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花の移ろい
夢オチであってほしい
しおりを挟む目が覚めた。
どこか見覚えがある部屋のベッドで目覚めた。
黒い壁、赤い絨毯が広がる肌触りの良い床。
鼻につく甘い香水の香りは、少し前まで馴染んでいた匂い。
一ヶ月ほど前に別れた彼氏の部屋だ。
…
出逢いは歌舞伎町の珈琲店の窓から目があったこと。
その前に、友人との約束で早めに着いた私が見下ろすように、見ていた景色に彼がいたことから始まるのだが。
ある日、同じように彼を見ていたら目があったのだ。
狙っていたかのように、彼は此方を見上げ「そこにいて」と口を動かしたのだ。
少しだけ走ったのか軽く息を切らしながら入店した彼は私を見るなり「良かった、逃げてなかった」と笑って流れるように真向かいに座った。
黒く短い髪は巻いているのかくるっとしており、無精髭を生やしている姿に胸元の開いたスーツはどうにも違和感を覚えた。
遠くから見ていた彼は、想像以上に身長が高く一八〇はあるようで、筋肉質な身体はどうにも卑猥に感じてしまう。
下心丸見えで見ていたのがバレたのか、彼は「そんなに見つめられると恥ずかしいね」と言いつつ微笑み、胸元から名刺を一枚、渡す前に何かを書いて私にくれたのだ。
『廣川 鷹也』
彼はそれを渡して満足げに帰っていった。
仕事の途中に抜け出したから、早めに戻らなきゃと言いながら彼は私の名前すら聞かずにその場を去ったのだ。
まるでそれが、連絡で教えてくれ、と言わんばかりで私は珈琲店で噴き出すように笑ったのだ。
…
そんな彼の部屋で、目覚めるなんてどうにも現実離れしている。
しかし夢にしては妙に感覚も研ぎ澄まされているように生々しい。
それに足につけられた足枷が重さ、冷たさ、音、全てが現実かのようにリアルでぞわっと背筋が凍る気がする。
けれど何かその時の私の感覚で、違和感があった。
足枷が妙に緩いのだ。
少しだけ身を捩り、足枷を強めに引き離すように動けば壊れるように外れた。
普段なら絶対に揺らぐことのない状況が、足が少し切れた事だけで揺らいだのだ。
ただ、ここから出れるかどうかがわからない。
ベッドから降りてみると、タイミングを見計らったように玄関の扉に鍵が差し込まれる音がする。
その時の私は咄嗟に寝室のクローゼットに身を潜めた。
何故この部屋にいるのかもわからないけれど、その時の私には、足枷を外し動いたことが何よりも怖かった。
扉が開き、彼が動き回る音がする。
最初に玄関の壁にある鍵を掛けておく所に鍵をかける音。
次に手を洗う為に、洗面台に。
その次は彼の癖で冷蔵庫から冷やしたペットボトルの水を取り出し飲む。
半分は彼が飲む用で、もう半分は私に分けてくれる分。
そして、彼は寝室に入ってくる。
普段の彼は私を確認して愛を囁きながら水を分け与える。
が、足枷を外し既に身を隠し、そこに私がいないことを確認した彼は、それまで一度たりとも聞いたことのない声で、見たことのない態度で、その場に崩れ落ちるように発狂し出したのだ。
濁音混じりの「あぁぁぁぁ!!」と言う声が響く部屋で私は、
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