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4.敵国
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しおりを挟むカガシの身の上話は、アウスの中で消化できなかった疑問点を更に悪化させた。
その身の上話の上でどうして、元老会が良い顔をしないと解っているはずにも拘らず楯突いてでも獣人の能力を使うことをしてまで目立つ道を選んでいるのか。
カガシの真意が不明になったことで、不愉快さは増す一方。
「……その身の上話を聞いた上で問う、今までのお前ならば聖国の中で目立つこと無かっただろうに。なぜ目立つことを選んだ」
アウスの問いにカガシが答えることはなかった。というより元より身の上話以降話すことを止めたようにすら見えた。
事態が動きを止めてある程度の緊張感と沈黙が流れ、ノルマンは場を大きく崩す事がないように厳格な態度で裁判を開始するようにと声をあげた。
カガシの話しに気を取られていた場の空気も裁判が開始となれば背筋も延びる。
カガシは結局王族らが並ぶ列には来ること無く一般席の一番後ろ端に陣取り座ることとなった。
裁判官がウィリエールを呼ぶ際、フルネームに『殿下』と付けたことに対しマリアとノルマンが公平を帰すために彼は罪人であることを踏まえ一時ウィリエールを王族から除外するよう指示した。
「フィロシスコヘデン・アンテベート=ウィリエール。証人台に赴き真実を述べるように」
大勢が見守る裁判で、姿を久方ぶりに見せたウィリエールはマリアが最後に見た記憶から少し窶れたように感じたが、デクドーに近い思考を持つウィリエールだからこそ、どこまでが演技でどこまでが真実かを見抜くのが一番の論点になることを親である二人は考えていた。
アウスとセンガルにとっては、ウィリエールが聖国と繋がっている可能性が一番の懸念点であり、一つでも疑わしい状態が露呈すればその解れた糸から中身を出すのに全力を注ぐ覚悟がある。
「…フィロシスコヘデン・アンテベート=ウィリエール、この裁判で決して嘘をつかぬことを誓います。
ワザワザ足を運んだ皆々様、お手数をおかけいたしました。
此度の失態、大変申し訳なく……」
ウィリエールのたった一言で、マリアは絶望しノルマンはマリアの心を傷付けたウィリエールに殺意すら覚えた。
久方ぶりに見た息子の姿、言葉が『演技』であるとわかってしまったから。
ノルマンの中で一度でもマリアを傷付けた時点でウィリエールへの感情は底をついたといっても過言ではないが、最後の希望、期待はあった。
心を入れ替えマリアが駆け寄り抱き締められるような子であれば、少しは息子として情が生まれるかもしれないとさえ。
無理だった。
「もうよい、茶番の裁判なぞに付き合えるほど王族は暇ではない」
ノルマンの強い口調に裁判官達も背筋が伸びる。ただでさえウィリエールの裁判に緊張しているというのに。
ウィリエールはノルマンの言葉にハッとした表情をし、父上、違うのです。私は、私は本当に改心しているのです。と焦ったように弁明した。
母であるマリアは信じたかった。お腹を痛め産んだ子どもを信じたいのは母親として消えない感情。
「……ノルマン、もう少し聞きましょう」
マリアの慈悲で危うく強制的に終わりそうになった裁判はもう一度仕切り直しとなった。
もう一度始まった裁判は、順調にウィリエールの演技のない言葉で事務的に進み『聖女へ対する傷害事件』の話へとなった。
ウィリエールはとても言いづらそうにし始めたが、マリアの方へと視線を向けて深く俯いた。
『聖女への犯行を指示したのはウィリエール、貴方ですか』という問いに「いいえ、私ではありません」とハッキリ告げた上で、もう一人の聖女の名前を出した。
アウスとセンガルはその言葉を皮切りに警戒心を強く出した。
「先輩に治癒の力を持ち多くを救った方がいて、喋ることが出来ない無能のエトワール嬢なんかより余程国のために献身的に居てくれる彼女が相応しいと思ったことは事実です。
彼女からラッキーカードの存在を知り、ラッキーカードは確かに私の願いを叶えてくれた。自分に都合のよい世界に心酔し彼女にのめり込んだのも確かです。だから……『エトワール嬢がいなければ彼女と婚約出来たのに』と思ってしまった」
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