女王の後宮

六菖十菊

文字の大きさ
上 下
38 / 49
退水

035

しおりを挟む
「今宵の伽はどちらに」

──少し悩んだ。
白夜に抱かれたいと。
何度彼を伽に呼んでも彼は無理強いをしなかった。
彼は鏡花が男性を恐れているのを知って、寂しい心を知って、
一緒に眠ってくれた優しい人。
彼なら──どんな風に抱いてくれるのだろうか?
抱きしめてキスをしてくれるのだろうか?
蕩けるほど愛を囁いてくれるのだろうか?
──彼の子を授けてくれるのだろうか?
この地獄にあたかもあるように──残像のような希望を置いていってくれないだろうか?

……この後に及んで自分のことばかりの心に呆れる。

こんな世界に連れてきたことを悔やんでいるのに、寂しいからと次は子に同じ思いをさせようとしているなんて愚かにも程がある。
未だに自分の救いの為に彼を巻き込もうとする淺ましさ。
彼を元の世界に返せることが鏡花の唯一の救いなのに。

「──黒雨を」


白夜とは今宵、話をする約束をした。だから今宵は黒雨を。
彼を呼ぶ前にしなければならないことがある。

「黒雨様が来られました」

「入れ」

入室を許可した黒雨はもう椅子には座らない。
──此方にも来ない。
扉の前でただ跪く。

昨晩──黒雨が白夜を呼んだ。
死にたいと嘆く鏡花を救う為に──
彼が白夜を殺すと言ったあの発言の真意は今は分かる。
本当に殺すつもりはなかったと。
錯乱する鏡花を鎮める為の言葉だと。

黒雨に犯され、愛する人を殺すと脅され──信じていた黒雨は消えた。この世界で誰よりも信頼出来た人を失った。

──そう思っていたけれど此方に来ず、ただただ只管に跪く彼を想う。
彼の行為にも愛はあった。
──鏡花の望む形ではなかったけれど。
諦念がそう思わすのか。
それとも二年もの間、彼を縛った罪悪感からか。
──ただ、許すことはできない。
けれど嫌いにもなれない。
黒雨は鏡花の影。
この世界で影は常に共にある。

「黒雨、今宵──白夜を捕らえよ」

「──仰っている意味がわかりません。陛下」

「お前に説明は不要。女王の影として務めを果たせ」

下を向いたまま黒雨が返す。

「俺を罰して頂きたい」

その姿に自分を見る。
──この人も死にたがっている。

「──お前の役目はわたくしの影、わたくしの手足──お前を罰せばわたくしに害が及ぶ──お前はわたくしを罰したいのか?」

「陛下、お願いです──苦しいのです。このまま貴方の側にいるには耐えがたい罪を犯した。それなのに‼︎ それなのに──貴方の味を知ってしまった。血の味を覚えた獣は殺さなければ──再び陛下に害をなすこともあります」

「──その獣がいなければわたくしは他の獣に食べられるだけよ」

「貴方には白夜がいる」

「白夜はわたくしの怒りに触れた。あの者がわたくしの後宮にいることはない」

「陛──」

「黒雨。私には貴方しかいない。貴方しかいないの。二年前、私を守ってくれると傷つけないと言ってくれた貴方に私は救われ助けられてきた。この二年、その誓いを破ることなく。もし──もし血の味を覚えた獣を押さえ込むことが出来なければ──その時は再び私を抱けばいい。けれどお願い。その時は──その後に私を殺して」

「──指一本触れません。二度と──貴方を傷つけないと誓います」

「──黒雨、貴方の優しさに感謝する」

「白夜投獄の罪状はどう致しましょう」

「なんでもよい。女王殺害未遂でも……否、黒雨お前が女王の寵愛を白家の男に奪われ立腹し単独で投獄したことに。お前は濡れ衣を被ることになる」

「問題ありません」

これ以上、白家の立場を危うくする罪状ではダメだ。

「傷一つつけず──捕らえよ」

「御意」

「ではわたくしは眠る。黒雨はここに」

お茶を淹れ、長椅子を明け渡す。
以前と変わらない風景だ。
けれど黒雨はもう椅子に座ることも鏡花の淹れたお茶を飲むこともなかった。
眠れるはずがないのに寝所へと向かう。
しばらくして黒雨は一礼し、部屋を出て行った。
白家が黒雨に武力で敵う筈はない。
まして意味もわからず奇襲で襲われるのだから。

明朝──その予想通り、黒雨により任務遂行の報告を受けた。

しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~

恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」 そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。 私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。 葵は私のことを本当はどう思ってるの? 私は葵のことをどう思ってるの? 意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。 こうなったら確かめなくちゃ! 葵の気持ちも、自分の気持ちも! だけど甘い誘惑が多すぎて―― ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。

赤ずきんちゃんと狼獣人の甘々な初夜

真木
ファンタジー
純真な赤ずきんちゃんが狼獣人にみつかって、ぱくっと食べられちゃう、そんな甘々な初夜の物語。

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

セクスカリバーをヌキました!

ファンタジー
とある世界の森の奥地に真の勇者だけに抜けると言い伝えられている聖剣「セクスカリバー」が岩に刺さって存在していた。 国一番の剣士の少女ステラはセクスカリバーを抜くことに成功するが、セクスカリバーはステラの膣を鞘代わりにして収まってしまう。 ステラはセクスカリバーを抜けないまま武闘会に出場して……

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

イケメン彼氏は年上消防士!鍛え上げられた体は、夜の体力まで別物!?

すずなり。
恋愛
私が働く食堂にやってくる消防士さんたち。 翔馬「俺、チャーハン。」 宏斗「俺もー。」 航平「俺、から揚げつけてー。」 優弥「俺はスープ付き。」 みんなガタイがよく、男前。 ひなた「はーいっ。ちょっと待ってくださいねーっ。」 慌ただしい昼時を過ぎると、私の仕事は終わる。 終わった後、私は行かなきゃいけないところがある。 ひなた「すみませーん、子供のお迎えにきましたー。」 保育園に迎えに行かなきゃいけない子、『太陽』。 私は子供と一緒に・・・暮らしてる。 ーーーーーーーーーーーーーーーー 翔馬「おいおい嘘だろ?」 宏斗「子供・・・いたんだ・・。」 航平「いくつん時の子だよ・・・・。」 優弥「マジか・・・。」 消防署で開かれたお祭りに連れて行った太陽。 太陽の存在を知った一人の消防士さんが・・・私に言った。 「俺は太陽がいてもいい。・・・太陽の『パパ』になる。」 「俺はひなたが好きだ。・・・絶対振り向かせるから覚悟しとけよ?」 ※お話に出てくる内容は、全て想像の世界です。現実世界とは何ら関係ありません。 ※感想やコメントは受け付けることができません。 メンタルが薄氷なもので・・・すみません。 言葉も足りませんが読んでいただけたら幸いです。 楽しんでいただけたら嬉しく思います。

淫らな蜜に狂わされ

歌龍吟伶
恋愛
普段と変わらない日々は思わぬ形で終わりを迎える…突然の出会い、そして体も心も開かれた少女の人生録。 全体的に性的表現・性行為あり。 他所で知人限定公開していましたが、こちらに移しました。 全3話完結済みです。

処理中です...