実らなかった啜を

安馬川 隠

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ドーズバース

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 この世界は世間で『バース世界』と呼ばれている。
地球総人口の半数以上、殆どの人間がノーマルな中でたった数パーセントという確率で稀有な能力を有して生まれてくる者がいた。


 人はその特殊な二つの存在を各々『ドラッグ』『クランケ』とそう名付けた。


 ドラッグは名前の通り薬になる。
多くは他者の身体に触れるだけで怪我や病気などの進行を遅らせたり、治したりする治癒の力を持っている。

 クランケは名前の通り患者であり、病弱な体質で生まれてくる。医者ですら説明がつかない体調不良に悩まされて、ドラッグの力でしか治すこと改善することがない。


 ドラッグの多くは国が管理する病院に在籍し、国に管理されながら過ごすことになる。
国が管理しなければならない理由はドラッグの驚異的な治癒能力とは裏腹に、ドラッグはクランケの側にいれば薬にしかならずクランケの体調の改善に繋がり安定した健康を約束できるのだが、ノーマルの人間には害になりえるからである。

 個体差はあるものの多くがある程度の距離に一定時間いるとドラッグ特有の匂いに酔った様な感覚を覚え、体調不良になるのだ。体調不良も人それぞれであるが、吐き気から最悪呼吸困難になる。
 またドラッグの血液はクランケにとって番になるという契約行為の為に使われるが、ノーマルが飲んでしまった場合番になることは決して無いが中毒になり依存の原因にもなる。


 であるからして、国はこの世界の大半を占めるノーマルが害されることを考慮しドラッグを国で管理しているのだ。
クランケと診断された者が行き場を失うことなく病院に来れるようにという意味合いも多少はあるが、運命の番のような動物的本能が動くなんていうことはほぼ無いに等しくまだまだわからないことだらけであることだけはわかっている。









 永保大学附属病院
国が管理する病院の一つ、ドラッグが在籍するその地区で唯一の病院。
 D科と呼ばれるドラッグの専門科があるのだが、在籍するドラッグは三名。三名といっても県単位で言えば最も多い病院になる。

 そんな三名の中でも断トツで患者やクランケから人気が高いのは、『鳳城 朔來』
 腰まで伸びた黒い髪、二重の細い目で右目の下に黒子がある。一見ハーフにも間違われる少しヨーロッパの血でも混ざっているかのように感じられるシュッと通った鼻筋。
 中性的でありながらも、身長が百九十近く身体も細身ではあるが筋肉質である。


 謎めいた私生活であったり公にしている情報が殆ど無く、更には表情では笑っているのに目が全く笑っていないのにも関わらず人気が高いのは、見た目だろうと院長が患者に言っていたことがある、らしい。



「……田中さん、我々ドラッグが触れさえすればある程度は治療出来るからと甘えて酒や煙草を辞めないのなら残念ですが治療は中断する他なくなります」

「んだと、散々金巻き上げといて治しもせずに辞めるだァ?ドラッグ風情が良いご身分だな」



 病室では日常茶飯事のように、ドラッグが触れるだけで治療出来るという夢のような話に甘んじた我儘が横行する。
ノーマルの看護師はそれを見て不愉快な顔をするが鳳城はまるで仮面でも被っているかのように笑顔を貼りつけたまま、田中という四十代の男性に語りかける。

 田中の病状では、酒や煙草を自制してもらわなければ臓器への負担で進行は抑えきれず、ドラッグが触れたとしてもほぼ変わらない現状維持という言葉そのままの経過にしか過ぎなくなってしまう。
何度だって説明した。それでもわかってもらえない場合は強行手段しか無くなってしまう。


「……良いご身分なので田中さんはD科への来院を禁止とさせて頂きます。一般科への御受診をお願いします。ドラッグ風情でもこの場での権限は我々にあるので御理解ください」


 鳳城の態度に怒りを顕にした田中は「んだとッ」と声を荒らげ立ち上がったが、鳳城は慌てる素振りを見せず看護師に少し離れるように指で指示をし、足音がある程度離れた事を確認した直後ドラッグ特有の匂いを存分に部屋に充満させ、田中の動きを封じた。


「怒りを顕にすると人って呼吸回数が増えるんですよ。だから沢山空気を吸ってダメになる。ドラッグがいる前では常識なはずなのに、ね?」
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