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執着の香水
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しおりを挟む寝ている時にふと意識が覚醒することはある。
何かが足りない気がして、ぼんやりと覚醒しきらぬ頭でその足りない何かを探して手を動かす。シーツに皮膚が擦れる音がする。
冷たいシーツの感覚だけ、探し物が見つからず薄く瞼を開けてみればそこにあるのは虚無。匂いはあるのにもう暖かみも何もない。
重い身体を起こして見れば、部屋はカーテンから差し込む明るさを無視して暗く感じる。
「……」
寝起きで声は出ない。それでも脳内は埋め尽くすように言葉が溢れる。
あぁ、立ててしまったのか。あんなに愛を伝えたのに。俺から逃げるなんて。でも赤ちゃん孕んでたら。戻ってきてくれないかな。次は逃がさない。
脳内の言葉で心まで黒く染まりそうになった折、視線がテーブルに向いて言葉が止まる。その視線に止まった物に手を伸ばそうと身体を動かすと更に違和感が腕に当たる。
ベッドの中の違和感に手を伸ばせば男の大半に縁のない黒いレースのショーツ。
思考が停止して、再度動く頃には彼女が下着を履かずに帰ったことに対する背徳感と怒りでぐちゃぐちゃになる。
怒りも相まって全裸で起き上がり、ショーツを握りしめたままテーブルに置いてある物に向かって歩く。
鍛え上げられた筋肉も、見せる相手もいなければ恥じることも何もない。ソファに座りテーブルに置いてある謝罪文と二万円を眺めて、乾いた笑いを空に飛ばす。
やっぱり彼女は変わらない。
「……はぁ」
既に会いたいという熱と、手元のショーツに残る彼女の匂いに下半身が反応しては堪らない。
迎えにはいつでもいけるのだから。今は……
「……言ってたアイツ消したら喜んでくれるかな」
…
あの日から約二ヶ月半、会社を辞めた。
止めてくれる人もいたけれど、月曜日にはやはり上司が変な言いふらしを始めていると教えてもらった。
けれど一ヶ月ほどでめっきり話を聞かなくなった。
辞める数日前に気心知れた同僚に訊いてみた、そうしたら上司は色んな女の子に手を出してたみたいで逆上した奥さんに……と言葉を上手く濁らせず直球になってしまった言葉で上司の最期を知った。
家にテレビを置いていないのでニュースもネットでしか見ない。新聞は出来る限り買ってはいても定期購読は読めない分までかかる為に読みたい時にコンビニで一部買うだけにしている。
だからこそ情報が遅くて、何も知らないまま。
その訃報聞いた時何故だかあの日に嗅いだ見ず知らずの相手からした甘くて痺れるような香りがしたのは偶然だろうか。
惜しまれながら辞めた会社、転職先も何も決まっていないニート生活もしてみたら楽しいもので未来がわからない不安はあれど貯蓄していて良かったと思える。
けれどその違和感に目を向けたとき、もしかしたら自分の選択が誤っていたかもしれないと……後の祭りではある。
ニート生活を二週間ほど満喫した頃、家のポストに投函されたチラシの一枚に目が奪われた。経験・未経験不問と書かれた近くの図書館の司書のアルバイト募集のものだった。
何度も通った記憶のある図書館ならば、と普段なら出ることのない勇気が衝動的に電話のボタンを押させた。
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