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甘くて、ほろ苦い
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しおりを挟む弟、だと思ったことはない。
似た顔、似た体格、似た声だとしても。
けれども全く違う笑った顔に惹かれたのは事実。
あの女が皇祈を見るたびに「あの女の面影がある」という言葉が理解できなくて、ずっと自分も似ているのだから面影があるということなのだろうかと感じていた。
けれどそれは、決して不快というような感情の末ではなくて、皇祈と血が繋がっているという嬉しさの混じった形容しがたい感情だった。
いっそ、本当に双子として産まれていたら。
いや、きっと二人ともに愛されて御廉の望む過程は進めなかった。
毎日顔を合わせているのに埋められない距離が出来ることは御廉にとっては時に死よりも辛いこと。
非彩として歌い始めたのは、皇祈が一度とある女子を可愛いと褒めた時に暴れ出た感情をぶつけるための場所と道具がほしかったから。
まさかこんなにも人気が出るなんて御廉自身も思いもしなかったことであり、何よりカラオケで歌われることによって得る収入が考えている倍以上あったことに開いた口が塞がらなかった。
「愛しているけど憎くてたまらない」
そんな歌詞を書くこともあれば
「笑顔、寝顔、泣き顔さえも全てが愛しい」
そんな甘ったるい歌詞を書くこともある。
全てフィクションの世界。
それをノンフィクションにする気は半々だったのだろうと今の御廉は思う。
「……引退するとか、言うなよ」
三万を強引に渡されワナワナと震える皇祈がふいに御廉に放った言葉は御廉からしても意外であった。
片想いの曲を何曲も書いてきた、想像の中では何度となしに抱いてきた。無理矢理泣かせるようなことも容易に今だって想像できる。
それらの感情が全て自分に向いているものだと知って尚、やめないでほしいと言うのは皇祈の性格を知っているからこそ理解し難い。
「……あれが、御廉からのラブレターだと思うと恥ずかしいし、すっげぇ消してもらいたい気持ちになるけど、俺が『この感情の矛先が俺だったら良いのに』って思ってたから…どうにも嬉しくて」
嗚呼、やっぱり弟だなんて思えない。
なんて愛しくて綺麗で、純粋で、輝いて見える想い人。
「わかった、これからも歌う。皇祈が望めば俺はすぐに引退する」
ずっと色の無い世界だと思ってたから付けた名前だったけど、皇祈がいると御廉には鮮やかすぎる世界があることを知った。
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