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4.敵国
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しおりを挟むオズモンドの言葉にアウスは座っていた椅子を倒す勢いで立ち上がり、彼女が喋れる筈はないと、声が出ないのではないのですかと声を荒らげた。
オズモンドとシャルロットは、交換条件で話をしましょうと交渉体勢に入った。
そうなれば妥協やらは通用しないことをノルマンとマリアは知っている。
アウスからすれば、話したことのない愛しい人の声が聞ける手段があるのなら是が非でもやりたい。
ふと、アウスはラウリーへと視線を向けた。
「話せるのならばどうして俺と話してはくれないのだ」と思う気持ちがある一方で勝手にラウリーの意思を無視した会話をし、ラウリーが本当は聞かれたくはなかった場所にフォーカスを当ててしまう事があってはならないと、公主としての理性が残って動いた。
「ラウリー嬢、俺は貴女が話せるという可能性の話は貴女を想う一人の男として聞きたくなっています。
俺が持ちうる情報を全て差し出しても貴女を知りたいと、勝手な話だとは理解しています。
けれど、何よりも貴女に嫌われたくないんです。
貴女が訊かないで、ということは訊きません。例えどんなに貴女が悪行に手を染めたとしても俺は公主として、ではなく貴女に惚れている男として貴女を肯定し守れる覚悟がある。
俺にも貴女に隠している情報がいくつもある。まだ貴女を守るためには話して巻き込まぬように情報を遮断することしか出来ない。
俺は、貴女の意思を優先する。俺の持ちうる情報を聞き、貴女の情報を聞いても良いなら俺の手を握って欲しい。
もしも、聞きたくない聞かないで欲しいと、思うのならば俺の耳を塞いで欲しい」
アウスの判断をオズモンドは卑怯だと罵った。
オズモンドとシャルロットが欲しい情報は、例えるならば宝の山はアウスの目の前にある。それなのに、
シャルロットはラウリーの表情を見て、ハッとした。
親であるオズモンドとシャルロットが、怒りや焦燥感で我が子の情報を勝手に晒そうとしているのだから。
アウスの判断に怒るオズモンドの手を取り、落ち着きましょうと宥めればオズモンドも次第に事の大きさに気付き言葉を切り出せなくなる。
全てはラウリーの判断で決まる。
ラウリーは躊躇った。
震える手を、持ち上げてゆっくりとアウスへ近づければアウスの瞳と視線が交わる。
今目の前にいる人は先ほど見たことも無い悲しい顔をしてラウリーの耳を塞いでいた人と同じはずなのに。
「大丈夫、俺は貴女に従う。貴女は自分の気持ちを一番にして良いんだ」と優しい笑顔を向け交わっていた瞳をアウスは閉じた。
ふわりと人肌の体温がアウスの耳に集まる。
ゆっくりとアウスが目蓋を開くと、ビー玉のような瞳から小さな涙をポロポロと溢すラウリーが映る。
その姿はまるで謝っているようで、アウスはそれまで出来るだけ守って来た男女のしきたりを破り、ラウリーを抱き締めた。
その時だけは誰も未婚の男女が、と言及することはなく、静かに音も出さずに泣くラウリーを抱き締めるアウスを見守ることしか出来なかった。
マリアがそんな二人を気遣い、センガルだけこの部屋に残ってちょうだい、と声を小さくかけノルマン、オズモンドやシャルロットそして裁判長らを別室へと移動させる。
センガルからすれば、今の状況は夫の情報を餌にされた物と受け取れる。
自分だったら夫の意思を尊重してあげられるだろうか。知りたいと気持ちばかりが先行して、きっと情報を躊躇うこと無く渡し話を聞いていただろう。
アウスの理性と、番への想いは前回帰から強いものなんだと認識した。
涙を流すラウリーを抱き締めながら、アウスは話せる範囲で言葉を紡いだ。
センガルは話を聞きながら、止めるかどうか迷ったが考えがあってアウスは話をする事を選んだと信じ、止めなかった。
カガシが言っていたこの世界が本であるということは、事実であること。
その本の中では、俺は番の存在を知らずに奴隷解放の英雄の息子として崇められる一方で、両親を失うきっかけにもなった奴隷を憎んでいたこと。
王国で起こる騒動に公主として対応をしなければならないと思う一方で、全てから離れたいと考えたりしていた。だからこそ、公国と帝国が手を組み、王国と争うとなった時センガルや国の元奴隷達を助けることに躊躇し多くの犠牲を有無結果となったこと。
話しはどれもギルティア様から聞いたもので、初めて記憶を有して今に居る。だからそれ以前の自分のことはわからないけれど、話では自分は失う立ち位置だったそうです、と。
ラウリーは話を聞きながら、アウスに向き直る。
そして、アウスの手を取り指先でなぞる文字で『もしも叶うなら、私は貴方と生きる道を選びたい』と書いた。
まるで愛の告白にも取れる文字にアウスは当然動揺した。急に何を、と切り出したいのを抑え「生きてくれませんか」と問う。
ラウリーは『裁判で受けたことを、貴方に教えたい。上手く伝えられるかわからない。また彼女にお世話になることはできますか』と告げた。
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