女王の後宮

六菖十菊

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前触れ

008

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あの日から白夜は後宮の一画に部屋を構えた。
この国の後宮は閉じ込めるものではなく自由に出入りでき〈女王の後宮〉とは〈女王のホストクラブ〉みたいなものだ。
国から推奨された歓楽街。
最も、今は寂れて白夜と黒雨しかいないが。
それよりも──

「それよりも後宮を閉めたことによって治水工事にもう少しお金を回せる事ができたの」

嬉しい。
それが完成したら農業もし易くなるし水害から生活を守ることもできる。

「陛下は特段、国主導で進めますね」

「だって国が発展するには礎が大事よ。私の国も戦争に敗れて大変だったの。と、言ってもそれは私が生まれる前で想像も出来ないけれど。けれど先人が敗戦後の貧しい最中、それでも国中に道を作り物流や人の行き来の効率を図った。国の整備を国がすることで雇用も生まれるし効率も潤いも全然違うと思うの。識字率も上げたいし、医療も──」

それにはまだまだ鏡花では力不足だ。
鏡花の発言に賛否があるのは分かる。
十九歳の小娘には分からない問題が殆どだ。
鏡花は専門家ではないからなんとなく知っている事を発言し、後は専門家に任せるしかない。
それでも必死なのに──

〈ところで陛下、そろそろ御子は?〉
〈陛下の役目はこんな下らない事業案ではなく御子を設けることです〉

──何度言われたことか。
傲慢な女王とはいえ前王が亡くなり立場はどんどん狭まっている。
そこに取り入ろうとする者、成り代わろうとする者、利用しようとする者。
──うんざりだ。
白家は今まで正当な評価をされなかった一族だ。
ここで王配を手に入れればと躍起になっているのだろう。
黒家は従順な振りをして虎視眈々と王家に成り代わろうと狙っている。
──どちらの一族も鏡花を放っておいてくれるのなら好きにしたらいい。
けれど鏡花はどちらの一族にとっても駒だ。
どう使おうか──どこまで使えるのか──使えないのなら殺してもいいと思っているかもしれない。

「陛下の国の者は皆、陛下のように政に詳しいのですか?」

「私自身も詳しくないわ。けれど教育への関心は高かったし歴史で遊ぶことが好きな国だったの。だから──歴史上の愚君ぐくんが何をしたかを知っている」

授業で習った宗教戦争や産業革命、差別を扱った映画や戦国時代の大河ドラマ。漫画の三国志。一般レベルの知識しかないけれど多く溢れている。
だから……この国の歴史や地図を確認したとき、この国が地球上にないのは分かった。過去でもない。
月下国の人々はモンゴロイドの鏡花と近いように見えるけれど実際はどうなのか分からない。白家はコーカソイドのヨーロッパ系の血が混じっているように思うけれど、この国の歴史を見る限りでは白人の人が多そうな国や土地は無さそうだった。ネグロイドの人はこの世界では見た事がない。
月下国は中国っぽい雰囲気を持っているけれど、きっと全然違うのだろう。

「何をしたのですか?」

想いに耽り言葉を止めた鏡花に黒雨が続きを促す。

「何もしなかったのよ。国民が飢えに苦しもうとも己の贅沢を優先し何もしなかった。他国と戦う際の判断を誰かに委ね考えることをしなかった。強欲が更なる憎しみを引き起こすのに欲を隠すことをしなかった。謂れのない差別で貶めることをやめなかった──今のこの国みたいに」

鏡花は政治家でも軍師でも参謀でもない。
平和な国の高校生だった。
そんな鏡花がこの国の政に口を挟むなんて烏滸おこがましいと思う。
まして帰れる術があればすぐにでも帰りたいと思っている程に、この国に愛着はない。
その鏡花が政に口を出すのは──あまりにも上層部の腐敗が酷いからだ。
別の世界に勝手に連れてこられたけれど、鏡花は今、女王だ。
自分にしか出来ない事がある。
出来ることをやろう──それだけだ。

──もうじき夏が来る。
そうしたら、この国に来て二年になる──


あの夜から続く悪夢をどれくらい忘れられただろうか?
人の耐性能力は凄いと思う。
けれど──それでも鬱々となる。
小雨の降る庭を窓から眺めると紫陽花が咲いている。

「黒雨──舞をお願い」

「──はい」

女王の寝所は広い。
黒雨の舞を──剣舞を舞える程に。
舞といっても音楽は無く、ゆっくりと剣と身体を動かす。
そして段々と荒ぶる剣技が力強さと鋭さを強め、空気を斬る。
軽々と振り回す重そうな剣が放物線を描き空を斬る。
静と動。
その動きが綺麗で──きっちりとした黒い近衛の衣装を身に付ける黒雨が舞うと──まるでそれは神事のようで──神様が舞い降りて願いを叶えてくれそうな気がする。
雨の音と黒雨の剣舞が鏡花を慰める。

「……ありがとう」

女王はこんなこと言わない。
本当の鏡花に戻れるのは黒雨の前だけだ。




──またいつもの問答を繰り返す。

「陛下。今日の伽のお相手はどちらに」

「黒雨を」

そして黒雨は鏡花の眠る寝所を護る。
誰も鏡花に触れないように、鏡花が安心して眠れるように。
この二年、護り続けてくれている。
ごめんね──

〈もう一人で大丈夫〉

そう言って手を離してあげたいのに──未だに離せない鏡花を許してほしい。
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