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退水
035
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「今宵の伽はどちらに」
──少し悩んだ。
白夜に抱かれたいと。
何度彼を伽に呼んでも彼は無理強いをしなかった。
彼は鏡花が男性を恐れているのを知って、寂しい心を知って、
一緒に眠ってくれた優しい人。
彼なら──どんな風に抱いてくれるのだろうか?
抱きしめてキスをしてくれるのだろうか?
蕩けるほど愛を囁いてくれるのだろうか?
──彼の子を授けてくれるのだろうか?
この地獄に恰もあるように──残像のような希望を置いていってくれないだろうか?
……この後に及んで自分のことばかりの心に呆れる。
こんな世界に連れてきたことを悔やんでいるのに、寂しいからと次は子に同じ思いをさせようとしているなんて愚かにも程がある。
未だに自分の救いの為に彼を巻き込もうとする淺ましさ。
彼を元の世界に返せることが鏡花の唯一の救いなのに。
「──黒雨を」
白夜とは今宵、話をする約束をした。だから今宵は黒雨を。
彼を呼ぶ前にしなければならないことがある。
「黒雨様が来られました」
「入れ」
入室を許可した黒雨はもう椅子には座らない。
──此方にも来ない。
扉の前でただ跪く。
昨晩──黒雨が白夜を呼んだ。
死にたいと嘆く鏡花を救う為に──
彼が白夜を殺すと言ったあの発言の真意は今は分かる。
本当に殺すつもりはなかったと。
錯乱する鏡花を鎮める為の言葉だと。
黒雨に犯され、愛する人を殺すと脅され──信じていた黒雨は消えた。この世界で誰よりも信頼出来た人を失った。
──そう思っていたけれど此方に来ず、ただただ只管に跪く彼を想う。
彼の行為にも愛はあった。
──鏡花の望む形ではなかったけれど。
諦念がそう思わすのか。
それとも二年もの間、彼を縛った罪悪感からか。
──ただ、許すことはできない。
けれど嫌いにもなれない。
黒雨は鏡花の影。
この世界で影は常に共にある。
「黒雨、今宵──白夜を捕らえよ」
「──仰っている意味がわかりません。陛下」
「お前に説明は不要。女王の影として務めを果たせ」
下を向いたまま黒雨が返す。
「俺を罰して頂きたい」
その姿に自分を見る。
──この人も死にたがっている。
「──お前の役目はわたくしの影、わたくしの手足──お前を罰せばわたくしに害が及ぶ──お前はわたくしを罰したいのか?」
「陛下、お願いです──苦しいのです。このまま貴方の側にいるには耐えがたい罪を犯した。それなのに‼︎ それなのに──貴方の味を知ってしまった。血の味を覚えた獣は殺さなければ──再び陛下に害をなすこともあります」
「──その獣がいなければわたくしは他の獣に食べられるだけよ」
「貴方には白夜がいる」
「白夜はわたくしの怒りに触れた。あの者がわたくしの後宮にいることはない」
「陛──」
「黒雨。私には貴方しかいない。貴方しかいないの。二年前、私を守ってくれると傷つけないと言ってくれた貴方に私は救われ助けられてきた。この二年、その誓いを破ることなく。もし──もし血の味を覚えた獣を押さえ込むことが出来なければ──その時は再び私を抱けばいい。けれどお願い。その時は──その後に私を殺して」
「──指一本触れません。二度と──貴方を傷つけないと誓います」
「──黒雨、貴方の優しさに感謝する」
「白夜投獄の罪状はどう致しましょう」
「なんでもよい。女王殺害未遂でも……否、黒雨お前が女王の寵愛を白家の男に奪われ立腹し単独で投獄したことに。お前は濡れ衣を被ることになる」
「問題ありません」
これ以上、白家の立場を危うくする罪状ではダメだ。
「傷一つつけず──捕らえよ」
「御意」
「ではわたくしは眠る。黒雨はここに」
お茶を淹れ、長椅子を明け渡す。
以前と変わらない風景だ。
けれど黒雨はもう椅子に座ることも鏡花の淹れたお茶を飲むこともなかった。
眠れるはずがないのに寝所へと向かう。
しばらくして黒雨は一礼し、部屋を出て行った。
白家が黒雨に武力で敵う筈はない。
まして意味もわからず奇襲で襲われるのだから。
明朝──その予想通り、黒雨により任務遂行の報告を受けた。
──少し悩んだ。
白夜に抱かれたいと。
何度彼を伽に呼んでも彼は無理強いをしなかった。
彼は鏡花が男性を恐れているのを知って、寂しい心を知って、
一緒に眠ってくれた優しい人。
彼なら──どんな風に抱いてくれるのだろうか?
抱きしめてキスをしてくれるのだろうか?
蕩けるほど愛を囁いてくれるのだろうか?
──彼の子を授けてくれるのだろうか?
この地獄に恰もあるように──残像のような希望を置いていってくれないだろうか?
……この後に及んで自分のことばかりの心に呆れる。
こんな世界に連れてきたことを悔やんでいるのに、寂しいからと次は子に同じ思いをさせようとしているなんて愚かにも程がある。
未だに自分の救いの為に彼を巻き込もうとする淺ましさ。
彼を元の世界に返せることが鏡花の唯一の救いなのに。
「──黒雨を」
白夜とは今宵、話をする約束をした。だから今宵は黒雨を。
彼を呼ぶ前にしなければならないことがある。
「黒雨様が来られました」
「入れ」
入室を許可した黒雨はもう椅子には座らない。
──此方にも来ない。
扉の前でただ跪く。
昨晩──黒雨が白夜を呼んだ。
死にたいと嘆く鏡花を救う為に──
彼が白夜を殺すと言ったあの発言の真意は今は分かる。
本当に殺すつもりはなかったと。
錯乱する鏡花を鎮める為の言葉だと。
黒雨に犯され、愛する人を殺すと脅され──信じていた黒雨は消えた。この世界で誰よりも信頼出来た人を失った。
──そう思っていたけれど此方に来ず、ただただ只管に跪く彼を想う。
彼の行為にも愛はあった。
──鏡花の望む形ではなかったけれど。
諦念がそう思わすのか。
それとも二年もの間、彼を縛った罪悪感からか。
──ただ、許すことはできない。
けれど嫌いにもなれない。
黒雨は鏡花の影。
この世界で影は常に共にある。
「黒雨、今宵──白夜を捕らえよ」
「──仰っている意味がわかりません。陛下」
「お前に説明は不要。女王の影として務めを果たせ」
下を向いたまま黒雨が返す。
「俺を罰して頂きたい」
その姿に自分を見る。
──この人も死にたがっている。
「──お前の役目はわたくしの影、わたくしの手足──お前を罰せばわたくしに害が及ぶ──お前はわたくしを罰したいのか?」
「陛下、お願いです──苦しいのです。このまま貴方の側にいるには耐えがたい罪を犯した。それなのに‼︎ それなのに──貴方の味を知ってしまった。血の味を覚えた獣は殺さなければ──再び陛下に害をなすこともあります」
「──その獣がいなければわたくしは他の獣に食べられるだけよ」
「貴方には白夜がいる」
「白夜はわたくしの怒りに触れた。あの者がわたくしの後宮にいることはない」
「陛──」
「黒雨。私には貴方しかいない。貴方しかいないの。二年前、私を守ってくれると傷つけないと言ってくれた貴方に私は救われ助けられてきた。この二年、その誓いを破ることなく。もし──もし血の味を覚えた獣を押さえ込むことが出来なければ──その時は再び私を抱けばいい。けれどお願い。その時は──その後に私を殺して」
「──指一本触れません。二度と──貴方を傷つけないと誓います」
「──黒雨、貴方の優しさに感謝する」
「白夜投獄の罪状はどう致しましょう」
「なんでもよい。女王殺害未遂でも……否、黒雨お前が女王の寵愛を白家の男に奪われ立腹し単独で投獄したことに。お前は濡れ衣を被ることになる」
「問題ありません」
これ以上、白家の立場を危うくする罪状ではダメだ。
「傷一つつけず──捕らえよ」
「御意」
「ではわたくしは眠る。黒雨はここに」
お茶を淹れ、長椅子を明け渡す。
以前と変わらない風景だ。
けれど黒雨はもう椅子に座ることも鏡花の淹れたお茶を飲むこともなかった。
眠れるはずがないのに寝所へと向かう。
しばらくして黒雨は一礼し、部屋を出て行った。
白家が黒雨に武力で敵う筈はない。
まして意味もわからず奇襲で襲われるのだから。
明朝──その予想通り、黒雨により任務遂行の報告を受けた。
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