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番の拷
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しおりを挟む雪村から濱本に電話があったのは、季秋との会話を一時的に終え統が起きるまで暇をもて余しているところだった。
『番になることを望んでいる』
そのたった一言でも二人が救われる、そんな気持ちでならなくなったがすぐに伝えることの出来ないもどかしさに背中が痒くなった。
身体を起こすことも、気付いたら口の筋肉すら緩んでしまう為唾液が溜まって溢れてしまう季秋を介抱しながらα同士だから出来る会話をした。
季秋たちが言っていた鳴の項を噛めない理由であるΩを強姦するのを見たと言ったこと。
その時にΩのフェロモンに動けなくなったとも。
ということは、Ωのフェロモンを感じない訳ではない。
そもそもの話にはなるが、第二の性においてαとΩは希少種であり大半の人間がβとなる。
そんな世界で希少種同士を繋ぐフェロモンを中間種、大半を占めるβはほぼ感じることはない。
Ωのヒート時のフェロモンをβもある程度感じる者がいることは統計上証明されている。
Ωのフェロモンしか感じるとは証明されていない。
だが、加賀見と廣立はβも感じた威圧感。同種であるαですらその圧に耐えられなかった。
存在が異質であるとは機関の人間としても薄々感じてはいたのだ。
「加賀見くんは起き上がれるようになったら何をしたい?」
「…………もんぶ、らん、か、う」
「ん?…モンブラン?モンブランを買うの?」
「めぃ、すき……らから。みつと、おかね……いっしょ」
「なるほどね、廣立くんと一緒に伊野瀬くんの好物を贈るのか。モンブランが好きなんだ」
とても愛しそうな顔をしながら季秋は頷いた。
小さな頃、鳴と三人で大喧嘩をした時があった。
理由は本当にしょうもなかったように感じるが、当時は本当に怒りで我を忘れたように鳴が怒ったのだ。
トキとミツなんか嫌いだ、と家に走って帰ってしまったことで、焦った二人はなんとか嫌いという言葉だけ取り消して欲しくて。
お年玉を切り崩して、二人で近くのケーキ屋さんへ行った。
統はあんまり貯金が出来なくて、気持ち程度しか出せないことに泣いていた。
お互いのお金を合わせても、ケーキを一つ買うことがギリギリな位だったのに何故か二人で切れている物ではなく単体のものが良いと。
たった一つ、モンブランを買って鳴に届けに走った。
季秋は体力が無くて、統に走ってもらって。
鳴の母は鳴なら部屋にいるわ、貴方達に酷いことを言ってしまったと悲しんでいたから後で謝りに行こうって話をしてたのよ。と言って歓迎してくれた。
そうして渡して仲直りをしてから、鳴と何かあったらモンブランを贈ることにしているのだ。
今となっては易々と買える。
お金を計算などせずとも、お札を一枚渡しお釣りを貰う。
一個でなくていい、もう大きなホールだって買えるのに、それでも一個だけ。鳴が食べるモンブランを一つ。
もしかしたらもう、謝っても、モンブランを用意しても、鳴は笑ってくれないのかもしれない。
底知れない不安で瞳に涙が溜まるのを止めることが出来なくなった時、濱本はそれを悟ったのか、小さな声で季秋に伝えた。
「まだ、これからの動きも何も決まったわけではないし、君達をただ持ち上げてしまうのはこれからの動きで落としてしまう可能性もあるけれど、君達が今これから生きていくための力としてこの現実を知る必要がある。
『伊野瀬くんが君達と番になることを望んでいる』」
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