前に僕の前から姿を消した?」

「──なぜ、そんなにも追いかける?君はまだ25歳だ。若く望まなくても一流企業の御曹司だ。パートナーとしてあの朝宮千夏もいる。手に入れられるモノの方が多い。彼女を手に入れればきっと君は不幸になる」

「可笑しな話だ。僕が湖都子を手に入れれば不幸になる?なら貴方は?貴方は不幸になる為に湖都子を妻にしたのか?」

「──そうだね。私が悪かった。けれど彼女が大事なら関わらないであげて欲しい。お願いだ。君といれば彼女の心は自傷し──傷は治らず膿、腐り──自分の死を願うだろうね」

「だから──あの時、僕を捨てて逃げたと?」

「僕には彼女の気持ちが分かるよ。君には分からないのかい?」

コーヒーを一口も飲む間もなく結果が出る。
僕にはあの時、3年前の湖都子が何を考えていたのかが分からない。今も──分からない。

「なら──貴方は僕に死ねと言うんだね」

柳和秋は鼻で笑い軽蔑の目を向ける。

「そうやって言葉で脅し彼女に我慢させてきたの?苦しみを口に出せない人間もいる。君に彼女は無理だ。塩野義さん、身の程を知りなさい」

大人の男なら湖都子を支えられるのか?
自分なら支えられるというように目の前の男は整然としている。
幾つになれば?
どうやっても僕は湖都子より歳上にはなれないのに。
──年齢の所為じゃない。
分かってる。
これは──僕の所為だ。
僕が子供だから──湖都子に愛想を尽くされたんだ。

「──湖都子は僕に会うつもりはないんだね」

もう話は終わりだと彼が席を立つ。

「──彼女から伝言をことづかったよ。【ハルに幸せになってほしい】って──伝えてと言われた」

彼がこの場から去る。
けれどきっと──この舞台から──湖都子のいる舞台から去るのは僕なんだろう。
不甲斐ない──僕なんだ。
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