実らなかった啜を

安馬川 隠

文字の大きさ
上 下
3 / 39
時雨に

英雄は共に/2

しおりを挟む

 レスタン共和国の端、アスギネ王国から近い場所に位置する辺境の村、ミャネット。
農業が盛んである素朴な村で、人口が百人程度の小さな場所。此処に家を持ったのは愛する人の親御さんがこの村の出身だったからだ。


 エグラド・カリトカカ。王国ではそう呼ばれていた名前ももう使うことはないと、新しい名前を村長に頂いた。
 グラッド。愛する人は慣れずにエグと呼ぶことがあるがそれすらも楽しめるようになったのは心に余裕が生まれたからだろう。

 短く刈り上がった赤い髪、傷だらけの肌、深緑の瞳。身長は百九十近く筋肉も相まって大きく見える体つき。そんな見た目とは裏腹に甘いものが大好きで小さい子と戯れながら遊ぶ姿は王国では絶対に見れることがなかった。


 グラッドが愛する人はイズと呼ばれる小柄の大人しい人。
肩まで伸びた青い髪をひとつに束ね、白く柔らかい肌に百六十程度の小柄な身体。
常に下を向いて合うことが無い視線は、昔から変わらない。
 「グラド、迎えに来たよ」と声が聞こえた方へ向きながら優しく笑うイズを周りの人は微笑ましく見ながら、小さくも音を立てながら近付き「グラッドさんはこっち」と向きを正してくれる。
あっ、と声を出しながら頬を赤く染め恥ずかしそうにするイズは誰が見ても可愛らしい。

 あの戦争が無かったかのように平和なこの場所に来れたことを今となってはとても良かったと思っている。



 イズとエグラドが出会ったのは、戦争の部隊編成後の訓練時。
戦争に赴く貴族の中には卑怯な手を使い、貧困層の平民に金を握らせ貴族の息子と年変わらず位の者を買い戦争に送り出す者がいた。王族ですらそれを見てみぬ振りをして、騒ぎにすることもなかったがイズもそうして買われた者の一人だった。

「父と母と弟や妹たちが、無事で健康に過ごせるのならこの身一つ犠牲にするのは簡単なんだよ」

 そう言って微笑むイズに早い段階でエグラドは恋に落ちた。いつ命を落とすかわからない世界で気持ちなど伝えることは出来ないと区別をつけながらも、鉛の臭いに包まれた世界で互いに生きている時間を大切にした。


 戦争から何日、何ヵ月経ったかわからない頃。
エグラドは瀕死だった仲間から敵に目印がある、それを辿れば敵陣に入れると聞いた。隠密行動故に誰かにどう動くかを言えぬまま、部隊から一定期間離れることになった。
 その離れた期間で、エグラドは敵陣の長の首を取り英雄と呼ばれるようになった。

 そうしてやっと戦争が終わると、エグラドはイズを迎えに行った。
 イズは爆撃に巻き込まれ瞳を傷付け目が見えなくなっていたが命があることだけが唯一の救いだと笑って座っていた。
エグラドは血塗れた格好を隠すことなくイズの前に跪き
「…命をかけて守るから俺に守られてはくれないか。君が愛しくて堪らないんだ」
 そう言ってイズに告白をした。

 イズは平民と貴族では釣り合わない、それに男同士など…誰が認めようものですか。とあわてふためいたがエグラドの決心は固く、必ず共に添い遂げると言いきった。


 その後、一時的帰国しなければならないエグラドにイズはミャネット村の奥にあるウサギのオブジェのある家で待つと耳打ちし離れ、エグラドは貴族をやめるために奮闘した。
 そんな二人の暮らしは平穏そのものだった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

罰ゲームで告白したら、一生添い遂げることになった話

雷尾
BL
タイトルの通りです。 高校生たちの罰ゲーム告白から始まるお話。 受け:藤岡 賢治(ふじおかけんじ)野球部員。結構ガタイが良い 攻め:東 海斗(あずまかいと)校内一の引くほどの美形

美形な幼馴染のヤンデレ過ぎる執着愛

月夜の晩に
BL
愛が過ぎてヤンデレになった攻めくんの話。 ※ホラーです

ヤンデレだらけの短編集

BL
ヤンデレだらけの1話(+おまけ)読切短編集です。 全8話。1日1話更新(20時)。 □ホオズキ:寡黙執着年上とノンケ平凡 □ゲッケイジュ:真面目サイコパスとただ可哀想な同級生 □アジサイ:不良の頭と臆病泣き虫 □ラベンダー:希死念慮不良とおバカ □デルフィニウム:執着傲慢幼馴染と地味ぼっち ムーンライトノベル様に別名義で投稿しています。 かなり昔に書いたもので芸風(?)が違うのですが、楽しんでいただければ嬉しいです!

もしかして俺の人生って詰んでるかもしれない

バナナ男さん
BL
唯一の仇名が《 根暗の根本君 》である地味男である< 根本 源 >には、まるで王子様の様なキラキラ幼馴染< 空野 翔 >がいる。 ある日、そんな幼馴染と仲良くなりたいカースト上位女子に呼び出され、金魚のフンと言われてしまい、改めて自分の立ち位置というモノを冷静に考えたが……あれ?なんか俺達っておかしくない?? イケメンヤンデレ男子✕地味な平凡男子のちょっとした日常の一コマ話です。

片桐くんはただの幼馴染

ベポ田
BL
俺とアイツは同小同中ってだけなので、そのチョコは直接片桐くんに渡してあげてください。 藤白侑希 バレー部。眠そうな地味顔。知らないうちに部屋に置かれていた水槽にいつの間にか住み着いていた亀が、気付いたらいなくなっていた。 右成夕陽 バレー部。精悍な顔つきの黒髪美形。特に親しくない人の水筒から無断で茶を飲む。 片桐秀司 バスケ部。爽やかな風が吹く黒髪美形。部活生の9割は黒髪か坊主。 佐伯浩平 こーくん。キリッとした塩顔。藤白のジュニアからの先輩。藤白を先輩離れさせようと努力していたが、ちゃんと高校まで追ってきて涙ぐんだ。

幼なじみ祭

葉津緒
BL
親衛隊による制裁の現場で、意外な出来事が。 王道・脇役・平凡・嫌われ→?

病んでる愛はゲームの世界で充分です!

書鈴 夏(ショベルカー)
BL
ヤンデレゲームが好きな平凡男子高校生、田山直也。 幼馴染の一条翔に呆れられながらも、今日もゲームに勤しんでいた。 席替えで隣になった大人しい目隠れ生徒との交流を始め、周りの生徒たちから重い愛を現実でも向けられるようになってしまう。 田山の明日はどっちだ!! ヤンデレ大好き普通の男子高校生、田山直也がなんやかんやあってヤンデレ男子たちに執着される話です。 BL大賞参加作品です。よろしくお願いします。 11/21 本編一旦完結になります。小話ができ次第追加していきます。

モテる兄貴を持つと……(三人称改訂版)

夏目碧央
BL
 兄、海斗(かいと)と同じ高校に入学した城崎岳斗(きのさきやまと)は、兄がモテるがゆえに様々な苦難に遭う。だが、カッコよくて優しい兄を実は自慢に思っている。兄は弟が大好きで、少々過保護気味。  ある日、岳斗は両親の血液型と自分の血液型がおかしい事に気づく。海斗は「覚えてないのか?」と驚いた様子。岳斗は何を忘れているのか?一体どんな秘密が?

処理中です...