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崩潰

050 和枝

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『お母さん今日お仕事休みだよね?海都は?』

お姉ちゃんからのメールに海都は仕事だと返信する。
暫くして静かに家の扉が開いた。

「お帰り」

いつもならただいまと返すお姉ちゃんは曖昧に微笑んだ。
晃さんの金木犀を縁側で眺めていたのを確認し、何も言わず横に座る。
明らかに──いつものお姉ちゃんとは違う。

「お母さん──話があるの」

「なあにー?」

いつもと変わらない声で答える。
沈黙するお姉ちゃんの頭を撫でる。
しっかり者のお姉ちゃんにこんな事を出来るのは中々にない。

「どうしたの?湖都子」

「──ごめん」

何を許して欲しいのか。

「ごめん──お母さん──ごめんなさい」

貴方が謝らなければならない理由がさっぱり見つからない。

「お母さん、なんでも許すわ。だから言っていいのよ湖都子」

「家を出たいの──」

「知ってるわよ。ハルさんの所に嫁ぐのでしょう?」

首が取れそうなほどに被りを振る。

「もう──この家には戻らない」

「──今度は誰の為に生きるつもり?」

答えない娘は誰に似たのか頑固だ。

「湖都子。貴方は貴方が思っている以上に愛されているの。それが伝わらないのは貴方が悪いのか私と──周りが悪いのか。湖都子がどんな生き方をしても愛してるわ。だから──自分一人で決めてしまわないで。ハルさんも海都も私も貴方を愛してる」

この子の涙を──久しぶりに見た。
昔はよく泣く子だった。
けれど──晃さんが亡くなってからお姉ちゃんの涙を見たことがない。

「──ここにいるのは苦しいの?」

答えないけれど涙が止まらない。
今まで泣けなかった涙を流しているように。

「──そう」

頭を撫で抱き寄せる。
私も泣きたいけれど──私はお母さんだもの。

「いってらっしゃい。けれど──いつでも帰ってきていいの。ここは貴方の居場所だから。今でも、明日でも──十年後でも。そしたらまた──この場所で金木犀の香りを楽しみながらお茶をしましょう?お姉ちゃんが淹れてくれるお茶が一番好きなの」

「海都がいない時間を選んだのでしょう?あの子はお姉ちゃん子だから絶対に止めるわ。行きなさい」

ごめんなさいと告げ、去ろうとする湖都子の背中が滲んで見える。

「湖都子!……電話くらいしてね?──元気かだけでも教えてね?待ってるから!──ね?」

返事をせず去ったけれど、湖都子は──お姉ちゃんはきっと電話をくれる。
きっと。
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