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§ 嵐の前のひと騒ぎ。
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ピロピロと聞こえるアラームを手探りで止め、目を閉じたままのっそりと上体を起こした。
ダルい。
週末までみっちりと振り回された一週間の疲れを引きずったまま、今週を過ごさなければならないのかと思うと、ため息しか出ない。
それでも日常は待ってくれない。ベッドから降りてシャワーを浴び、なんとか身支度を整え、すでにポットに蓄えられているコーヒーをマグカップに注ぎ、ひとくち啜った。
『大型で強い台風十一号は時速五十キロで北東方向へ進み、午前九時頃には紀伊半島沖へ達し、その後はさらに速度を上げて夜半には関東地方へ上陸の恐れが…………』
「台風来るのか……」
テレビの画面には、台風の進路予測図が映し出されている。
週明けから身も心もどんよりしていれば、天気までもが最悪。
すまし顔で天気解説を続ける気象予報士を横目に、この一週間をなんとか平穏無事に過ごせますようにと祈りつつベランダに出て、物干し竿を畳み、観葉植物を室内へ取り込んだ。
会社までは徒歩十五分ほど。帰宅時の天候悪化を考慮し、長傘を持ち出社。
始業前のおしゃべりも仕事も、平常運転。
もしかしたら、多少面倒な人間関係はあっても、退社後や休日より淡々とルーチンワークを熟していればそれでいい会社に居るほうが楽なのではないか、と、錯覚しそうになる。
生あくびを噛み殺し、首を左右に傾けて肩のストレッチをしていると、受話器を置いてこちらを向いた篠塚課長と目が合った。
「関口さん、ちょっと来てくれるかな」
課長が怪訝そうな顔をしながら、私を呼ぶ。
なんだろう。トラブルだろうか。
私が名指しで呼ばれるなんぞ、めったにあることではない。皆がなにごとかとざわめく中、疲れた頭と体を引きずり課長のデスクへ赴いた。
「関口さん、小林統括部長は知ってるね? 君に話があるそうだ」
「はい?」と、首を傾げる私に課長がたたみかける。
「……開発部の小林統括部長だよ? 君、知らないの?」
「あの……開発部の小林統括部長ってもしかして……、無駄にキレイな顔をしたやたらとガン飛ばす目つきの悪いあのオジサンのことですか?」
瞬時に緊張が走った室内の空気と、ブハッと噴き出す声を背中で聞いて正気に返る。
シマッタ。心の声が。
「ごほっ……関口さん、君……」
「す、すみません!」
睡眠不足で頭が回らず、思ってもいないことが勝手に口から出てしまいましたと言い訳をしても、ひとたび出てしまった言葉は、取り返しがつかない。
小林統括部長はその美貌もさることながら、そもそも会社の偉い人。その上、仕事の鬼で怖い厳しいと有名だ。
名指しで呼び出されるなんて、絶対にタダでは済まない。絶対になにかマズイコトをやらかしているに違いない、ひょっとしてクビかと、背後でひそひそと話す声が。
「こほっ。まあ、とにかく、言葉には気をつけなさい」
「……はい。申しわけありません」
七十度の角度で頭を下げれば、その頭上から課長の真面目くさった作り声が降ってくる。
「それで……話は戻るが、小林統括部長が君に話があるそうだ。いますぐ九階の彼のオフィスへ行きなさい」
「……わかりました。すぐに伺います」
私の失言がそんなにおもしろかったのか、笑い過ぎて涙を拭う田中先輩、ニヤリと薄気味悪く笑う江崎や、好奇心を剥き出しにした美香たちの視線に見送られ、私は緊張の面持ちで九階へ向かった。
ダルい。
週末までみっちりと振り回された一週間の疲れを引きずったまま、今週を過ごさなければならないのかと思うと、ため息しか出ない。
それでも日常は待ってくれない。ベッドから降りてシャワーを浴び、なんとか身支度を整え、すでにポットに蓄えられているコーヒーをマグカップに注ぎ、ひとくち啜った。
『大型で強い台風十一号は時速五十キロで北東方向へ進み、午前九時頃には紀伊半島沖へ達し、その後はさらに速度を上げて夜半には関東地方へ上陸の恐れが…………』
「台風来るのか……」
テレビの画面には、台風の進路予測図が映し出されている。
週明けから身も心もどんよりしていれば、天気までもが最悪。
すまし顔で天気解説を続ける気象予報士を横目に、この一週間をなんとか平穏無事に過ごせますようにと祈りつつベランダに出て、物干し竿を畳み、観葉植物を室内へ取り込んだ。
会社までは徒歩十五分ほど。帰宅時の天候悪化を考慮し、長傘を持ち出社。
始業前のおしゃべりも仕事も、平常運転。
もしかしたら、多少面倒な人間関係はあっても、退社後や休日より淡々とルーチンワークを熟していればそれでいい会社に居るほうが楽なのではないか、と、錯覚しそうになる。
生あくびを噛み殺し、首を左右に傾けて肩のストレッチをしていると、受話器を置いてこちらを向いた篠塚課長と目が合った。
「関口さん、ちょっと来てくれるかな」
課長が怪訝そうな顔をしながら、私を呼ぶ。
なんだろう。トラブルだろうか。
私が名指しで呼ばれるなんぞ、めったにあることではない。皆がなにごとかとざわめく中、疲れた頭と体を引きずり課長のデスクへ赴いた。
「関口さん、小林統括部長は知ってるね? 君に話があるそうだ」
「はい?」と、首を傾げる私に課長がたたみかける。
「……開発部の小林統括部長だよ? 君、知らないの?」
「あの……開発部の小林統括部長ってもしかして……、無駄にキレイな顔をしたやたらとガン飛ばす目つきの悪いあのオジサンのことですか?」
瞬時に緊張が走った室内の空気と、ブハッと噴き出す声を背中で聞いて正気に返る。
シマッタ。心の声が。
「ごほっ……関口さん、君……」
「す、すみません!」
睡眠不足で頭が回らず、思ってもいないことが勝手に口から出てしまいましたと言い訳をしても、ひとたび出てしまった言葉は、取り返しがつかない。
小林統括部長はその美貌もさることながら、そもそも会社の偉い人。その上、仕事の鬼で怖い厳しいと有名だ。
名指しで呼び出されるなんて、絶対にタダでは済まない。絶対になにかマズイコトをやらかしているに違いない、ひょっとしてクビかと、背後でひそひそと話す声が。
「こほっ。まあ、とにかく、言葉には気をつけなさい」
「……はい。申しわけありません」
七十度の角度で頭を下げれば、その頭上から課長の真面目くさった作り声が降ってくる。
「それで……話は戻るが、小林統括部長が君に話があるそうだ。いますぐ九階の彼のオフィスへ行きなさい」
「……わかりました。すぐに伺います」
私の失言がそんなにおもしろかったのか、笑い過ぎて涙を拭う田中先輩、ニヤリと薄気味悪く笑う江崎や、好奇心を剥き出しにした美香たちの視線に見送られ、私は緊張の面持ちで九階へ向かった。
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