番の拷

安馬川 隠

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拷の鎖

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 全員が全員にとって平等かつ平和な世界だったなら。この世界が争いに巻き込まれることもなく、ただ悠々自適に各々が暮らしていたかもしれない。

 戦争には金が掛かる。
Aの国とCの国が戦うとして、Bの国は武器や戦術を売る。A国はこれでC国に勝てると持てるだけの金をBに渡し、C国はこれでA国に勝てると持てるだけの金をB国へ渡した。


 単純な話で、A国とC国が戦うことになった時、その他の国は他人事でその国内で何が起きようともどれだけの人間が犠牲になろうとも『関係ないこと』『非現実的な何処かの誰かが受けた悲劇』として美化されてさえ行く。

 全て、何処かでいつの間にか起こること。



「……うん、噛まれた傷の経過は良好。膿んだりしていないし綺麗にこのまま触ったり変に何かをしなければ痕は残るかも知れないけれど、傷は治るよ」


 傷は、治る。
その言葉は、まるで『表面上のみ』とある種の直接的な表現に聴こえて、嫌味と受け取れる。少なくとも自分はそう受け取った。
 医者は何も知らないに等しい。αがαに噛まれるなどおふざけに聞こえてしまっただろうから。真面目に対応する方が珍しいだろう。


 まさか、Ωに反応し暴れ狂う空間で離れた位置にいたαをわざわざ選んで一直線に襲いに来たなんて話、信じられないに違いない。



 自分の気持ちがわからない。
αに噛まれたことで、発情することもなく鋭い痛みのみに支配された脳内を誰が理解できるというのだ。
Ωならばその痛みの先に番という未来がある。だがαの自分にあるのは出血多量で命が失くなるという決まった未来だろう。先はない。

 相手が友人だったことも大きく影響している。


 八月朔日 遼太郎とはなにかと縁があった。
元々が十人しかいないクラスだからこそだが、関わり話す機会も多く関連性の高い話題が増えれば仲良くなるまでにかかる時間も短くなるのは自然の摂理だろう。


「でさ、瑛大。俺ねαだからってなんでもかんでも出来るって思われるの嫌なんだよねッ」


 八月朔日はαにしてはオールマイティーに全てのグラフが埋まるような評価を貰うクラスの中では珍しく長けている分野が運動のみと一部だけ飛び出たグラフの持ち主で、よく先輩やらに絡まれては『αっぽくない』と言葉を投げつけられていた。
 本人としては勝手に決まった第二の性で、言われるのは別に傷付かないかな。よくわかんねぇしと笑っていたが、その姿が妙に格好良く見えて仲良くしていることを誇らしくすら感じていた。


 αが優秀である、ということは証明がされた事実だとしてもαだろうがβだろうが例えΩであっても人間であることに変わりがない以上、得意不得意はあって然るべきだと瑛大自身は考えていたが、まだまだ解明されていないことが多い現状ではその小さな周りとの違いが大きく見えて指を指されてしまうのは仕方のないことだった。



「……瑛大、学校さ。今からでも遅くないから変えない?お母さんあんまりあの学校に通ってほしくないな」


 診察が終わり待合所で精算を待つ間、瑛大の母は躊躇いがちに言葉を放つ。ある程度長い期間ずっと考えて、言葉にするかを悩んだ結果、出るだろうと思っていた言葉。
 瑛大は母の気持ちも理解できてしまった。『αに噛まれたα』という汚点を今からでも払拭できるのならばしておくに越したことはないという大人の思考。
息子の将来の為、という名目で動けば許されると思っている両親の都合。


「α学科がある学校はこの辺りでは央木高校しかないのは母さんも知ってるよね。
ただでさえ騒がれている現状で転校したら、真っ先にあの件で、って母さんたちが懸念している点を絶対に指摘されると思うよ」
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