番の拷

安馬川 隠

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番の拷

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 たった数時間の話。
幼馴染み二人のあれだけの姿を見た後。
目を閉じれば再生される当時の記憶。
眠れるはずなど有りはしない。


 雪村の肌艶が良いことに少しだけ苛ついた気持ちさえ持ちながらおはようございますと小さく言えば、昨日の件で寝れてないよね。先に言うけどあの二人は腕を数針縫う程度で済んでる。貴方が噛まれていたらそれどころでは済まなかったと断言した。

 分かっていることだった。
命より重要な点はないこと位知っていたが、二人の腕の傷を程度で済ましたことには納得いかなかった。

 下を向いたまま表情が曇ったままの鳴を見て、雪村は自身の発言が間違えていたかもしれないと悟った。
けれど、これから話す内容を鑑みても、ここで鳴の機嫌取りだけしていてはいけないことを知っていたからこそ訂正も謝罪もするわけにはいかなかった。


 「話をしたくて、ここに面会と名前を付けてきたの。
貴方に想定外の危険があったこと、二人に大人でも動けなくなる程の麻酔を使用しなくてはならない状態になったこと、この二つがあった時点で合宿は中断。君たちを各家に帰す必要がある。
 けれど、猶予をもらって今こうして話している。
厳しい言葉だけれど、落ち込む時間は今ではないの」


 雪村のはっきりした物言いは出会ってから数日の人間でも怯む程に真っ直ぐで歪みがなく、視線が合った鳴を真剣に見つめていた。
折れる折れないよりかは、話をしなくてはならないという圧にすら感じる。

 何を話せば良いんですか、と問えば雪村はたった一つ、彼らと番になることを望むか。と答え鳴に問うた。
雪村は昨晩のことをあまりよく知らない、話しで微かに聞いた程度の情報しかない。それでも最も必要な情報は鳴があの二人とどうなりたいかであって、それ以外のイレギュラーなど今は溝に捨ててしまえとさえ考えていた。

 ひどく動揺し答えられない鳴を見て、最後に背中を押すのは今なのかもしれないと雪村は躊躇いがちに話を始めた。


 「私ねアルファのフェロモンを感じられないの。アルファも同様に私のフェロモンを感じられない。
生まれつきΩとしての性能に難有でね、ヒートやΩとしての身体の変化はあってもそれにおける運命の番を見つけ出すことはおろか、隣でアルファがヒートになっても影響を受けないイレギュラーなの。
 それでもね、私と一緒に居たいって言ってくれた人がいて、その人もイレギュラーで昔Ωに強姦されたことで無理矢理番にされて噛むことが出来なくなったんだけど、『噛むこと』だけが番ではないよ。

 例えば制約を結ぶとか、研究的にはお互いに番である証明があれば落ち着く個体もいることはわかっているし、貴方達がどうすれば関係として落ち着くかは調べないとわからないけど、絶対に番になってはならないなんて私たちΘ機関の人間は言わない。
伊野瀬くんがなりたい、と言えば私たちは全力でその過程を支えて三人がより良い形に纏まるように尽力する。

 αとかβとかそういうのをかなぐり捨てて、一人の伊野瀬鳴として答えて欲しい。貴方はあの二人と番になりたい?」


 鳴の心を揺さぶる言葉は、決して否定しないと理解できた。
本音を言うことでβとしての尊厳がとか二人の将来現れるであろう運命の番がとか様々な雑念で隠し続けてきた事実。
二人があれだけの姿を見せたのに自分だけ逃げていたくない、そんなことすら考えてしまう。


 「………ずっと、二人から甘い匂いがしてました。
俺だけが感じることが出来る匂いだって知って嬉しかった。
母さんとかを裏切ってしまうけれど、俺は…季秋と統の番になりたい、ッ」
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