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§ それは、ホントに不可抗力で。
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昨夜の夢は、ウニ丼を目の前で奪われる悲惨なもの。
丼から溢れんばかりのバフンウニに生醤油を垂らし、生唾を飲み込みつつ箸を持つ。いざ、丼に手をかけたところで、向かい側からにゅっと手が伸びてきて、丼を奪われた。大口を開け、私の大切なウニを光り輝く銀シャリとともに頬張る、にっくき野郎はなんと、勝ち誇り黒い笑みを浮かべた、小林尊。
手に残った箸で刺し殺すくらいでは気が済まない。食べ物の恨みは怖いのだ。この恨み、晴らさでおくものか。
「関口さん、怖い顔してなに考えてんっすか?」
怪訝そうに私の顔を覗き込むのは、大沢智成。
「……今度はいったいなんのご用ですか?」
「だからぁ! さっきから何度も言ってんじゃないっすか。行きましょうよ、映画。プレミア試写会なんっすよ! ナマ葉月ちゃん、舞台挨拶っすよ!」
プレミア試写会がどうした。舞台挨拶のナントカちゃんがそんなにかわいくて気になるなら、同じ嗜好の男子でも誘って行けばいいではないか。
「それでしたら、何度もおことわり……」
「せっかくのお休みなんだから、俺とデートしましょうよ。どうせひとりで暇なんでしょ? だったらいいじゃないっすか。ねっ?」
小首を傾げ、笑みを浮かべて懇願する様は、さすが王子と唸りたくはなる。だがこいつのその口、何気に失礼だな。
一瞬俯き、ふっと息を吐いて顔を上げ、大沢を見つめた。
「わかりました。でしたら、なぜご一緒できないのか……、私の秘密をお教えしましょう」
クイクイと人差し指で合図すると、大沢が嬉しそうに目を輝かせて身を乗り出した。誰に聞こえるわけでもないが、故意に声を落とし、その耳元でささやく。
「じつは私、結婚してるんですよ」
一瞬仰け反った大沢が、目を見開き、口をポカンと開ける。数秒の間のあと、顔をくしゃっと歪めた。
「ちょっ……やだ、そんなわけ……わっはははははは」
体を揺すり大爆笑して目に涙を浮かべている大沢を見る私の目は、完全に冷めきっている。
「…………」
私が結婚しているのがそんなにおかしいか……。
「クックッ……、関口さんが結婚してるなんて、そんな見え透いた嘘、誰も信じないっすよ」
大沢に笑い飛ばされた結婚の事実。自分だっていまだ信じられない気持ちもあるにはあるから、理解はできるが……。ほかの誰もが同じ反応をするのであろうと容易に想像が付くところが、なんだか悔しい。
本当のことなんだけれども。
「ねえ、関口さん、いいかげんOKしてくださいよー」
「申しわけないんですが、本当に無理なんですよ」
しつこいぞ、大沢。
怒鳴りつけたい気持ちを怺え、わざとらしい笑みを張り付けていることに、いいかげん気づけよ。
こんなはずではなかった。静かな環境でのんびりできるはずの倉庫勤務が、上に居るより騒がしくて疲れるなんて。
ガチャッと小さな音を立てて、ドアが開く。まただよ。次は誰だよと顔を向けるとそれは、怖い顔をした、佳恵である。
一難去って……ではなくて、さらにまた一難追加。
「佳恵?」
「大沢あんた、余裕ね? 報告書と見積もりはもうできたんだ?」
瞬時に顔色を変えた大沢の口から「げっ」と、小さいがはっきりとした声が聞こえた。弁解にもならない弁解をブツブツと並べ立てながら、佳恵の脇をすり抜けていく大沢のその慌てようはおかしいが、次の矛先は私。のんきに笑っている場合ではない。
大沢の姿が消えると、ドア枠に寄りかかり腕組みをして私を睨んでいた佳恵が、姿勢を戻しゆっくりと近づいてきた。
「出張はどうしたの? 週末帰りじゃなかったっけ?」
「て、ん、ご、く、の住み心地はどうよ?」
いきなり本題、しかも、すべてお見通しです。
丼から溢れんばかりのバフンウニに生醤油を垂らし、生唾を飲み込みつつ箸を持つ。いざ、丼に手をかけたところで、向かい側からにゅっと手が伸びてきて、丼を奪われた。大口を開け、私の大切なウニを光り輝く銀シャリとともに頬張る、にっくき野郎はなんと、勝ち誇り黒い笑みを浮かべた、小林尊。
手に残った箸で刺し殺すくらいでは気が済まない。食べ物の恨みは怖いのだ。この恨み、晴らさでおくものか。
「関口さん、怖い顔してなに考えてんっすか?」
怪訝そうに私の顔を覗き込むのは、大沢智成。
「……今度はいったいなんのご用ですか?」
「だからぁ! さっきから何度も言ってんじゃないっすか。行きましょうよ、映画。プレミア試写会なんっすよ! ナマ葉月ちゃん、舞台挨拶っすよ!」
プレミア試写会がどうした。舞台挨拶のナントカちゃんがそんなにかわいくて気になるなら、同じ嗜好の男子でも誘って行けばいいではないか。
「それでしたら、何度もおことわり……」
「せっかくのお休みなんだから、俺とデートしましょうよ。どうせひとりで暇なんでしょ? だったらいいじゃないっすか。ねっ?」
小首を傾げ、笑みを浮かべて懇願する様は、さすが王子と唸りたくはなる。だがこいつのその口、何気に失礼だな。
一瞬俯き、ふっと息を吐いて顔を上げ、大沢を見つめた。
「わかりました。でしたら、なぜご一緒できないのか……、私の秘密をお教えしましょう」
クイクイと人差し指で合図すると、大沢が嬉しそうに目を輝かせて身を乗り出した。誰に聞こえるわけでもないが、故意に声を落とし、その耳元でささやく。
「じつは私、結婚してるんですよ」
一瞬仰け反った大沢が、目を見開き、口をポカンと開ける。数秒の間のあと、顔をくしゃっと歪めた。
「ちょっ……やだ、そんなわけ……わっはははははは」
体を揺すり大爆笑して目に涙を浮かべている大沢を見る私の目は、完全に冷めきっている。
「…………」
私が結婚しているのがそんなにおかしいか……。
「クックッ……、関口さんが結婚してるなんて、そんな見え透いた嘘、誰も信じないっすよ」
大沢に笑い飛ばされた結婚の事実。自分だっていまだ信じられない気持ちもあるにはあるから、理解はできるが……。ほかの誰もが同じ反応をするのであろうと容易に想像が付くところが、なんだか悔しい。
本当のことなんだけれども。
「ねえ、関口さん、いいかげんOKしてくださいよー」
「申しわけないんですが、本当に無理なんですよ」
しつこいぞ、大沢。
怒鳴りつけたい気持ちを怺え、わざとらしい笑みを張り付けていることに、いいかげん気づけよ。
こんなはずではなかった。静かな環境でのんびりできるはずの倉庫勤務が、上に居るより騒がしくて疲れるなんて。
ガチャッと小さな音を立てて、ドアが開く。まただよ。次は誰だよと顔を向けるとそれは、怖い顔をした、佳恵である。
一難去って……ではなくて、さらにまた一難追加。
「佳恵?」
「大沢あんた、余裕ね? 報告書と見積もりはもうできたんだ?」
瞬時に顔色を変えた大沢の口から「げっ」と、小さいがはっきりとした声が聞こえた。弁解にもならない弁解をブツブツと並べ立てながら、佳恵の脇をすり抜けていく大沢のその慌てようはおかしいが、次の矛先は私。のんきに笑っている場合ではない。
大沢の姿が消えると、ドア枠に寄りかかり腕組みをして私を睨んでいた佳恵が、姿勢を戻しゆっくりと近づいてきた。
「出張はどうしたの? 週末帰りじゃなかったっけ?」
「て、ん、ご、く、の住み心地はどうよ?」
いきなり本題、しかも、すべてお見通しです。
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