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§ 一夜だけの男
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ジュッと音を立てとけた肉の油が落ちる。小夜さん秘伝、熟成タレが揉み込まれた肉の焼ける香ばしい匂い。この匂いだけでもご飯が進みそうだ。焼けたばかりの熱々肉に青じそを巻いて付けダレを絡ませ、豪快に口へ放り込む。
うーん。うまい。
上質な和肉の甘み。甘辛ダレと爽やかな青じそが醸し出す得も言われぬハーモニー。空腹でこんなものを味わってしまったら、私の食欲は天にも昇ってしまいそうだ。
「ねえ瑞稀」
ぎくっ。
私のグラスに赤ワインを注ぎ、ニッコリ満面の笑みを浮かべた、その口から次に出てくる言葉が恐い。
「ねえ、あんたたち、あれからどうしたの?」
小夜さん……。
ご機嫌で霜降り和牛を大盤振る舞いした挙げ句、あんたたち、と、わざわざ複数形で言うのは、つまり、あなたの為出かしてくださったコトの自覚は、あるわけですね?
「あれから?」
「そう、あれから。わたしたちが引き上げた後のことよ」
しゃくしゃくと、もやしを咀嚼する。小夜のタレは野菜にもよく合う。
「言わない気?」
「べつに。特別なことは無いもの。ふたりで飲んだだけ」
「それで?」
「部屋に泊めてもらって、朝はシャワー借りた」
嘘ではない。
「それから?」
「朝食ごちそうになって、駅まで送ってもらいました」
どこの駅とは、言えませんが。
「それだけ?」
「うん。それだけ」
他はなんにも、覚えていないし。
焦れったい。洗い浚い正直に白状しろ。言葉にしなくても、小夜の全身から発せられるオーラがそう言っている。
もったいない。早く食べないと、小皿に取ったお肉が冷めるのに。
「ふたりで飲んだのね? 彼の部屋に泊まったのね? だったらさ、朝起きるまでの時間は?」
猫なで声で訊くこの女が私になにを言わせたいのか、そんなことはわかりきっているけれど、誰が喋ってなんかやるものか。
「寝ていたから知らない」
平静を装い、ワイングラスを口元へ運ぶ。うん。芳醇。ワインも奮発したのね。
「ふざけないで! 男と女が一晩一つ屋根の下で過ごしてなんにもないわけがないでしょう? 私は、やることやったのか? って訊いてるの! 惚けるんじゃないわよ」
「だって、知らないものは、知らないし……」
のらりくらりと躱していると思われようが、ふざけていると思われようが、本当に知らないものは知らないのだ——体感的な自覚は、あるといえば、あるけれど、口を割る気は無い。
「みずきぃ?」
「怒らないでよ。嘘じゃないの。知らないものは、知らないんだから。知らない以外、なにを言えばいいっていうのよ?」
「知らないって、あんた……」
鉄板の肉をひっくり返す箸が、ぴたと止まる。
「え? あ? あんた、もしかして……酔っ払って記憶無しとか言わないわよね? うそぉ、そんなことって、あり?」
自己完結した小夜が、真顔で頷く私に向かって箸を放り投げて仰け反った。
「信じらんない! あんた、ホントになんにも覚えてないの?」
私の酒量を小夜はよく知っている。もちろん、小夜の前は疎か、過去の飲酒経験に於いても、一度たりとも飲み過ぎて記憶を失った経験は、無い。
「……呆れちゃう。あんたがお酒で記憶を無くすなんて」
「まあまあ、もう終わったことだしいいじゃないの、ね? さ、さ、お肉食べよう。小夜がせっかく奮発してくれたのに。冷めちゃったらもったいないもん」
「言われなくても、食べるわよ」
ヘラヘラと下手に出る私が差し出す箸を、小夜は毟り取った。
うーん。うまい。
上質な和肉の甘み。甘辛ダレと爽やかな青じそが醸し出す得も言われぬハーモニー。空腹でこんなものを味わってしまったら、私の食欲は天にも昇ってしまいそうだ。
「ねえ瑞稀」
ぎくっ。
私のグラスに赤ワインを注ぎ、ニッコリ満面の笑みを浮かべた、その口から次に出てくる言葉が恐い。
「ねえ、あんたたち、あれからどうしたの?」
小夜さん……。
ご機嫌で霜降り和牛を大盤振る舞いした挙げ句、あんたたち、と、わざわざ複数形で言うのは、つまり、あなたの為出かしてくださったコトの自覚は、あるわけですね?
「あれから?」
「そう、あれから。わたしたちが引き上げた後のことよ」
しゃくしゃくと、もやしを咀嚼する。小夜のタレは野菜にもよく合う。
「言わない気?」
「べつに。特別なことは無いもの。ふたりで飲んだだけ」
「それで?」
「部屋に泊めてもらって、朝はシャワー借りた」
嘘ではない。
「それから?」
「朝食ごちそうになって、駅まで送ってもらいました」
どこの駅とは、言えませんが。
「それだけ?」
「うん。それだけ」
他はなんにも、覚えていないし。
焦れったい。洗い浚い正直に白状しろ。言葉にしなくても、小夜の全身から発せられるオーラがそう言っている。
もったいない。早く食べないと、小皿に取ったお肉が冷めるのに。
「ふたりで飲んだのね? 彼の部屋に泊まったのね? だったらさ、朝起きるまでの時間は?」
猫なで声で訊くこの女が私になにを言わせたいのか、そんなことはわかりきっているけれど、誰が喋ってなんかやるものか。
「寝ていたから知らない」
平静を装い、ワイングラスを口元へ運ぶ。うん。芳醇。ワインも奮発したのね。
「ふざけないで! 男と女が一晩一つ屋根の下で過ごしてなんにもないわけがないでしょう? 私は、やることやったのか? って訊いてるの! 惚けるんじゃないわよ」
「だって、知らないものは、知らないし……」
のらりくらりと躱していると思われようが、ふざけていると思われようが、本当に知らないものは知らないのだ——体感的な自覚は、あるといえば、あるけれど、口を割る気は無い。
「みずきぃ?」
「怒らないでよ。嘘じゃないの。知らないものは、知らないんだから。知らない以外、なにを言えばいいっていうのよ?」
「知らないって、あんた……」
鉄板の肉をひっくり返す箸が、ぴたと止まる。
「え? あ? あんた、もしかして……酔っ払って記憶無しとか言わないわよね? うそぉ、そんなことって、あり?」
自己完結した小夜が、真顔で頷く私に向かって箸を放り投げて仰け反った。
「信じらんない! あんた、ホントになんにも覚えてないの?」
私の酒量を小夜はよく知っている。もちろん、小夜の前は疎か、過去の飲酒経験に於いても、一度たりとも飲み過ぎて記憶を失った経験は、無い。
「……呆れちゃう。あんたがお酒で記憶を無くすなんて」
「まあまあ、もう終わったことだしいいじゃないの、ね? さ、さ、お肉食べよう。小夜がせっかく奮発してくれたのに。冷めちゃったらもったいないもん」
「言われなくても、食べるわよ」
ヘラヘラと下手に出る私が差し出す箸を、小夜は毟り取った。
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