番の拷

安馬川 隠

文字の大きさ
上 下
17 / 23
番の拷

17

しおりを挟む

 雪村から濱本に電話があったのは、季秋との会話を一時的に終え統が起きるまで暇をもて余しているところだった。

 『番になることを望んでいる』

 そのたった一言でも二人が救われる、そんな気持ちでならなくなったがすぐに伝えることの出来ないもどかしさに背中が痒くなった。
 身体を起こすことも、気付いたら口の筋肉すら緩んでしまう為唾液が溜まって溢れてしまう季秋を介抱しながらα同士だから出来る会話をした。


 季秋たちが言っていた鳴の項を噛めない理由であるΩを強姦するのを見たと言ったこと。
その時にΩのフェロモンに動けなくなったとも。
 ということは、Ωのフェロモンを感じない訳ではない。

 そもそもの話にはなるが、第二の性においてαとΩは希少種であり大半の人間がβとなる。
そんな世界で希少種同士を繋ぐフェロモンを中間種、大半を占めるβはほぼ感じることはない。
 Ωのヒート時のフェロモンをβもある程度感じる者がいることは統計上証明されている。
Ωのフェロモンしか感じるとは証明されていない。

 だが、加賀見と廣立はβも感じた威圧感。同種であるαですらその圧に耐えられなかった。
存在が異質であるとは機関の人間としても薄々感じてはいたのだ。


 「加賀見くんは起き上がれるようになったら何をしたい?」

 「…………もんぶ、らん、か、う」

 「ん?…モンブラン?モンブランを買うの?」

 「めぃ、すき……らから。みつと、おかね……いっしょ」

 「なるほどね、廣立くんと一緒に伊野瀬くんの好物を贈るのか。モンブランが好きなんだ」


 とても愛しそうな顔をしながら季秋は頷いた。

 小さな頃、鳴と三人で大喧嘩をした時があった。
理由は本当にしょうもなかったように感じるが、当時は本当に怒りで我を忘れたように鳴が怒ったのだ。
トキとミツなんか嫌いだ、と家に走って帰ってしまったことで、焦った二人はなんとか嫌いという言葉だけ取り消して欲しくて。
 お年玉を切り崩して、二人で近くのケーキ屋さんへ行った。
統はあんまり貯金が出来なくて、気持ち程度しか出せないことに泣いていた。

 お互いのお金を合わせても、ケーキを一つ買うことがギリギリな位だったのに何故か二人で切れている物ではなく単体のものが良いと。
 たった一つ、モンブランを買って鳴に届けに走った。
季秋は体力が無くて、統に走ってもらって。

 鳴の母は鳴なら部屋にいるわ、貴方達に酷いことを言ってしまったと悲しんでいたから後で謝りに行こうって話をしてたのよ。と言って歓迎してくれた。
そうして渡して仲直りをしてから、鳴と何かあったらモンブランを贈ることにしているのだ。

 今となっては易々と買える。
お金を計算などせずとも、お札を一枚渡しお釣りを貰う。
一個でなくていい、もう大きなホールだって買えるのに、それでも一個だけ。鳴が食べるモンブランを一つ。


 もしかしたらもう、謝っても、モンブランを用意しても、鳴は笑ってくれないのかもしれない。
底知れない不安で瞳に涙が溜まるのを止めることが出来なくなった時、濱本はそれを悟ったのか、小さな声で季秋に伝えた。


 「まだ、これからの動きも何も決まったわけではないし、君達をただ持ち上げてしまうのはこれからの動きで落としてしまう可能性もあるけれど、君達が今これから生きていくための力としてこの現実を知る必要がある。
 『伊野瀬くんが君達と番になることを望んでいる』」
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

白い部屋で愛を囁いて

氷魚彰人
BL
幼馴染でありお腹の子の父親であるαの雪路に「赤ちゃんができた」と告げるが、不機嫌に「誰の子だ」と問われ、ショックのあまりもう一人の幼馴染の名前を出し嘘を吐いた葵だったが……。 シリアスな内容です。Hはないのでお求めの方、すみません。 ※某BL小説投稿サイトのオメガバースコンテストにて入賞した作品です。

運命の番はいないと診断されたのに、なんですかこの状況は!?

わさび
BL
運命の番はいないはずだった。 なのに、なんでこんなことに...!?

そばにいてほしい。

15
BL
僕の恋人には、幼馴染がいる。 そんな幼馴染が彼はよっぽど大切らしい。 ──だけど、今日だけは僕のそばにいて欲しかった。 幼馴染を優先する攻め×口に出せない受け 安心してください、ハピエンです。

平凡顔のΩですが、何かご用でしょうか。

無糸
BL
Ωなのに顔は平凡、しかも表情の変化が乏しい俺。 そんな俺に番などできるわけ無いとそうそう諦めていたのだが、なんと超絶美系でお優しい旦那様と結婚できる事になった。 でも愛しては貰えて無いようなので、俺はこの気持ちを心に閉じ込めて置こうと思います。 ___________________ 異世界オメガバース、受け視点では異世界感ほとんど出ません(多分) わりかし感想お待ちしてます。誰が好きとか 現在体調不良により休止中 2021/9月20日 最新話更新 2022/12月27日

Ωの不幸は蜜の味

grotta
BL
俺はΩだけどαとつがいになることが出来ない。うなじに火傷を負ってフェロモン受容機能が損なわれたから噛まれてもつがいになれないのだ――。 Ωの川西望はこれまで不幸な恋ばかりしてきた。 そんな自分でも良いと言ってくれた相手と結婚することになるも、直前で婚約は破棄される。 何もかも諦めかけた時、望に同居を持ちかけてきたのはマンションのオーナーである北条雪哉だった。 6千文字程度のショートショート。 思いついてダダっと書いたので設定ゆるいです。

傾国の美青年

春山ひろ
BL
僕は、ガブリエル・ローミオ二世・グランフォルド、グランフォルド公爵の嫡男7歳です。オメガの母(元王子)とアルファで公爵の父との政略結婚で生まれました。周りは「運命の番」ではないからと、美貌の父上に姦しくオメガの令嬢令息がうるさいです。僕は両親が大好きなので守って見せます!なんちゃって中世風の異世界です。設定はゆるふわ、本文中にオメガバースの説明はありません。明るい母と美貌だけど感情表現が劣化した父を持つ息子の健気な奮闘記?です。他のサイトにも掲載しています。

成り行き番の溺愛生活

アオ
BL
タイトルそのままです 成り行きで番になってしまったら溺愛生活が待っていたというありきたりな話です 始めて投稿するので変なところが多々あると思いますがそこは勘弁してください オメガバースで独自の設定があるかもです 27歳×16歳のカップルです この小説の世界では法律上大丈夫です  オメガバの世界だからね それでもよければ読んでくださるとうれしいです

モブオメガはただの脇役でいたかった!

天災
BL
 モブオメガは脇役でいたかった!

処理中です...