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4.敵国
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しおりを挟む騒然とした場で雰囲気は二分した。
『何を言っているんだ』『学校での扱いの比喩表現か』
どちらにせよ、非現実的な話題であったことは確かで。
「……我が娘を侮辱するつもりですか、聖国の長殿」
勿論のことながらラウリーが参加する場に居た親であるオズモンドとシャルロットは反論する。しないわけにいかない。
「訂正を、その言葉は言ってはならないものだと常識的に考えればわかることではないのか」と強めの言葉を使ってもカガシは一切訂正する気も反論や指摘に返事をする素振りも見せなかった。
一方でマリア、ノルマン、センガル、アウスは今まで味わったことがない程に脂汗をかいた。
龍化のまま震える手でラウリーの耳を出来る限り優しく塞ぐアウスに、ラウリーもただならぬ雰囲気は感じ取ってはいたがまさか自分の事とは思っていなかった。
目の前に映るアウスの姿がもっと余裕のあるものであれば、どうしたのか、何があったのかと問うことも出来たのかもしれない。けれど今までに見たことのない、公国の主としてはするべきではない焦燥感と悲しみに染まった表情には何も問えない。
「……本裁判は王国の王族が聖女を愚弄し虐げたことへの裁判ゆえ、王族だろうが他国の長だからとて容認できるものではない。聖国の主だからと図に乗り過ぎだ」
裁判とは思えないざわつき、静粛にと強く出ようとした裁判長が出れなかったのは聖女への侮辱を聞いてから王族が動けなくなったことも一因としてあった。
空気感を察知したノルマンがその場の誰よりも強い言葉を使い、制そうとしたことで残念がりながらもカガシは「そうですよね、知ってます。失礼しました」と言葉を締めた。
ラウリーに対する侮辱を訂正しないままの沈黙にオズモンドもシャルロットも納得は行かなかったが、両者共に此処が『ウィリエールを裁く裁判である』ということを再認識した。
ノルマン自身、今回のカガシの無礼は許すつもりは毛頭なく「裁判が区切りの点まで行った後、聖国の無礼への対応をする」とはっきりと明言した。
その場には一般の者たちを全て除いた王族のみでの会議とすると言ったことでエトワール家の反発、裁判長たちの我々は皆証人なのですよ。という助言も沸き上がったがノルマンは言葉をカガシ同様訂正することはなかった。
「つまらない限りです。本当につまらない」と声をあげたカガシにまだ何か言う気かと周りが警戒したが、その警戒を裏切るようにカガシは「こんな茶番ならばさっさと帰れば良かった」と言葉を続けた。
「我が神は仰りました。『この世界は本なのだと』神はこうも仰りました。『物語の主要人物は死なないのだと』………要は、私がこの場でしたかったことが叶わなかったということ。非常に残念です」
カガシの言葉の意味に真っ先に気付き半分近く龍化した体でカガシに掴みかかったのはアウスで、次に理解したセンガルはマリアを連れてラウリーの元へと急いだ。
アウスがカガシに向かっていったということはラウリーの安全を確認できたからということは把握できても人間、誰しもが自分の目で見たものしか信じられないもの。
ウィリエールから見えぬよう配慮された空間で座っていたラウリーは事の状況が掴めていないせいかキョロキョロと周りに状況を聞きたげな様子であった。
「お前ハ自分ガナニをしよウトしたカ、分かっていルノカ!」
音圧、声色、表情。どれをとっても龍人が恐れられている理由がわかる状態に、もはや裁判など成立しない。
意味が分かっていない裁判官達は恐れ多くも、アウスに向かい「席にお戻りを」「裁判中なのですよ」と咎めたが、アウスの「黙レ、こノ男ハ、聖女ヲ殺そウトシたのダゾ」という言葉で場は騒然とし、オズモンドとシャルロットは足早に娘の元へと駆けた。
ウィリエールも状態についていけておらず、視線が彷徨いながらも動けずに居た。
聖女の侮辱だけに留まらず、暗殺までをも企んだカガシはアウスが怒りで龍化したことが何よりも嬉しそうであった。
カガシにとっては、今この瞬間ですらもアウスを煽り怒らせる為だけの駒と基盤。楽しくて仕方がない。
「本当であれば、今頃リュドヴィクティーク殿の怒りの咆哮と、血の雨が降り注ぎ幸せな世界が流れたはずなんですけどね。人生って上手くいかないもんですよね」
カガシの言葉は更にアウスの腸を刺激しビキビキと鱗が鳴る音がする。
収集がつかなくなる。そう誰しもが思った瞬間にその場の誰よりも大きな威厳ある声で、ノルマンが裁判の中止を宣言した。
カガシは一般観覧として裁判にきたのだからと一般人達と共に退場を促し、カガシは少し残念そうにしながらも「わかりました、ではまた」と素直に退場していった。
あり得ない裁判が、あり得ない形で中断したことは即座にニュースとして世界中を駆け巡ることとなった。
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