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§ 不穏の兆し
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グループでの共同作業は、助けたり助けられたり。上からの要求がきつければきついほど、共通の敵に立ち向う同士としての意識が芽生え、団結力が強も強くなり、開始当初は、少し難しいかも知れないと危惧していたふたりの女の子たちとの関係も、近頃では思いのほか、いい感じになってきた。
「ううぅ、また追加?」
「仕方ないでしょう? 上の判断だもん。クライアントの要望もあるし」
「そうなんだけどさぁ。これ、また揉めそうだよね?」
白石さんが、ウンザリした顔でそう言うと、木村さんも顔を顰めた。
「あの禿げ親父、余計なこと言わなきゃいいんだけど」
「禿げ親父?」
「あれっ? 河原さん、気がついてないの? 酒井さんのあの頭!」
「木村さん、さすがに禿げは言い過ぎじゃない? まだあるもの」
「あははっ! もしかして、美香も知らないんだ?」
「え? なにを?」
「酒井さんのあの頭よ。あれね、少しずつ増えてるのよ」
「え? うそ」
「嘘じゃないって! 絶賛増毛中なのよあの頭。酒井さん、気にしてるんだろうねぇ。意味ないのに」
「うん。あの人が会社中の女の子に嫌われてるのは、髪の毛以前の問題だもんね」
ふたりとも楽しそうに言いたい放題。その気持ちはわからないでもないが。
「お喋りはそのくらいにして、資料纏めちゃいましょうよ。会議まであと、三十分しかないわよ」
「うそ、やばい! 佐藤くん、これ、コピー」
雑談しながらのんびり作業をしていたのが嘘のように、真面目な仕事モードに変わった。切り替えの早いことといったら。白石さんは資料整理、修正箇所は木村さんがささっと訂正。佐藤くんはコピー機へ走り、と、見事な連係プレイまで見せてくれる。
営業から次々と齎される仕様変更や機能追加に、会議は当然のことながら、揉める。特に、酒井さんと木村さんの攻防は苛烈を極め、これが毎度のことなのだから、取りなす周囲も大変だ。
「この追加さぁ、そっちでちゃっちゃとやっちゃってくれない?」
本日も早速、始まってしまった。
「ここはそちらで処理すべき部分だと思いますが。違いますか?」
「なんでよ? そっちで済ませろよ? 簡単でしょ?」
そちらの仕事だ。簡単なら自分でやれ、と、木村さんの目が鋭さを増す。
「しかしですね、クライアントの要望でもありますから」
「なによ? おまえら、こんなのもできないの?」
「お言葉ですが……ここはクライアントの要望ももちろんですが、ユーザーの利便性と効果の問題を優先して考えるべきかと。それですと、データの集積も必要になりますし、やはりそちらの方で作業していただくのが順当ではないかと思うのですが、いかがでしょう?」
「は? おまえ、なに言ってんの? いまさら追加なんて迷惑なんだよ。うちはやらないよ。どうしてもって言うなら、おまえらがやるか客が諦めるように説得すればいいだけじゃないの?」
酒井さんが、余分な仕事回してくるなよ、と、ブツブツ文句を言う。その様子を見ている限り、女がどうのは口実で、本当は仕事をしたくないだけではないか、と、勘ぐってしまう。
果たして会議は紛糾し、最終的にはディレクターの鶴の一声で決着を見た。不満気に顔色を悪くする酒井さんも、ディレクターに纏められてしまっては、さすがになにも言えない。
会議が終了し、ほぼ全員が出ていくと、最後に残った私たちの後ろを歩く酒井さんが、追い抜き様に小さく舌打ちし、捨て台詞を吐いた。
「ちっ! よけいなことしやがって。腰掛け女のくせに生意気なんだよ」
「なによ、あんた!」
食ってかかろうとする木村さんの腕を、私と白石さんとで掴んで止めた。
「なんだよ? 生意気を生意気と言ってなにが悪い? おまえらは俺らの言うとおりおとなしく仕事してりゃいいんだよ」
理不尽な男に対して言葉を返す意味はない。けれども私だって気分が悪いのも同じ。そういつもいつも黙って見過ごすわけにもいかずに、つい口を出してしまった。
「お言葉ですが、仕事に性別は無関係だと思います」
「そういうところが、生意気なんだよ。だから女は……ああ、でも、違うな。おまえのその顔じゃあ、女のウチにも入らないか」
勝ち誇ったように私を嘲笑う。
その言葉を聞き、さらにヒートアップする木村さんは、今にも飛び掛かりそうな勢いで。ああもう、仕方がない。
「酒井さん、子どもの頃に、自分が嫌なことは他人にしてはいけません、って、親御さんに教えられませんでした?」
身体的な欠点を攻撃するのは不本意だが、ニッコリ笑って彼の頭にチラリと目をやった。
自分が気にしていることに関しては、誰でも敏感なもの。私の視線と意図に気づいたその顔が、瞬時に赤く染まる。怒りに言葉を無くした酒井さんは、私を憎々しげに睨みつけると、無言で会議室から出ていった。
「ううぅ、また追加?」
「仕方ないでしょう? 上の判断だもん。クライアントの要望もあるし」
「そうなんだけどさぁ。これ、また揉めそうだよね?」
白石さんが、ウンザリした顔でそう言うと、木村さんも顔を顰めた。
「あの禿げ親父、余計なこと言わなきゃいいんだけど」
「禿げ親父?」
「あれっ? 河原さん、気がついてないの? 酒井さんのあの頭!」
「木村さん、さすがに禿げは言い過ぎじゃない? まだあるもの」
「あははっ! もしかして、美香も知らないんだ?」
「え? なにを?」
「酒井さんのあの頭よ。あれね、少しずつ増えてるのよ」
「え? うそ」
「嘘じゃないって! 絶賛増毛中なのよあの頭。酒井さん、気にしてるんだろうねぇ。意味ないのに」
「うん。あの人が会社中の女の子に嫌われてるのは、髪の毛以前の問題だもんね」
ふたりとも楽しそうに言いたい放題。その気持ちはわからないでもないが。
「お喋りはそのくらいにして、資料纏めちゃいましょうよ。会議まであと、三十分しかないわよ」
「うそ、やばい! 佐藤くん、これ、コピー」
雑談しながらのんびり作業をしていたのが嘘のように、真面目な仕事モードに変わった。切り替えの早いことといったら。白石さんは資料整理、修正箇所は木村さんがささっと訂正。佐藤くんはコピー機へ走り、と、見事な連係プレイまで見せてくれる。
営業から次々と齎される仕様変更や機能追加に、会議は当然のことながら、揉める。特に、酒井さんと木村さんの攻防は苛烈を極め、これが毎度のことなのだから、取りなす周囲も大変だ。
「この追加さぁ、そっちでちゃっちゃとやっちゃってくれない?」
本日も早速、始まってしまった。
「ここはそちらで処理すべき部分だと思いますが。違いますか?」
「なんでよ? そっちで済ませろよ? 簡単でしょ?」
そちらの仕事だ。簡単なら自分でやれ、と、木村さんの目が鋭さを増す。
「しかしですね、クライアントの要望でもありますから」
「なによ? おまえら、こんなのもできないの?」
「お言葉ですが……ここはクライアントの要望ももちろんですが、ユーザーの利便性と効果の問題を優先して考えるべきかと。それですと、データの集積も必要になりますし、やはりそちらの方で作業していただくのが順当ではないかと思うのですが、いかがでしょう?」
「は? おまえ、なに言ってんの? いまさら追加なんて迷惑なんだよ。うちはやらないよ。どうしてもって言うなら、おまえらがやるか客が諦めるように説得すればいいだけじゃないの?」
酒井さんが、余分な仕事回してくるなよ、と、ブツブツ文句を言う。その様子を見ている限り、女がどうのは口実で、本当は仕事をしたくないだけではないか、と、勘ぐってしまう。
果たして会議は紛糾し、最終的にはディレクターの鶴の一声で決着を見た。不満気に顔色を悪くする酒井さんも、ディレクターに纏められてしまっては、さすがになにも言えない。
会議が終了し、ほぼ全員が出ていくと、最後に残った私たちの後ろを歩く酒井さんが、追い抜き様に小さく舌打ちし、捨て台詞を吐いた。
「ちっ! よけいなことしやがって。腰掛け女のくせに生意気なんだよ」
「なによ、あんた!」
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「なんだよ? 生意気を生意気と言ってなにが悪い? おまえらは俺らの言うとおりおとなしく仕事してりゃいいんだよ」
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「お言葉ですが、仕事に性別は無関係だと思います」
「そういうところが、生意気なんだよ。だから女は……ああ、でも、違うな。おまえのその顔じゃあ、女のウチにも入らないか」
勝ち誇ったように私を嘲笑う。
その言葉を聞き、さらにヒートアップする木村さんは、今にも飛び掛かりそうな勢いで。ああもう、仕方がない。
「酒井さん、子どもの頃に、自分が嫌なことは他人にしてはいけません、って、親御さんに教えられませんでした?」
身体的な欠点を攻撃するのは不本意だが、ニッコリ笑って彼の頭にチラリと目をやった。
自分が気にしていることに関しては、誰でも敏感なもの。私の視線と意図に気づいたその顔が、瞬時に赤く染まる。怒りに言葉を無くした酒井さんは、私を憎々しげに睨みつけると、無言で会議室から出ていった。
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