幻夢の園に

安馬川 隠

文字の大きさ
上 下
16 / 27
執着の香水

2

しおりを挟む

 寝ている時にふと意識が覚醒することはある。
何かが足りない気がして、ぼんやりと覚醒しきらぬ頭でその足りない何かを探して手を動かす。シーツに皮膚が擦れる音がする。

 冷たいシーツの感覚だけ、探し物が見つからず薄く瞼を開けてみればそこにあるのは虚無。匂いはあるのにもう暖かみも何もない。
重い身体を起こして見れば、部屋はカーテンから差し込む明るさを無視して暗く感じる。


「……」


 寝起きで声は出ない。それでも脳内は埋め尽くすように言葉が溢れる。
 あぁ、立ててしまったのか。あんなに愛を伝えたのに。俺から逃げるなんて。でも赤ちゃん孕んでたら。戻ってきてくれないかな。次は逃がさない。
 脳内の言葉で心まで黒く染まりそうになった折、視線がテーブルに向いて言葉が止まる。その視線に止まった物に手を伸ばそうと身体を動かすと更に違和感が腕に当たる。

 ベッドの中の違和感に手を伸ばせば男の大半に縁のない黒いレースのショーツ。
思考が停止して、再度動く頃には彼女が下着を履かずに帰ったことに対する背徳感と怒りでぐちゃぐちゃになる。

 怒りも相まって全裸で起き上がり、ショーツを握りしめたままテーブルに置いてある物に向かって歩く。
鍛え上げられた筋肉も、見せる相手もいなければ恥じることも何もない。ソファに座りテーブルに置いてある謝罪文と二万円を眺めて、乾いた笑いを空に飛ばす。

 やっぱり彼女は変わらない。


「……はぁ」


 既に会いたいという熱と、手元のショーツに残る彼女の匂いに下半身が反応しては堪らない。
迎えにはいつでもいけるのだから。今は……


「……言ってたアイツ消したら喜んでくれるかな」









 あの日から約二ヶ月半、会社を辞めた。
止めてくれる人もいたけれど、月曜日にはやはり上司が変な言いふらしを始めていると教えてもらった。
 けれど一ヶ月ほどでめっきり話を聞かなくなった。
辞める数日前に気心知れた同僚に訊いてみた、そうしたら上司は色んな女の子に手を出してたみたいで逆上した奥さんに……と言葉を上手く濁らせず直球になってしまった言葉で上司の最期を知った。

 家にテレビを置いていないのでニュースもネットでしか見ない。新聞は出来る限り買ってはいても定期購読は読めない分までかかる為に読みたい時にコンビニで一部買うだけにしている。

 だからこそ情報が遅くて、何も知らないまま。

 その訃報聞いた時何故だかあの日に嗅いだ見ず知らずの相手からした甘くて痺れるような香りがしたのは偶然だろうか。


 惜しまれながら辞めた会社、転職先も何も決まっていないニート生活もしてみたら楽しいもので未来がわからない不安はあれど貯蓄していて良かったと思える。
 けれどその違和感に目を向けたとき、もしかしたら自分の選択が誤っていたかもしれないと……後の祭りではある。


 ニート生活を二週間ほど満喫した頃、家のポストに投函されたチラシの一枚に目が奪われた。経験・未経験不問と書かれた近くの図書館の司書のアルバイト募集のものだった。
何度も通った記憶のある図書館ならば、と普段なら出ることのない勇気が衝動的に電話のボタンを押させた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

ヤンデレにデレてみた

果桃しろくろ
恋愛
母が、ヤンデレな義父と再婚した。 もれなく、ヤンデレな義弟がついてきた。

5年経っても軽率に故郷に戻っては駄目!

158
恋愛
伯爵令嬢であるオリビアは、この世界が前世でやった乙女ゲームの世界であることに気づく。このまま学園に入学してしまうと、死亡エンドの可能性があるため学園に入学する前に家出することにした。婚約者もさらっとスルーして、早や5年。結局誰ルートを主人公は選んだのかしらと軽率にも故郷に舞い戻ってしまい・・・ 2話完結を目指してます!

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

なんども濡れ衣で責められるので、いい加減諦めて崖から身を投げてみた

下菊みこと
恋愛
悪役令嬢の最後の抵抗は吉と出るか凶と出るか。 ご都合主義のハッピーエンドのSSです。 でも周りは全くハッピーじゃないです。 小説家になろう様でも投稿しています。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

お腹の子と一緒に逃げたところ、結局お腹の子の父親に捕まりました。

下菊みこと
恋愛
逃げたけど逃げ切れなかったお話。 またはチャラ男だと思ってたらヤンデレだったお話。 あるいは今度こそ幸せ家族になるお話。 ご都合主義の多分ハッピーエンド? 小説家になろう様でも投稿しています。

愛する貴方の心から消えた私は…

矢野りと
恋愛
愛する夫が事故に巻き込まれ隣国で行方不明となったのは一年以上前のこと。 周りが諦めの言葉を口にしても、私は決して諦めなかった。  …彼は絶対に生きている。 そう信じて待ち続けていると、願いが天に通じたのか奇跡的に彼は戻って来た。 だが彼は妻である私のことを忘れてしまっていた。 「すまない、君を愛せない」 そう言った彼の目からは私に対する愛情はなくなっていて…。 *設定はゆるいです。

【完結】悪役令嬢の反撃の日々

くも
恋愛
「ロゼリア、お茶会の準備はできていますか?」侍女のクラリスが部屋に入ってくる。 「ええ、ありがとう。今日も大勢の方々がいらっしゃるわね。」ロゼリアは微笑みながら答える。その微笑みは氷のように冷たく見えたが、心の中では別の計画を巡らせていた。 お茶会の席で、ロゼリアはいつものように優雅に振る舞い、貴族たちの陰口に耳を傾けた。その時、一人の男性が現れた。彼は王国の第一王子であり、ロゼリアの婚約者でもあるレオンハルトだった。 「ロゼリア、君の美しさは今日も輝いているね。」レオンハルトは優雅に頭を下げる。

処理中です...