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§ 悪魔降臨
02
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今回の出向先は初めての取引相手で、参加プロジェクトは、他社と合同での受注案件だ。仕事の性質上、うちの会社で請け負っている作業部分は多く、私自身の作業はもとより、同行や指示出しなど、ディレクター補佐のような役割をも必要とされるため、常駐案件となった。
本音を言えば、常駐は苦手だ。しかし、他に適任者がいないため、仕方なく私が担当することとなった。またしてもオーバーワーク。泣ける。
オフィスビルに入ると、ロビーで啓が待っていた。私を見つけるとすぐに、お得意の甘い笑顔で近寄ってくる。
「おっ? 今日はまた一段と……」
「なに?」
しっかり化けたな、と、言いたいだけでしょう。
「いや……」
「言わなくていいよ、わかるから。時間がもったいないわ。会議の前にさっさと打ち合わせ済ませない?」
無駄話はいらない、と、切って捨てられた啓の不満そうな顔を横目で見ながら、ロビーの隅にあるソファに座る。資料に一通り目を通していくつかの曖昧事項を確認。その後、クライアントのフロアへ移動し、会議室に入った。
会議開始には少し早いが、中央のいくつか以外、椅子はすべて埋まっている。プロジェクトに関わる人数は、ざっと見たところ、私たち外部作業者を除くと十数名といったところか。この業界は、圧倒的に男性優位。毎度のことながら、今回のプロジェクトにも女性は少なく、ほぼ男性ばかり。今回のプロジェクトに入る女性は、私を含めても四人だけらしい。
会議室の隅でふたり並び、ちらちらとこちらを見ては話し込んでいる同年代らしい女性たちは、ここの社員だろう。そのひとつ離れた席にはもうひとり、眼鏡をかけた神経質そうな女性が、黙々と資料をめくっている。
その他は、初々しくかわいい男子からバーコードおじさんまでと、男性陣の年代はバラバラだ。それぞれ小さなグループに分かれ、ひそひそと話をしている。
様々な企業との仕事を重ねていると、社内の雰囲気や人々の様子で、プロジェクトの進行具合が、なんとなく予測できるようになる。
会議室のメンツをざっと眺めながら、これはちょっと面倒くさそうな仕事になるかも知れない、と、啓と目で合図を交わした。
ドアが開き、バタバタと数人入室してきた。彼らが今回の指揮者か、と、順番に顔色を確認する。そして、そのうちのひとり、上座に座った男性に、私の目が釘付けになった。
人違いは有り得ない。その人は、紛れもなく、あの日のあの男——松本亮だ。
会議が始まり、プロジェクトマネージャーの長い話の後、松本亮が立ち上がった。注目している人々の顔をひとりひとり見渡していく。一瞬、私に視線が止まったのは、勘違いだと思いたい。
気づかれるわけがない。動揺を押し隠すのが精一杯で、その後の内容なんて、まったく頭に入ってこなかった。
会議は何事もなく終了し、数人ずつの塊が話ながら、ばらばらと会議室を出て行く。
「瑞稀?」
呼ばれて我に返った。
「どうした? おまえ、顔色悪いぞ?」
啓が心配そうに、私の顔を覗き込んでいる。
「そう? べつに」
平静を装うのは、得意だ。
「昼飯食うの、忘れるなよ」
私の肩をぽんっと叩き、啓は会社へ戻っていった。
*
広く見通しのいいオフィス内は、作業グループ毎の島になっている。私のデスクから程近い場所には、プロジェクトリーダーであるあの男のデスクがあり、そこからは私が丸見えだ。
私のいる島には、女の子ふたりと若い男の子。簡単に挨拶を交わした。
男の子は、一年生社員の佐藤くん。細身でショートボブの女の子が、木村ゆかりさん。レイヤーの入ったロングヘアは白石美香さん。ふたりとも二十五歳、ふたつ年下だ。
仕事に取りかかる前の準備に追われているともう昼だ。女の子ふたりは、ランチのグループがあるのだろう、楽しげに外へ出て行き、残った坊やを社交辞令で誘ってみたが、予想に違わず、あっさりお断りされてしまった。
初対面、しかもこの顔の年上女性と連れ立ち、賑わうオフィス街へ繰り出そうと思う若い男の子なんているわけがない。もしいるとしたら、余程のお人好しか、頭のネジが飛んでいるかのどちらかに決まっている。
食欲はなかったが、慣れないオフィスにひとり残るのも落ち着かない。仕方なく、外をぶらつき、適当な喫茶店に入った。
本音を言えば、常駐は苦手だ。しかし、他に適任者がいないため、仕方なく私が担当することとなった。またしてもオーバーワーク。泣ける。
オフィスビルに入ると、ロビーで啓が待っていた。私を見つけるとすぐに、お得意の甘い笑顔で近寄ってくる。
「おっ? 今日はまた一段と……」
「なに?」
しっかり化けたな、と、言いたいだけでしょう。
「いや……」
「言わなくていいよ、わかるから。時間がもったいないわ。会議の前にさっさと打ち合わせ済ませない?」
無駄話はいらない、と、切って捨てられた啓の不満そうな顔を横目で見ながら、ロビーの隅にあるソファに座る。資料に一通り目を通していくつかの曖昧事項を確認。その後、クライアントのフロアへ移動し、会議室に入った。
会議開始には少し早いが、中央のいくつか以外、椅子はすべて埋まっている。プロジェクトに関わる人数は、ざっと見たところ、私たち外部作業者を除くと十数名といったところか。この業界は、圧倒的に男性優位。毎度のことながら、今回のプロジェクトにも女性は少なく、ほぼ男性ばかり。今回のプロジェクトに入る女性は、私を含めても四人だけらしい。
会議室の隅でふたり並び、ちらちらとこちらを見ては話し込んでいる同年代らしい女性たちは、ここの社員だろう。そのひとつ離れた席にはもうひとり、眼鏡をかけた神経質そうな女性が、黙々と資料をめくっている。
その他は、初々しくかわいい男子からバーコードおじさんまでと、男性陣の年代はバラバラだ。それぞれ小さなグループに分かれ、ひそひそと話をしている。
様々な企業との仕事を重ねていると、社内の雰囲気や人々の様子で、プロジェクトの進行具合が、なんとなく予測できるようになる。
会議室のメンツをざっと眺めながら、これはちょっと面倒くさそうな仕事になるかも知れない、と、啓と目で合図を交わした。
ドアが開き、バタバタと数人入室してきた。彼らが今回の指揮者か、と、順番に顔色を確認する。そして、そのうちのひとり、上座に座った男性に、私の目が釘付けになった。
人違いは有り得ない。その人は、紛れもなく、あの日のあの男——松本亮だ。
会議が始まり、プロジェクトマネージャーの長い話の後、松本亮が立ち上がった。注目している人々の顔をひとりひとり見渡していく。一瞬、私に視線が止まったのは、勘違いだと思いたい。
気づかれるわけがない。動揺を押し隠すのが精一杯で、その後の内容なんて、まったく頭に入ってこなかった。
会議は何事もなく終了し、数人ずつの塊が話ながら、ばらばらと会議室を出て行く。
「瑞稀?」
呼ばれて我に返った。
「どうした? おまえ、顔色悪いぞ?」
啓が心配そうに、私の顔を覗き込んでいる。
「そう? べつに」
平静を装うのは、得意だ。
「昼飯食うの、忘れるなよ」
私の肩をぽんっと叩き、啓は会社へ戻っていった。
*
広く見通しのいいオフィス内は、作業グループ毎の島になっている。私のデスクから程近い場所には、プロジェクトリーダーであるあの男のデスクがあり、そこからは私が丸見えだ。
私のいる島には、女の子ふたりと若い男の子。簡単に挨拶を交わした。
男の子は、一年生社員の佐藤くん。細身でショートボブの女の子が、木村ゆかりさん。レイヤーの入ったロングヘアは白石美香さん。ふたりとも二十五歳、ふたつ年下だ。
仕事に取りかかる前の準備に追われているともう昼だ。女の子ふたりは、ランチのグループがあるのだろう、楽しげに外へ出て行き、残った坊やを社交辞令で誘ってみたが、予想に違わず、あっさりお断りされてしまった。
初対面、しかもこの顔の年上女性と連れ立ち、賑わうオフィス街へ繰り出そうと思う若い男の子なんているわけがない。もしいるとしたら、余程のお人好しか、頭のネジが飛んでいるかのどちらかに決まっている。
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