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杪夏の昼間、
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しおりを挟む一夜の過ちだった、そう言って項垂れる彼の姿を見て同情の気持ちを持てたならば私にはまだ、希望があったのかもしれない。
二十四歳で当時の同僚であった彼、飯島 剛士と出会いまるで運命だと言わんばかりのトントン拍子で結婚まで流れていったのもまるで罠だったと今にしてみれば思う半面、とても幸せであった。
五年という月日を共に過ごし、夫婦の営みなんて結婚して二年辺りから数も減ってはいたものの、会話を多くし肉体的でなくとも精神的に繋がっていると信じていた。
「……ご主人の不倫の証拠は奥様が提示していただいたもので十分立証され、まず間違いなく旦那さんに非があると証明できます。慰謝料も………」
弁護士の話も耳から抜けていくほど、今までの五年という時間はなんだったのだろう。と後悔とはまた違う無情さに心は奪われる一方。
義両親のお二人とは上手く接せれたはずだった、嫁姑関係も悪くは無かった。
心のショックは想像していたよりも遥かに大きかったのか、協定の話し合いや両親義両親の同席する話し合いにも参加することが出来なかった。
両親は「辛い思いをしたね、私達も頑張るから」と背中を押してくれて、義両親も深々と両親に頭を下げ続けたそうだ。
『離婚届』
弁護士から記入を、と渡されその場で記入をしている時にやっと実感が湧いて涙が溢れて止まらなかった。
私が『飯島』として迎えた最後の日は視界が歪んで堪らなかった。
サレ妻なんて言葉は悪い言葉だと思う。
ある程度の落ち度がされる側にもあった、なんて言われようともされた側はされた側なのだ。被害者なのだ。
周りのなんとも居心地の悪そうな顔、視線。
耐えられなくなって実家に戻り、都心から電車で一時間程度の違う県に移動したことも人によっては逃げだと後ろ指指される現実に少しの悔しさがあったが背に腹はかえられなかった。
「咲絵、明日ね近くの神社さんで夏祭りあるから気分転換に行っておいでよ」
母は私に早く立ち直って欲しいのが目に見えていた。
離婚してまだ数ヶ月だというのに、次へ次へと前に進めようと必死な姿は娘の目からみても少し、見苦しいものがあった。
たった一人の娘、孫の顔が早く見たかったのに。そんな本音があったのだが、相手方の不倫。相手に問題があった。だからうちの娘にはなんの問題もない。だから新しい出会いが。
たった一言の言葉でさえ、裏の意味の方が強くて重苦しい。
下手に断るのも面倒で、気分でないお祭りに出向かなければならなくなったけれども都心で旦那の知り合い達に絡まれるよりかは何十倍も楽ではあった。
もう三十近い女が着るには合わないかもとは思いつつ、もうなんでもいいやと自暴自棄で選んだずっと好きで大切にしていた淡い紫の裾に小花が一周並んだ爽やかなワンピースを選んで着て、小さなバッグに財布とハンカチ、そして携帯電話を入れてパンプスを履いて外に出る。
神社までの十分程度の徒歩、視線が痛かった都心では地面ばかり見て苦しかったのが一人で歩き久々に上を向いて歩くのは背負ってきた重荷が軽く感じられて、嫌という気持ちもあったとはいえ母の提案に感謝すら覚える。
夏休みの後半、人通りも多い道を一人で歩けば沢山の音と家族に囲まれて寂しさや胸の中にある虚無感も薄れる。
神社に近づけば愉しげなお囃子の太鼓の音が聞こえ始める。
日本人というのはこの音にどうしても心踊ってしまう。心なしか音にばかり気が向いて年甲斐もなく前を向いていても見えなくなっていた。
ドンッと何かにぶつかり、視界が暗くなったのと同時に顔に水がかかる。
前を向き直れば自分より遥かに高い身長の男の人が「すいません、前見てなかった、怪我なあですか」とあわてふためいている。
鼻で息を吸えば珈琲の良い香りに包まれていたことがわかる。
茶色に染まったワンピースに悲しさはあれど、その年で着るべきではないと神様からのお告げなんだとさえ思う。
「ごめんなさい、私も前を見ていなかったんです。おあいこですね。気にしないでください」
染み抜きしなきゃな、と帰路を辿ろうと後ろへ振り帰れば、ガッと腕を捕まれぶつかった男の人が「染み抜き、家がそこなんで詫びも含めてさせてください。知識があります」と申し訳なさそうに提言する。
多分、何もかもが自暴自棄だったからだと。
普段なら決して手を取らない状況下で正常な判断が出来なかった。
「………じゃあ、お邪魔します」
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