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俺にも俺の考えがある。
伍
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小父さんたちふたりから渾身の歓待を一身に受けて酔いの回った祐司をひとり部屋に残し、腹ごなしにと中庭へ出た。ここには、都会ではけっして味わえない田舎ならではの開放感がある。
昼間は一面緑の和風庭園も夜は暗闇の中。冷たい夜風も何のその、足元を照らすガーデンライトを頼りに玉砂利を鳴らし小道を歩く。時折立ち止まっては夜空を見上げ、輝く星屑たちの美しさに息を呑んだ。
辿り着いた四阿には先客がいた。
「要くん、ひとり? 祐司くんは?」
薄ぼんやりとした灯りの下で結衣が笑っている。
「祐司は、寝たよ」
声をかけられてしまい引き返すわけにもいかず、仕方なく四阿の縁台に並んで腰を下ろした。
社交辞令も仕事も、こんな時間にこんな場所でする話でもなし。暫くの間、結衣がじっと俺を見ているのを知りながらも、無言で正面を見据えていた。
「……何年ぶりかしら?」
先に沈黙に耐えきれなくなったのは結衣のほうだったらしい。
「さあ? 二十年は経たないだろう?」
「やだわ、そんなに前じゃないわよ」
懐かしいわねと笑う結衣の声だけは、微かに記憶に残るあの頃のまま。だが、俺にとって結衣とのあれこれは、懐かしいきれいな思い出なんかじゃない。
思い出したくもない。どす黒いなにかが、心の奥から湧き出てくるような気がした。
「要くん結婚は?」
いきなりなにを訊いてくるかと思えば。
「…………」
「あれ? もしかして私、警戒されちゃってるの?」
「べつにそういうわけじゃ……」
「あははっ。やっぱりしてるじゃないの」
昔みたいに話してくれればいいのにと苦笑されても、いまさら困るが。化粧を落とした結衣の顔には遠い昔の面影が残っていた。
「私はね、三年前に親の勧める人と一度結婚したの。でも、一年で別れちゃった。やっぱりだめね、好きでもない相手とじゃ続くわけなかったわ。相手の人はけっして悪い人じゃなかったんだけど、ただ、お家がねぇ……お姑さんの干渉が凄くてもうやってられないわ、って」
「そうなんだ……」
「結構話し合いもしたし揉めもしたんだけど、結局離婚。家に戻ったのはいいけど、兄がね、その歳でブラブラしてるのはみっともないから再婚するかじゃなきゃ家業の手伝いでもしろって嫌みばっかり言うの。私としても言われるのは癪だしでもそのとおりなのも本当だしね、だからっていまさら就職ってのもちょっとじゃない? それで仕方なく会社手伝ってるわけ」
「ふうん……」
「ごめん。要くんにこんな愚痴みたいな話、聞かせてもしょうがないわよねぇ……。あ、ねえ、要くんはどうなの? いい歳して結婚もしないでとか、やっぱりお家の人に、煩く言われたりしてる?」
「いや……俺はべつに……」
「そう? やっぱり男の人はいいわねぇ……」
本当に嫌になっちゃうわ、なんて、寂しそうに遠い目をされたところで、同情もしないし俺には一切無関係なのだが。
「あ、そうだ、ねえ」
「なんだよ要、こんなところにいたのか」
暗がりから祐司がひょっこり顔を出した。
「どうした? 寝てたんじゃないのか?」
「電話で起こされた。兄貴から」
「兄貴? なんだって?」
「折り返してくれってさ」
「わかった」
ため息をひとつつき、立ち上がった俺に結衣が追い縋る。
「また……今度、食事でもしながらゆっくり話しましょう」
振り向いて作り笑いを張り付ける。
「ああ」
——話すことなんて、なにもないけどな。
ざくざくと玉砂利を踏みならしながら思う。祐司のヤツ、いったいいつからあそこにいたのだろうか、と。
「助かったよ」
「だろ?」
玉砂利を鳴らさず足音も立てず近づき忍ぶこいつの技は、忍者並みだ。
さて。
結衣の様子に引っかかりを覚えた俺は、十分な距離を取ったところで指示を出した。
「井川のここ三年間の動向を内密に調べてくれ」
すべてを見越しニヤリと笑う祐司の腹の中はきっと、俺以上に真っ黒だ。
昼間は一面緑の和風庭園も夜は暗闇の中。冷たい夜風も何のその、足元を照らすガーデンライトを頼りに玉砂利を鳴らし小道を歩く。時折立ち止まっては夜空を見上げ、輝く星屑たちの美しさに息を呑んだ。
辿り着いた四阿には先客がいた。
「要くん、ひとり? 祐司くんは?」
薄ぼんやりとした灯りの下で結衣が笑っている。
「祐司は、寝たよ」
声をかけられてしまい引き返すわけにもいかず、仕方なく四阿の縁台に並んで腰を下ろした。
社交辞令も仕事も、こんな時間にこんな場所でする話でもなし。暫くの間、結衣がじっと俺を見ているのを知りながらも、無言で正面を見据えていた。
「……何年ぶりかしら?」
先に沈黙に耐えきれなくなったのは結衣のほうだったらしい。
「さあ? 二十年は経たないだろう?」
「やだわ、そんなに前じゃないわよ」
懐かしいわねと笑う結衣の声だけは、微かに記憶に残るあの頃のまま。だが、俺にとって結衣とのあれこれは、懐かしいきれいな思い出なんかじゃない。
思い出したくもない。どす黒いなにかが、心の奥から湧き出てくるような気がした。
「要くん結婚は?」
いきなりなにを訊いてくるかと思えば。
「…………」
「あれ? もしかして私、警戒されちゃってるの?」
「べつにそういうわけじゃ……」
「あははっ。やっぱりしてるじゃないの」
昔みたいに話してくれればいいのにと苦笑されても、いまさら困るが。化粧を落とした結衣の顔には遠い昔の面影が残っていた。
「私はね、三年前に親の勧める人と一度結婚したの。でも、一年で別れちゃった。やっぱりだめね、好きでもない相手とじゃ続くわけなかったわ。相手の人はけっして悪い人じゃなかったんだけど、ただ、お家がねぇ……お姑さんの干渉が凄くてもうやってられないわ、って」
「そうなんだ……」
「結構話し合いもしたし揉めもしたんだけど、結局離婚。家に戻ったのはいいけど、兄がね、その歳でブラブラしてるのはみっともないから再婚するかじゃなきゃ家業の手伝いでもしろって嫌みばっかり言うの。私としても言われるのは癪だしでもそのとおりなのも本当だしね、だからっていまさら就職ってのもちょっとじゃない? それで仕方なく会社手伝ってるわけ」
「ふうん……」
「ごめん。要くんにこんな愚痴みたいな話、聞かせてもしょうがないわよねぇ……。あ、ねえ、要くんはどうなの? いい歳して結婚もしないでとか、やっぱりお家の人に、煩く言われたりしてる?」
「いや……俺はべつに……」
「そう? やっぱり男の人はいいわねぇ……」
本当に嫌になっちゃうわ、なんて、寂しそうに遠い目をされたところで、同情もしないし俺には一切無関係なのだが。
「あ、そうだ、ねえ」
「なんだよ要、こんなところにいたのか」
暗がりから祐司がひょっこり顔を出した。
「どうした? 寝てたんじゃないのか?」
「電話で起こされた。兄貴から」
「兄貴? なんだって?」
「折り返してくれってさ」
「わかった」
ため息をひとつつき、立ち上がった俺に結衣が追い縋る。
「また……今度、食事でもしながらゆっくり話しましょう」
振り向いて作り笑いを張り付ける。
「ああ」
——話すことなんて、なにもないけどな。
ざくざくと玉砂利を踏みならしながら思う。祐司のヤツ、いったいいつからあそこにいたのだろうか、と。
「助かったよ」
「だろ?」
玉砂利を鳴らさず足音も立てず近づき忍ぶこいつの技は、忍者並みだ。
さて。
結衣の様子に引っかかりを覚えた俺は、十分な距離を取ったところで指示を出した。
「井川のここ三年間の動向を内密に調べてくれ」
すべてを見越しニヤリと笑う祐司の腹の中はきっと、俺以上に真っ黒だ。
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