重愛の配信

安馬川 隠

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初めまして

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 昼の部が終わると夜の部への交代で、出る人たちは慌ただしく次の打ち合わせに走り、終わった面子は夜の部を見て帰るか直帰するかの選択に悩まされる。

 ヨリは夜遅くなると、まずい理由があり直帰することをすぐに決断し帰る準備に入っていた。
 貴重なナリの生姿は見たい。話もろくに出来ず挨拶すらまともに出来なかったのだ。これでは幻滅されること間違いなし。だからこそ姿だけでも見て「挨拶は忙しくてどうしよもなかった」と言い訳できるようにもしたかった。

 恐ろしい集中力で悩みながらメイクや着替えをしていくヨリに近付く影が二つ。


 「お疲れ様です、YOriさん。初めまして。
実況配信してます鯉布といいます。御忙しそうなところすいません。どうしても挨拶したいって言うもんだから」


 鯉布、登録者数二百万人越えのヨリと並ぶ人気の配信者。
ヨリとしては存在をもちろん認知している存在が突然話し掛けてきたことに、思考が一瞬フリーズする。
 ただ、鯉布の言葉から鯉布がヨリに用があるわけではないと分かると、後ろにいる人間へと目線が動く。
 その存在を視界にいれた瞬間、それまでの悩みから何から何までが吹き飛び真っ白となった。


 「…お、お逢いできて嬉しいです。お昼の部お疲れ様です。え、えっと、そのYOri様のファンです……。
六周年お祝いできて嬉しかったです、コラボもありがとうございました」


 百九十二センチの猫背、うねりのある癖毛が特徴の深緑色のマッシュ。
白い肌に黒色のマスク、目元にある隣に並ぶ二個の黒子。
イベント用のブランド物の洋服に包まれた愛しい人。
 白いシャツに黒いボンタンのようなズボン、革靴というシンプルな格好でさえ、イケメン過ぎる。

 突然の推しの供給に呼吸と心拍数が合わない。
推しに名前を呼ばれたということは、今日が命日か?と天をも仰ぐ気持ちにヨリはなったが、無視していると思われるわけにはいかない。


 「お、お祝い有難う御座いました!嬉しかったです!
改めまして、初めまして。YOriといいます。
私もNARIさんの大ファンです。お逢いできて嬉しい…」


 満面の笑顔を浮かべるヨリの百六十六センチと、ナリの百九十二センチとでは身長差がまるで大人と子供。

 ナリよりかは健康的なヨリの肌はメイク落とし後すぐということもありオイルでテカテカしている。
smileと書かれた白いTシャツに紺色のパーカー、ジーパンとシンプルかつラフな格好。


 イベントで着たメイド服をしまい、素っぴん私服という形で推しに逢ってしまった。と後悔が襲ってきてももう遅く後の祭り。

 そんなヨリにナリが震える手で握手を求めてきた時、ヨリは心底これからある予定が憎くなった。


 「…今日、大事な予定があるって聞いているので長々と引き留めたりはしないんですけど、やっと会える状態なのに挨拶も出来ないのはって思って。身勝手でごめんなさい」

「い、いえ!!私も挨拶したかったので、実際にお会いできたこと本当に嬉しく思います!またご縁があったら………」


 あまり話すと帰るのが惜しくなる、と話を上手く切り上げようとしたヨリの言葉を待たずに、ナリはヨリの腕を少し強引に引き、ナリの口許がヨリの耳元に来るように腰を屈めた。
 そうして、誰にも聴こえないように囁くようにナリはヨリに「近い内にいつも通り合鍵で家に来てね、話したいことがあるから」と伝えた。


 ヨリのこの時の絶望は、人に伝えることは出来ないだろう。
自分がナリのストーカーを初めて既に七年近く。未成年だからと世間を、ナリという大人を甘くみていたツケが来てしまった事実。

 ヨリは震える声で「事前にご連絡させて頂きますので」と声を絞り出し深々と頭を下げて荷物を持って、挨拶もそこそこに帰路を辿った。


「凪里くん、何いったの?ヨリ様、怯えてたじゃん」

「いいの、サプライズだから」
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