幻夢の園に

鹿の肉

3

　友人の笹倉 美世とは小学校前からの古い付き合いで幼馴染みや腐れ縁といった総称で呼ばれる仲。
月に二度は手紙のやり取りをして、逢えない期間を過ごしてきた。
それでも友人の枠から追い出さないでいてくれたのはきっと、美世が優しい心の持ち主であり、尾毘原町がそれだけ狭く小さな空間であるということなのだろう。

　美世は肩まで伸びる黒髪に、日本人特有の茶色の瞳。
紅葉と大差ない身長、細身の身体。
　耳に祖母から貰ったと教えて貰ったダイヤ型の枠に青い宝石が入った揺れるピアスが付けられ、少し


　「…でね、紅葉が居ない間に色々と変わったんだ。
お魚屋さんの金谷さんの息子さんが結婚して跡継いだんだけど、奥さんの提案で昼間はお総菜も始めたんだよ。
お肉屋さんの島田さんの所は、あのヤンキーだった康太郎くんが帰ってきて今はバイトの子に教える立場なんだよ。………、話したらキリ無いね」


　小さく笑いながら楽しげに今の尾毘原町を語る美世の横顔を昔から見るのが好きだった。
キラキラした瞳で多くのことを語るのだ。
　海外や都会でどれだけ人に揉まれるのかを知ってからは、美世が出すこの純粋な綺麗さは紅葉には出せない。

　尾毘原町から一度出てみたからこそ思う。
此処は隔離空間のように外との接点が無いように感じる。
尾毘原町は特産も多く、昔ながらの伝統も守る家系が多いから世に出す物は多い。けれど世から取り入れるもの、世に出す人は決して多くない。
　消えはしない、けれども元からあったという自信がなくなるような途方もない不安になる町に思えてならない時があるのだ。


　「……だけど、一番変わったのは春守家だと私は思う」

　「春守ってあの？」

　「うん。春守家って男家系で七人の息子さん居るんだけれど三男の婚約者が消息不明になったみたいで、紅葉が離れた次の年かな？もう暴れて暴れて…怖かったんだよ。
　今もお屋敷の中で隔離されてるみたい」

　美世の言葉は今までと違い、心配や不安が混じったトーン。
それだけ、紅葉が離れている期間は長かった。
けれど美世は吹っ切れるように表情明るく、トーンも戻しながら話を続ける。

　「でもね！五年位前からかな、春守のあのお屋敷が月に一回開くようになってね。会食という名のお見合いパーティー始めたんだよね。
七人の息子さん、誰一人として結婚してないみたいで親としては心配しかないんだろうね。
　でも、この会食本当に素敵な料理が並んで、それはもう夢の世界なの。

　明日が今月のパーティーだから、ご飯食べに行こう！」


　美世の話し方から多少、想像がついたこと。
美世には結婚や玉の輿に興味はあるのだろうけれど、それを実現しようというやる気はない。
　ただ、この町に産まれたことに意味を成し、それ以上を求めること無くこの町に死する覚悟でいる。

　紅葉も少し持ち得る感覚。
　結婚に何にもではないにしても価値を見出だしていないのだ。


　けれど、この会食で何らかの発展が見られるようなそんな気持ちが消えずに紅葉の心には留まった。