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わたしだって恋をする。
弐
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「それから、こちらが先日視察に行かれた亀屋旅館本館のリノベーション案件になります。まずこれが、企画開発部から上がってきた最終の予算案です。什器その他の見積もりは大山製作所と田代総本店からいただいております。別紙を添付してありますので念のためご確認をお願いします。次にこちらが、榊原設計と井川設計からの提案書です。明日の企画開発部での検討会議までに目を通しておいてください。大貫建設里中会長との会食は十九時から。こちらは社長も同席可能となりました。場所は予定どおり伊豆屋の離れを抑えてあります。それと、本日届いた専務宛の郵便物はこちらになります。それからこちらなのですが……」
「なによ? まだあるの?」
先に渡した本日決済分の書類に目を通しながら、頷いていた専務が眉を顰め、少々うんざりした風情を醸しつつ、デスクの前に立つわたしを見上げる。
「はい。それが……これは秘書課気付でわたし宛に届いた郵便物なのですが。中身にちょっと問題があるようで、一応専務にご確認いただいたほうがよいかと思いまして」
これなのですが、と、見た目は何の変哲もない白い洋型封筒を差し出すと、訝しげな顔をして封を開けて中身を引き出した専務が一瞬目を見開き、手に持っているそれをデスクへ放った。
投げ出され、ばらばらになったそこには、何時如何なる状況で撮影されたものだろう、専務と妙齢の女性が艶めかしい浴衣姿で抱き合っている姿があった。
「…………」
恐る恐るといった風情でわたしを見上げる専務を正面から見据え微笑んだ。
「この件について、ご説明いただいても? もちろん、専務のご都合がよろしければ、ですが」
嫌ならべつに言わなくていいのよ、と暗に滲ませると、専務はやはり狼狽し顔色を悪くする。
「う、浮気はしてない」
「そんなこと訊いてません」
「疑わないの?」
思わせぶりに浮気を追求する振りをしつつ、その実、疑いなんてこれっぽっちももっていなくて。だいたい、女嫌いの専務がこの期に及んで浮気だなんて、有り得なさ過ぎてちゃんちゃらおかしいだろう。
だがしかし、こんな写真を撮られる隙を作った専務には、お仕置きが必要だ。
「疑ったほうがいいですか?」
口から飛び出す嫌みも滑らか。なにこれ、かなり楽しいかも。
「……いや、そういうわけじゃ」
と、言いつつも、青かった顔は赤くなり、ついでに唇も尖っていく。
「この写真の女性に心当たりはございますか?」
——抱き合っているのだもの。ないわけないよね。
少しの沈黙のあと、専務がきまり悪そうに口を開いた。
「……いがわ……井川結衣」
「井川結衣……井川設計さんの方ですか? 先日、亀屋の視察でご一緒だった」
「……ああ、そうだ。井川の営業だよ」
「では、この写真は……」
「亀屋で風呂上がりに待ち伏せされて……その時に撮られたんだろう」
待ち伏せ、ね?
「一方的に抱きつかれたんですか? 専務には疚しいところは、ない、と仰る?」
「だ、か、ら! 浮気じゃないってば!」
そんなに一生懸命否定しなくてもいいのに。
「ご心配なく。べつに、疑ってなんていませんよ」
「ほんとに?」
「本当です」
あからさまにホッと息を吐きながらも、それはそれでちょっと寂しいと小声で文句を言う専務がかわいくて、つい顔が緩んでしまう。
「笑うなよな」
剥れている。
俯いて、ごまかすようにコホンとひとつ咳払いをした。
「すみません。それで……井川設計さん、いえ、井川さん個人なのかも知れませんが、こんな写真を送りつけてきたのはいったいどういうことでしょう?」
色仕掛けで専務を籠絡して仕事を取ろうとの企みであれば、話は簡単、その場で押し倒せばいい。それなのに、こんなものを撮って送りつけてくる、しかも、わざわざ私に宛ててにだなんて。
「わからない。多分……だが、色仕掛けで仕事をどうこうしようって意図はないだろう。それにしちゃあっさり引き下がったからな。写真を撮るのが目的だったとしか……あ、祐司、ちょっと来てくれる?」
専務はなにを思ったか、話の途中で内線で佐伯を呼び出した。
「どうかしたんですか?」
「いや、ちょっと気になることがあるからさ」
さて、この歯切れの悪さは、どうしたことか。なんぞ後ろ暗いことでもありそうな。
「なによ? まだあるの?」
先に渡した本日決済分の書類に目を通しながら、頷いていた専務が眉を顰め、少々うんざりした風情を醸しつつ、デスクの前に立つわたしを見上げる。
「はい。それが……これは秘書課気付でわたし宛に届いた郵便物なのですが。中身にちょっと問題があるようで、一応専務にご確認いただいたほうがよいかと思いまして」
これなのですが、と、見た目は何の変哲もない白い洋型封筒を差し出すと、訝しげな顔をして封を開けて中身を引き出した専務が一瞬目を見開き、手に持っているそれをデスクへ放った。
投げ出され、ばらばらになったそこには、何時如何なる状況で撮影されたものだろう、専務と妙齢の女性が艶めかしい浴衣姿で抱き合っている姿があった。
「…………」
恐る恐るといった風情でわたしを見上げる専務を正面から見据え微笑んだ。
「この件について、ご説明いただいても? もちろん、専務のご都合がよろしければ、ですが」
嫌ならべつに言わなくていいのよ、と暗に滲ませると、専務はやはり狼狽し顔色を悪くする。
「う、浮気はしてない」
「そんなこと訊いてません」
「疑わないの?」
思わせぶりに浮気を追求する振りをしつつ、その実、疑いなんてこれっぽっちももっていなくて。だいたい、女嫌いの専務がこの期に及んで浮気だなんて、有り得なさ過ぎてちゃんちゃらおかしいだろう。
だがしかし、こんな写真を撮られる隙を作った専務には、お仕置きが必要だ。
「疑ったほうがいいですか?」
口から飛び出す嫌みも滑らか。なにこれ、かなり楽しいかも。
「……いや、そういうわけじゃ」
と、言いつつも、青かった顔は赤くなり、ついでに唇も尖っていく。
「この写真の女性に心当たりはございますか?」
——抱き合っているのだもの。ないわけないよね。
少しの沈黙のあと、専務がきまり悪そうに口を開いた。
「……いがわ……井川結衣」
「井川結衣……井川設計さんの方ですか? 先日、亀屋の視察でご一緒だった」
「……ああ、そうだ。井川の営業だよ」
「では、この写真は……」
「亀屋で風呂上がりに待ち伏せされて……その時に撮られたんだろう」
待ち伏せ、ね?
「一方的に抱きつかれたんですか? 専務には疚しいところは、ない、と仰る?」
「だ、か、ら! 浮気じゃないってば!」
そんなに一生懸命否定しなくてもいいのに。
「ご心配なく。べつに、疑ってなんていませんよ」
「ほんとに?」
「本当です」
あからさまにホッと息を吐きながらも、それはそれでちょっと寂しいと小声で文句を言う専務がかわいくて、つい顔が緩んでしまう。
「笑うなよな」
剥れている。
俯いて、ごまかすようにコホンとひとつ咳払いをした。
「すみません。それで……井川設計さん、いえ、井川さん個人なのかも知れませんが、こんな写真を送りつけてきたのはいったいどういうことでしょう?」
色仕掛けで専務を籠絡して仕事を取ろうとの企みであれば、話は簡単、その場で押し倒せばいい。それなのに、こんなものを撮って送りつけてくる、しかも、わざわざ私に宛ててにだなんて。
「わからない。多分……だが、色仕掛けで仕事をどうこうしようって意図はないだろう。それにしちゃあっさり引き下がったからな。写真を撮るのが目的だったとしか……あ、祐司、ちょっと来てくれる?」
専務はなにを思ったか、話の途中で内線で佐伯を呼び出した。
「どうかしたんですか?」
「いや、ちょっと気になることがあるからさ」
さて、この歯切れの悪さは、どうしたことか。なんぞ後ろ暗いことでもありそうな。
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