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いくらわたしだって、そんなに容易くはない。

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 買ってしまった前々から百均の園芸コーナーを眺めては気になっていた小さなもっこりサボテン。高級マンションのお洒落なテラスには少々不似合いかも知れないが——べつにいいよね、わたしが楽しければそれで。

 ついでといってはなんだけれど、職場のテラスにもお裾分け。もちろん、ぞうさんのジョーロも忘れずに。実用には少々物足りないけれど、かわいいは正義だ。

「ふーふふん、ふーふふん、ふーふふふふふふふふ——」
「よっ! あいざわぁ、朝っぱらから鼻歌なんか歌っちゃってご機嫌だねぇ」

 振り返ればいつでも腹に一物、佐伯の満面の笑み。朝っぱらって時間でもないでしょうに。

「たしかにまだ午前中ではありますが……現在の時刻は、十時三十七分。これ、おはようございます、なんですかね?」
「えー、なにそれ? なつかしー」

 破顔した彼は問いかけをスルーし、わたしの右手に握られたぞうさんを奪い取った。子どもか。

「へー、まだこんなの売ってるんだ? 懐かしいな、俺も子どもの頃持ってたよ赤いヤツ」
「そうですか。これは百均で求めたのですが、この緑色だけではなく、赤、青、ピンク、黄色と、売り場に色とりどり並んでいました」

 そうなんです。ぞうさんジョーロの人気は不滅なんです。

「で? どうよ? 同棲セイカツ・・・・

 本題はやはりそれですね。

「同居ですか? どうと言われましても……まあ、快適? ですかね?」
「へぇ?」
「空調は完璧、お風呂は大きくてアワアワですし、広くてフワフワのベッドは熟睡できますし——欠点を上げるとしたら、そうですね、実用的な生活用品がまったくないところでしょうか? でもそれは必要に合わせて追い追い揃えていけばよいものですし……尤も、同居を続けるのであれば、という前提ではありますが……」

 ——そう。まったく・・・・ない。

 家事を一切しない、いや、できない。同居初日で判明したあの男の新たな一面だ。

 掃除整頓等々、日々の家事は、月曜から金曜までの週五日、本宅から通うお手伝いさんの担当だ。洗濯は下着の果てまでクリーニング。これも洗面所に置いてある袋に纏めて入れておけば、お手伝いさんがコンシェルジュまで持っていき、クリーニング済みの衣類が配達されるという、一切手のかからないシステムになっている。

 食事はなんと——いや、予想どおりというべきか、外食オンリー。独り暮らしをしていると聞いてはいたので、ほんの少しくらいは料理のまねごとをしているのではないかと思っていたが、それすら認識が甘かったようだ。

 インスタントラーメン作りはもちろん、レトルトカレーの温めですら未経験。そもそもそんな庶民の食べ物を食されることはないのか。

 やることといえばせいぜい、カフェマシンのボタンを押すことと湯沸かしポットのスイッチを入れるだけ。コーヒー豆や茶葉すら、お手伝いさんが補充しているというから、徹底している。

 キッチンにある鍋釜は、ソースパンひとつでも『ん万円』もする高級ステンレス製プロユース一式。当然の如く使われた形跡は一切なく、すべてが傷は疎か曇りのひとつもないぴっかぴかの新品だ。

 さらに、手を触れることすら恐ろしげなクリスタル製のグラス類にディナーセット、ティーセットや和食器は、庶民のわたしにでも少しはわかる古伊万里やアンティーク洋食器がずらり。これは、食器棚ではなく、飾り棚にでも展示すべきだと思う。

 それから、冷蔵庫の中身は、水。五百ミリリットルのペットボトルに入った、水、水、水。硬水軟水炭酸水、フランスだイタリアだ富士山だ——と、その種類と原産地は豊富。

 冷蔵庫を開けた瞬間、思わず「水道水でいいじゃないか!」と声に出して毒づいてしまった。

 そして極めつけ、冷凍庫の中身はといえばすべてアイスクリーム。色とりどりのダッツが整然と並べられていた。

 甘党なのは知っていたけれどまさかここまでとは。

 ホント、止めを刺されたような気分。思い出すだけでもまったくとほほである。


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