龍人の愛する番は喋らない

安馬川 隠

文字の大きさ
上 下
107 / 116
4.敵国

59

しおりを挟む

 オズモンドの言葉にアウスは座っていた椅子を倒す勢いで立ち上がり、彼女が喋れる筈はないと、声が出ないのではないのですかと声を荒らげた。


 オズモンドとシャルロットは、交換条件で話をしましょうと交渉体勢に入った。
そうなれば妥協やらは通用しないことをノルマンとマリアは知っている。


 アウスからすれば、話したことのない愛しい人の声が聞ける手段があるのなら是が非でもやりたい。


 ふと、アウスはラウリーへと視線を向けた。
「話せるのならばどうして俺と話してはくれないのだ」と思う気持ちがある一方で勝手にラウリーの意思を無視した会話をし、ラウリーが本当は聞かれたくはなかった場所にフォーカスを当ててしまう事があってはならないと、公主としての理性が残って動いた。


「ラウリー嬢、俺は貴女が話せるという可能性の話は貴女を想う一人の男として聞きたくなっています。
俺が持ちうる情報を全て差し出しても貴女を知りたいと、勝手な話だとは理解しています。
 けれど、何よりも貴女に嫌われたくないんです。
貴女が訊かないで、ということは訊きません。例えどんなに貴女が悪行に手を染めたとしても俺は公主として、ではなく貴女に惚れている男として貴女を肯定し守れる覚悟がある。

 俺にも貴女に隠している情報がいくつもある。まだ貴女を守るためには話して巻き込まぬように情報を遮断することしか出来ない。
俺は、貴女の意思を優先する。俺の持ちうる情報を聞き、貴女の情報を聞いても良いなら俺の手を握って欲しい。
もしも、聞きたくない聞かないで欲しいと、思うのならば俺の耳を塞いで欲しい」



 アウスの判断をオズモンドは卑怯だと罵った。
オズモンドとシャルロットが欲しい情報は、例えるならば宝の山はアウスの目の前にある。それなのに、

 シャルロットはラウリーの表情を見て、ハッとした。
親であるオズモンドとシャルロットが、怒りや焦燥感で我が子の情報を勝手に晒そうとしているのだから。
 アウスの判断に怒るオズモンドの手を取り、落ち着きましょうと宥めればオズモンドも次第に事の大きさに気付き言葉を切り出せなくなる。


 全てはラウリーの判断で決まる。


 ラウリーは躊躇った。
震える手を、持ち上げてゆっくりとアウスへ近づければアウスの瞳と視線が交わる。
今目の前にいる人は先ほど見たことも無い悲しい顔をしてラウリーの耳を塞いでいた人と同じはずなのに。

 「大丈夫、俺は貴女に従う。貴女は自分の気持ちを一番にして良いんだ」と優しい笑顔を向け交わっていた瞳をアウスは閉じた。


 ふわりと人肌の体温がアウスの耳に集まる。


ゆっくりとアウスが目蓋を開くと、ビー玉のような瞳から小さな涙をポロポロと溢すラウリーが映る。
その姿はまるで謝っているようで、アウスはそれまで出来るだけ守って来た男女のしきたりを破り、ラウリーを抱き締めた。


 その時だけは誰も未婚の男女が、と言及することはなく、静かに音も出さずに泣くラウリーを抱き締めるアウスを見守ることしか出来なかった。



 マリアがそんな二人を気遣い、センガルだけこの部屋に残ってちょうだい、と声を小さくかけノルマン、オズモンドやシャルロットそして裁判長らを別室へと移動させる。

 センガルからすれば、今の状況は夫の情報を餌にされた物と受け取れる。
自分だったら夫の意思を尊重してあげられるだろうか。知りたいと気持ちばかりが先行して、きっと情報を躊躇うこと無く渡し話を聞いていただろう。


 アウスの理性と、番への想いは前回帰から強いものなんだと認識した。


 涙を流すラウリーを抱き締めながら、アウスは話せる範囲で言葉を紡いだ。
センガルは話を聞きながら、止めるかどうか迷ったが考えがあってアウスは話をする事を選んだと信じ、止めなかった。

 カガシが言っていたこの世界が本であるということは、事実であること。
その本の中では、俺は番の存在を知らずに奴隷解放の英雄の息子として崇められる一方で、両親を失うきっかけにもなった奴隷を憎んでいたこと。
 王国で起こる騒動に公主として対応をしなければならないと思う一方で、全てから離れたいと考えたりしていた。だからこそ、公国と帝国が手を組み、王国と争うとなった時センガルや国の元奴隷達を助けることに躊躇し多くの犠牲を有無結果となったこと。


 話しはどれもギルティア様から聞いたもので、初めて記憶を有して今に居る。だからそれ以前の自分のことはわからないけれど、話では自分は失う立ち位置だったそうです、と。


 ラウリーは話を聞きながら、アウスに向き直る。
そして、アウスの手を取り指先でなぞる文字で『もしも叶うなら、私は貴方と生きる道を選びたい』と書いた。

 まるで愛の告白にも取れる文字にアウスは当然動揺した。急に何を、と切り出したいのを抑え「生きてくれませんか」と問う。


 ラウリーは『裁判で受けたことを、貴方に教えたい。上手く伝えられるかわからない。また彼女にお世話になることはできますか』と告げた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【完結】失いかけた君にもう一度

暮田呉子
恋愛
偶然、振り払った手が婚約者の頬に当たってしまった。 叩くつもりはなかった。 しかし、謝ろうとした矢先、彼女は全てを捨てていなくなってしまった──。

嘘をありがとう

七辻ゆゆ
恋愛
「まあ、なんて図々しいのでしょう」 おっとりとしていたはずの妻は、辛辣に言った。 「要するにあなた、貴族でいるために政略結婚はする。けれど女とは別れられない、ということですのね?」 妻は言う。女と別れなくてもいい、仕事と嘘をついて会いに行ってもいい。けれど。 「必ず私のところに帰ってきて、子どもをつくり、よい夫、よい父として振る舞いなさい。神に嘘をついたのだから、覚悟を決めて、その嘘を突き通しなさいませ」

【完結】ずっと、ずっとあなたを愛していました 〜後悔も、懺悔も今更いりません〜

高瀬船
恋愛
リスティアナ・メイブルムには二歳年上の婚約者が居る。 婚約者は、国の王太子で穏やかで優しく、婚約は王命ではあったが仲睦まじく関係を築けていた。 それなのに、突然ある日婚約者である王太子からは土下座をされ、婚約を解消して欲しいと願われる。 何故、そんな事に。 優しく微笑むその笑顔を向ける先は確かに自分に向けられていたのに。 婚約者として確かに大切にされていたのに何故こうなってしまったのか。 リスティアナの思いとは裏腹に、ある時期からリスティアナに悪い噂が立ち始める。 悪い噂が立つ事など何もしていないのにも関わらず、リスティアナは次第に学園で、夜会で、孤立していく。

【完結】今世も裏切られるのはごめんなので、最愛のあなたはもう要らない

曽根原ツタ
恋愛
隣国との戦時中に国王が病死し、王位継承権を持つ男子がひとりもいなかったため、若い王女エトワールは女王となった。だが── 「俺は彼女を愛している。彼女は俺の子を身篭った」 戦場から帰還した愛する夫の隣には、別の女性が立っていた。さらに彼は、王座を奪うために女王暗殺を企てる。 そして。夫に剣で胸を貫かれて死んだエトワールが次に目が覚めたとき、彼と出会った日に戻っていて……? ──二度目の人生、私を裏切ったあなたを絶対に愛しません。 ★小説家になろうさまでも公開中

5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?

gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。 そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて 「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」 もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね? 3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。 4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。 1章が書籍になりました。

私がいなくなった部屋を見て、あなた様はその心に何を思われるのでしょうね…?

新野乃花(大舟)
恋愛
貴族であるファーラ伯爵との婚約を結んでいたセイラ。しかし伯爵はセイラの事をほったらかしにして、幼馴染であるレリアの方にばかり愛情をかけていた。それは溺愛と呼んでもいいほどのもので、そんな行動の果てにファーラ伯爵は婚約破棄まで持ち出してしまう。しかしそれと時を同じくして、セイラはその姿を伯爵の前からこつぜんと消してしまう。弱気なセイラが自分に逆らう事など絶対に無いと思い上がっていた伯爵は、誰もいなくなってしまったセイラの部屋を見て…。 ※カクヨム、小説家になろうにも投稿しています!

好きな人に『その気持ちが迷惑だ』と言われたので、姿を消します【完結済み】

皇 翼
恋愛
「正直、貴女のその気持ちは迷惑なのですよ……この場だから言いますが、既に想い人が居るんです。諦めて頂けませんか?」 「っ――――!!」 「賢い貴女の事だ。地位も身分も財力も何もかもが貴女にとっては高嶺の花だと元々分かっていたのでしょう?そんな感情を持っているだけ時間が無駄だと思いませんか?」 クロエの気持ちなどお構いなしに、言葉は続けられる。既に想い人がいる。気持ちが迷惑。諦めろ。時間の無駄。彼は止まらず話し続ける。彼が口を開く度に、まるで弾丸のように心を抉っていった。 ****** ・執筆時間空けてしまった間に途中過程が気に食わなくなったので、設定などを少し変えて改稿しています。

あの子を好きな旦那様

はるきりょう
恋愛
「クレアが好きなんだ」  目の前の男がそう言うのをただ、黙って聞いていた。目の奥に、熱い何かがあるようで、真剣な想いであることはすぐにわかった。きっと、嬉しかったはずだ。その名前が、自分の名前だったら。そう思いながらローラ・グレイは小さく頷く。 ※小説家になろうサイト様に掲載してあります。

処理中です...