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§ 狡さはおとなの証。
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俊輔には強引にキスされた挙句、彼氏ヅラをされ始め、山内さんには旅行と食事に誘われ、実家は帰ってこい帰ってこいと今までになく執拗に言ってくる、と、プライベートが俄かに騒がしくなってきた。
誰にも見向きもされないのは、確かに孤独で寂しいのかも知れないが、され過ぎるのも困りものだと溜め息をつきつつ、久々に実家の門をくぐった。
玄関ドアを開けると、タタッと走ってくる可愛い茶トラのモフモフが。
「みーさん、ただいまぁー」
肩にかけたバッグを下ろし、さっと抱き上げると、すぐさまスリスリと顔を寄せてくる可愛い彼。そう、この子がいなければ、きっと私はとっくの昔にこの家を出て、仕事場に居を移していただろう。
「なにあんた? 猫にしかただいまも言わないわけ?」
廊下の向こうからひょいと顔を覗かせて、早速お小言をくれるのは、お調子者だが口うるさい母親だ。
「ただいま。お母さん」
「まったくあんたは家に寄り付きもしないんだから。仕事って言うけど、本当のところなにやってんだかわかったもんじゃない」
「お父さんと栞里は?」
「栞里は二階にいるわよ。お父さんはまだ会社。今日は遅くなるからご飯いらないって。すぐご飯にするわよ。あんた、部屋行くんだったら、ついでに栞里呼んできて」
「わかった」
みーさんを抱いたまま鞄を拾ってトントンと階段を駆け上がった。久々に戻った自分の部屋は、母がしてくれたのだろう、空気が淀んでいることもなく、スッキリと片付いている。
「掃除してくれるのはありがたいんだけど……プライバシーもなにもあったもんじゃないな」
みーさんを床に降ろしながらボソッと呟いていると、妹の栞里が部屋に入ってきた。
「おかえり。久しぶりだね」
「うん。ただいま」
「相変わらず、仕事忙しいの?」
「うん。まあ、かなりね。ねえ、お母さん今日なにかちょっと機嫌悪い?」
「ちょっとどころじゃないかも? 原因はそれよ。見ればわかるでしょ?」
栞里の指さす先、机の上に置かれた一通の封筒。手に取って裏を返すと、大学時代の友人から送られてきた結婚式の招待状。これから結婚するふたりの連名がある。なるほど母のご機嫌が悪いわけだ。
「へえ……冬美もついに結婚か……」
「人のこと感心してる場合じゃないんじゃない? まあ、しばらくの間、お母さんのお小言覚悟するのね」
「そんな……他人ごとみたいに」
この歳になると、近所の幼馴染も同級生もほとんど皆、結婚していて当たり前。独り者を数えた方が早いくらいだ。人の不幸は蜜の味とばかりにニヤニヤと面白そうに笑うこの妹にですら、すでに結婚を決めた相手がいる。母にとって今や私は、社会に取り残された行き遅れ以外の何ものでもない。
「仕方ないじゃない? ここらで取り残されてるのって、おねーちゃんだけなんだから。ま、頑張るのね」
誰にも見向きもされないのは、確かに孤独で寂しいのかも知れないが、され過ぎるのも困りものだと溜め息をつきつつ、久々に実家の門をくぐった。
玄関ドアを開けると、タタッと走ってくる可愛い茶トラのモフモフが。
「みーさん、ただいまぁー」
肩にかけたバッグを下ろし、さっと抱き上げると、すぐさまスリスリと顔を寄せてくる可愛い彼。そう、この子がいなければ、きっと私はとっくの昔にこの家を出て、仕事場に居を移していただろう。
「なにあんた? 猫にしかただいまも言わないわけ?」
廊下の向こうからひょいと顔を覗かせて、早速お小言をくれるのは、お調子者だが口うるさい母親だ。
「ただいま。お母さん」
「まったくあんたは家に寄り付きもしないんだから。仕事って言うけど、本当のところなにやってんだかわかったもんじゃない」
「お父さんと栞里は?」
「栞里は二階にいるわよ。お父さんはまだ会社。今日は遅くなるからご飯いらないって。すぐご飯にするわよ。あんた、部屋行くんだったら、ついでに栞里呼んできて」
「わかった」
みーさんを抱いたまま鞄を拾ってトントンと階段を駆け上がった。久々に戻った自分の部屋は、母がしてくれたのだろう、空気が淀んでいることもなく、スッキリと片付いている。
「掃除してくれるのはありがたいんだけど……プライバシーもなにもあったもんじゃないな」
みーさんを床に降ろしながらボソッと呟いていると、妹の栞里が部屋に入ってきた。
「おかえり。久しぶりだね」
「うん。ただいま」
「相変わらず、仕事忙しいの?」
「うん。まあ、かなりね。ねえ、お母さん今日なにかちょっと機嫌悪い?」
「ちょっとどころじゃないかも? 原因はそれよ。見ればわかるでしょ?」
栞里の指さす先、机の上に置かれた一通の封筒。手に取って裏を返すと、大学時代の友人から送られてきた結婚式の招待状。これから結婚するふたりの連名がある。なるほど母のご機嫌が悪いわけだ。
「へえ……冬美もついに結婚か……」
「人のこと感心してる場合じゃないんじゃない? まあ、しばらくの間、お母さんのお小言覚悟するのね」
「そんな……他人ごとみたいに」
この歳になると、近所の幼馴染も同級生もほとんど皆、結婚していて当たり前。独り者を数えた方が早いくらいだ。人の不幸は蜜の味とばかりにニヤニヤと面白そうに笑うこの妹にですら、すでに結婚を決めた相手がいる。母にとって今や私は、社会に取り残された行き遅れ以外の何ものでもない。
「仕方ないじゃない? ここらで取り残されてるのって、おねーちゃんだけなんだから。ま、頑張るのね」
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