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§ Blue moon —Side Ryo
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ドアベルの音がして顔を向けると、外で電話をしていた女が店内を見回している。どうやらテーブル席の女の連れらしく、手招きされて軽く目を細めた。
カウンターから出てきたマスターが、ふたりの元へカクテルを運んでいく。
「瑞稀ちゃん、いつもの」
「ありがと。マスター」
静かな店内では、否応なしに彼女たちの会話が耳に入る。
一瞬会話が止まり、すぐに空のグラスを下げたマスターがカウンターへ入った。再び同じカクテルを作っている。ダブルのマティーニ。あの女はこの一瞬でこれを煽ったのか。
「電話よ。なんだったの?」
「ああ、ごめん。いつもと同じ見合の話しよ。今度は来週末だってさ。とりあえずわかりましたって返事しておいたわ」
「わかりました、って、あんた、お見合いする気なの?」
「まさか。するわけないでしょう?」
「でもさ……」
「大丈夫。すっぽかすから。どうせ見合いしたところで態度が悪いだのなんだのって叱られるだけだし、どっちにしろ叱られるだけなんだから、適当にはいはい言っておけばいいの」
親に見合を強要されているってところか。何処の親でも考えることは似たり寄ったり。ありがちな話しだ。
暇に任せてふたりの会話に耳を傾ける。口から飛び出す冷淡な言葉とは裏腹に、彼女の声は柔らかく、聞き心地がいい。
背を向けて座っているため顔を見られないのが、なんだか物足りないとまで思ってしまうほど、俺は好奇心を搔き立てられていた。
ぽん、と、肩を叩かれ顔を上げればにやけた関根がいる。俺はドアベルが鳴ったのにも気づかないほど、女たちの会話に聞き入っていたようだ。
「ぼーっとしちゃって、どうしたの?」
「いや、べつに。遅かったな」
「悪い悪い。店の前でタクシー捕まんなくってねー、表通りまで歩いちゃったよ」
どっかりと隣へ腰を下ろした関根は早速、ダブルのバーボンを喉へ流し込む。この飲み方。なにがあるのかは知らないが、今夜はとことん付き合わされそうだ。
賑やかに喋る関根に、彼女たちの話し声はかき消されてしまった。
仕事から女の話まで、脈絡もなく機関銃のように喋り続ける関根の話しをまともに聞いていたら、最後には酷い頭痛に苛まれるだけなのはわかりきっている。適当に相槌を打ちながら、聞きたいところだけを聞くほうがいい。これは、長年の付き合いで培われた。
ほどよく酔いが回ってきた頃、やっと関根の話が途切れ、ふたりの声がまたはっきりと聞こえるようになった。
「見合と見ず知らずの男に身体を売るのも同じじゃないの」
「まあねぇー。素性がわかってるかわかってないかってだけで、似たようなもんよね。結婚って言えば聞こえはいいけど、所詮は結納だの支度金だのってお金で買われるんだもん」
「家の権威や体裁を保つために娘を育てて売り飛ばすんだから、好い気なものよ」
「やっぱり、結婚は好きな相手とするもんよね」
露骨な物言いだが、間違いではない。話に聞き入っていると、関根が制止する間もなく、彼女たちの会話に割って入った。
「久しぶり。今日はふたりなんだ? なんか面白そうな話ししてるね? 俺たちも混ぜてよ」
久しぶりだなんて科白がナンパの常套句なら、漏れ聞こえた会話もまったく楽しそうではない。図々しいのかふてぶてしいのか、関根は相手の顔色なんぞお構いなし。そっちの彼女もかわいいね、と、その口も軽々しいことこの上ない。
「私はいいけど……瑞稀は?」
瑞稀と呼ばれた女が、一瞬俺に視線を向けた。迷っているのか暫く考えた後、もうひとりの女に向かって首を縦に振る。了承は取れたらしい。関根がすかさずもうひとりの女の隣へ座り込んだ。
店の視察じゃなかったのか、と、心の中で舌打ちする。やつの同類だと誤解されてはたまらないと背を向けたところで、関根に呼ばれてしまった。仕方なく、女ふたりを取り囲むように、瑞稀と呼ばれた女の隣へ腰を下ろす。
カウンターから出てきたマスターが、ふたりの元へカクテルを運んでいく。
「瑞稀ちゃん、いつもの」
「ありがと。マスター」
静かな店内では、否応なしに彼女たちの会話が耳に入る。
一瞬会話が止まり、すぐに空のグラスを下げたマスターがカウンターへ入った。再び同じカクテルを作っている。ダブルのマティーニ。あの女はこの一瞬でこれを煽ったのか。
「電話よ。なんだったの?」
「ああ、ごめん。いつもと同じ見合の話しよ。今度は来週末だってさ。とりあえずわかりましたって返事しておいたわ」
「わかりました、って、あんた、お見合いする気なの?」
「まさか。するわけないでしょう?」
「でもさ……」
「大丈夫。すっぽかすから。どうせ見合いしたところで態度が悪いだのなんだのって叱られるだけだし、どっちにしろ叱られるだけなんだから、適当にはいはい言っておけばいいの」
親に見合を強要されているってところか。何処の親でも考えることは似たり寄ったり。ありがちな話しだ。
暇に任せてふたりの会話に耳を傾ける。口から飛び出す冷淡な言葉とは裏腹に、彼女の声は柔らかく、聞き心地がいい。
背を向けて座っているため顔を見られないのが、なんだか物足りないとまで思ってしまうほど、俺は好奇心を搔き立てられていた。
ぽん、と、肩を叩かれ顔を上げればにやけた関根がいる。俺はドアベルが鳴ったのにも気づかないほど、女たちの会話に聞き入っていたようだ。
「ぼーっとしちゃって、どうしたの?」
「いや、べつに。遅かったな」
「悪い悪い。店の前でタクシー捕まんなくってねー、表通りまで歩いちゃったよ」
どっかりと隣へ腰を下ろした関根は早速、ダブルのバーボンを喉へ流し込む。この飲み方。なにがあるのかは知らないが、今夜はとことん付き合わされそうだ。
賑やかに喋る関根に、彼女たちの話し声はかき消されてしまった。
仕事から女の話まで、脈絡もなく機関銃のように喋り続ける関根の話しをまともに聞いていたら、最後には酷い頭痛に苛まれるだけなのはわかりきっている。適当に相槌を打ちながら、聞きたいところだけを聞くほうがいい。これは、長年の付き合いで培われた。
ほどよく酔いが回ってきた頃、やっと関根の話が途切れ、ふたりの声がまたはっきりと聞こえるようになった。
「見合と見ず知らずの男に身体を売るのも同じじゃないの」
「まあねぇー。素性がわかってるかわかってないかってだけで、似たようなもんよね。結婚って言えば聞こえはいいけど、所詮は結納だの支度金だのってお金で買われるんだもん」
「家の権威や体裁を保つために娘を育てて売り飛ばすんだから、好い気なものよ」
「やっぱり、結婚は好きな相手とするもんよね」
露骨な物言いだが、間違いではない。話に聞き入っていると、関根が制止する間もなく、彼女たちの会話に割って入った。
「久しぶり。今日はふたりなんだ? なんか面白そうな話ししてるね? 俺たちも混ぜてよ」
久しぶりだなんて科白がナンパの常套句なら、漏れ聞こえた会話もまったく楽しそうではない。図々しいのかふてぶてしいのか、関根は相手の顔色なんぞお構いなし。そっちの彼女もかわいいね、と、その口も軽々しいことこの上ない。
「私はいいけど……瑞稀は?」
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店の視察じゃなかったのか、と、心の中で舌打ちする。やつの同類だと誤解されてはたまらないと背を向けたところで、関根に呼ばれてしまった。仕方なく、女ふたりを取り囲むように、瑞稀と呼ばれた女の隣へ腰を下ろす。
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