7 / 13
初めまして
7
しおりを挟む昼の部が終わると夜の部への交代で、出る人たちは慌ただしく次の打ち合わせに走り、終わった面子は夜の部を見て帰るか直帰するかの選択に悩まされる。
ヨリは夜遅くなると、まずい理由があり直帰することをすぐに決断し帰る準備に入っていた。
貴重なナリの生姿は見たい。話もろくに出来ず挨拶すらまともに出来なかったのだ。これでは幻滅されること間違いなし。だからこそ姿だけでも見て「挨拶は忙しくてどうしよもなかった」と言い訳できるようにもしたかった。
恐ろしい集中力で悩みながらメイクや着替えをしていくヨリに近付く影が二つ。
「お疲れ様です、YOriさん。初めまして。
実況配信してます鯉布といいます。御忙しそうなところすいません。どうしても挨拶したいって言うもんだから」
鯉布、登録者数二百万人越えのヨリと並ぶ人気の配信者。
ヨリとしては存在をもちろん認知している存在が突然話し掛けてきたことに、思考が一瞬フリーズする。
ただ、鯉布の言葉から鯉布がヨリに用があるわけではないと分かると、後ろにいる人間へと目線が動く。
その存在を視界にいれた瞬間、それまでの悩みから何から何までが吹き飛び真っ白となった。
「…お、お逢いできて嬉しいです。お昼の部お疲れ様です。え、えっと、そのYOri様のファンです……。
六周年お祝いできて嬉しかったです、コラボもありがとうございました」
百九十二センチの猫背、うねりのある癖毛が特徴の深緑色のマッシュ。
白い肌に黒色のマスク、目元にある隣に並ぶ二個の黒子。
イベント用のブランド物の洋服に包まれた愛しい人。
白いシャツに黒いボンタンのようなズボン、革靴というシンプルな格好でさえ、イケメン過ぎる。
突然の推しの供給に呼吸と心拍数が合わない。
推しに名前を呼ばれたということは、今日が命日か?と天をも仰ぐ気持ちにヨリはなったが、無視していると思われるわけにはいかない。
「お、お祝い有難う御座いました!嬉しかったです!
改めまして、初めまして。YOriといいます。
私もNARIさんの大ファンです。お逢いできて嬉しい…」
満面の笑顔を浮かべるヨリの百六十六センチと、ナリの百九十二センチとでは身長差がまるで大人と子供。
ナリよりかは健康的なヨリの肌はメイク落とし後すぐということもありオイルでテカテカしている。
smileと書かれた白いTシャツに紺色のパーカー、ジーパンとシンプルかつラフな格好。
イベントで着たメイド服をしまい、素っぴん私服という形で推しに逢ってしまった。と後悔が襲ってきてももう遅く後の祭り。
そんなヨリにナリが震える手で握手を求めてきた時、ヨリは心底これからある予定が憎くなった。
「…今日、大事な予定があるって聞いているので長々と引き留めたりはしないんですけど、やっと会える状態なのに挨拶も出来ないのはって思って。身勝手でごめんなさい」
「い、いえ!!私も挨拶したかったので、実際にお会いできたこと本当に嬉しく思います!またご縁があったら………」
あまり話すと帰るのが惜しくなる、と話を上手く切り上げようとしたヨリの言葉を待たずに、ナリはヨリの腕を少し強引に引き、ナリの口許がヨリの耳元に来るように腰を屈めた。
そうして、誰にも聴こえないように囁くようにナリはヨリに「近い内にいつも通り合鍵で家に来てね、話したいことがあるから」と伝えた。
ヨリのこの時の絶望は、人に伝えることは出来ないだろう。
自分がナリのストーカーを初めて既に七年近く。未成年だからと世間を、ナリという大人を甘くみていたツケが来てしまった事実。
ヨリは震える声で「事前にご連絡させて頂きますので」と声を絞り出し深々と頭を下げて荷物を持って、挨拶もそこそこに帰路を辿った。
「凪里くん、何いったの?ヨリ様、怯えてたじゃん」
「いいの、サプライズだから」
0
お気に入りに追加
21
あなたにおすすめの小説


【完結】I adore you
ひつじのめい
BL
幼馴染みの蒼はルックスはモテる要素しかないのに、性格まで良くて羨ましく思いながらも夏樹は蒼の事を1番の友達だと思っていた。
そんな時、夏樹に彼女が出来た事が引き金となり2人の関係に変化が訪れる。
※小説家になろうさんでも公開しているものを修正しています。

ある少年の体調不良について
雨水林檎
BL
皆に好かれるいつもにこやかな少年新島陽(にいじまはる)と幼馴染で親友の薬師寺優巳(やくしじまさみ)。高校に入学してしばらく陽は風邪をひいたことをきっかけにひどく体調を崩して行く……。
BLもしくはブロマンス小説。
体調不良描写があります。


ヤンデレだらけの短編集
八
BL
ヤンデレだらけの1話(+おまけ)読切短編集です。
全8話。1日1話更新(20時)。
□ホオズキ:寡黙執着年上とノンケ平凡
□ゲッケイジュ:真面目サイコパスとただ可哀想な同級生
□アジサイ:不良の頭と臆病泣き虫
□ラベンダー:希死念慮不良とおバカ
□デルフィニウム:執着傲慢幼馴染と地味ぼっち
ムーンライトノベル様に別名義で投稿しています。
かなり昔に書いたもので芸風(?)が違うのですが、楽しんでいただければ嬉しいです!

そんなの真実じゃない
イヌノカニ
BL
引きこもって四年、生きていてもしょうがないと感じた主人公は身の周りの整理し始める。自分の部屋に溢れる幼馴染との思い出を見て、どんなパソコンやスマホよりも自分の事を知っているのは幼馴染だと気付く。どうにかして彼から自分に関する記憶を消したいと思った主人公は偶然見た広告の人を意のままに操れるというお香を手に幼馴染に会いに行くが———?
彼は本当に俺の知っている彼なのだろうか。
==============
人の証言と記憶の曖昧さをテーマに書いたので、ハッキリとせずに終わります。


【完結】ぎゅって抱っこして
かずえ
BL
幼児教育学科の短大に通う村瀬一太。訳あって普通の高校に通えなかったため、働いて貯めたお金で二年間だけでもと大学に入学してみたが、学費と生活費を稼ぎつつ学校に通うのは、考えていたよりも厳しい……。
でも、頼れる者は誰もいない。
自分で頑張らなきゃ。
本気なら何でもできるはず。
でも、ある日、金持ちの坊っちゃんと心の中で呼んでいた松島晃に苦手なピアノの課題で助けてもらってから、どうにも自分の心がコントロールできなくなって……。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる