龍人の愛する番は喋らない

安馬川 隠

文字の大きさ
上 下
98 / 116
3.裁判

50

しおりを挟む

 二人の件の検死はその後やって来た王国の警備達に任せ、明日まだ終わらない裁判への準備をすることへと移行した頃には日は落ち始め、空は茜色に染まっていた。
裁判中は公平を期すため、王宮内に留まってもらっていたラウリー、アウス、センガルと共にノルマンとマリアも帰城した。



 ある程度落ち着いた頃、ノルマンとマリアは二人の使う寝室で身体を休めようと準備していた。
 マリアは現場をまじまじとは見れなかった故にノルマンにあれやこれやと訊いたがノルマンから返ってくる返事はどれも曖昧であった。



「…本裁判において私も関係者なの。知らなければ繋がることが出来ない事実もあると思うわ、だからノルマン教えて」

「教えられることは何も無いよ、何も情報がないのだから」

「それは国王の立場をもって言っているの?私は王女という立場をもって言ってるの。隠さないで」

「知らないことは教えようがないよ」



 ノルマンの過保護さは出会ってからずっと知っていたことではあったが、裁判が始まる数ヵ月ほど前から拍車が掛かったようにひどくなっている一方。
何が彼をそうさせているのか、わからないからこそマリアはもどかしくて仕方がなかった。

 もういいわ、と部屋を飛び出すように出れば妙なタイミングでセンガルと顔を合わせる。
どうしたの夫婦喧嘩?と軽く冗談めいた言葉を言ったセンガルもマリアのむすっとした表情が変わらないことに本当に夫婦喧嘩なの、と呆気にとられるしかなかった。



「………隠されるのは好きじゃないわ」



 マリアとセンガルは庭園のベンチに腰掛けながら、星輝く空の下で話をする。
最初は全部言うつもりなんてマリアには無くて、軽い世間話からいつの間にかヒートアップした愚痴は止まらずにノルマンが隠す何かについても話題の一つに上がった。
 センガルはそれまでは、それはノルマンが悪いね、話し合いが必要だねと他人事だからこその穏やかさを持っていたが隠し事に関してだけは他人事ではいられなかった。


「……ねぇマリア。私もね、夫たちに何も言えない……ううん、言えなかったことは沢山あるわ。前回帰の記憶を有しているなんてそもそも夢のような話ではあるし、言ったから変わる未来ではないと知っていて命が奪われる失われると伝えるのはとても酷なことよ。
 アウスもラウリー嬢が前回帰で奴隷だったことを伝えなければ、どうして番だとわかったのか、という質問に答えられないことに悩んでいたわ」


 ノルマンとマリアは二人揃って前回帰の記憶を有しているから、ノルマンは出来る限りの貴女に起こり背負わなければならない重荷を減らそうとしているのかもしれないわね。とセンガルは悲しそうに伝えたことでマリアはそれまでの愚痴は幼子がする地団駄にそう代わりないことを感じた。



 センガルの言葉を聞いたマリアは、彼女と別れた後にもずっとその言葉の重さを感じてはため息が出た。
慌ただしい中でふと忘れることがあった。まるで全員が記憶を有して動いているとさえ錯覚することもあった。

 けれど、確かに。彼ら彼女らは物語の延長線で決められた動きをしていただけに過ぎない。
大きく物語が変わり、本来の筋で出ることはなかった聖国やらの大陸に名を持つ小国が出てきて、いつ軌道修正が入るかと怯えていた当初は今や、どうやって卒業パーティーまで乗り越えるかと視点が変わって油断どころの騒ぎではない。


「……ウィリエールが断罪されることで、未来がどう変わるのかも何もわからないのよね」


 俯きながら寝室へと向かえば、先に寝ていれば良いものを廊下に立ち扉に背を預けるノルマンの姿を見つける。彼はいつだってマリアの味方であり続ける。それはもう病のように。
 だからこそ、揺らがぬ内に伝えなければならなかった。


「ノルマン、私を守ろうとしてくれていること心から感謝しているわ。いつも必ず味方で、反することは貴方は絶対にしないでいてくれた。だから私は前を向けた。
 でもね、私は守られているだけは嫌なの。これは王女という立場ではなく、私個人として。

 贖罪は終わっていないの」


 マリアはきっと忘れない。ノルマンの悲しくも優しいあの表情を。
ノルマンは事件の詳細をマリアに伝える覚悟をし、寝室へと共に入った。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

出て行けと言って、本当に私が出ていくなんて思ってもいなかった??

新野乃花(大舟)
恋愛
ガランとセシリアは婚約関係にあったものの、ガランはセシリアに対して最初から冷遇的な態度をとり続けていた。ある日の事、ガランは自身の機嫌を損ねたからか、セシリアに対していなくなっても困らないといった言葉を発する。…それをきっかけにしてセシリアはガランの前から失踪してしまうこととなるのだが、ガランはその事をあまり気にしてはいなかった。しかし後に貴族会はセシリアの味方をすると表明、じわじわとガランの立場は苦しいものとなっていくこととなり…。

【完結】失いかけた君にもう一度

暮田呉子
恋愛
偶然、振り払った手が婚約者の頬に当たってしまった。 叩くつもりはなかった。 しかし、謝ろうとした矢先、彼女は全てを捨てていなくなってしまった──。

【完結】ずっと、ずっとあなたを愛していました 〜後悔も、懺悔も今更いりません〜

高瀬船
恋愛
リスティアナ・メイブルムには二歳年上の婚約者が居る。 婚約者は、国の王太子で穏やかで優しく、婚約は王命ではあったが仲睦まじく関係を築けていた。 それなのに、突然ある日婚約者である王太子からは土下座をされ、婚約を解消して欲しいと願われる。 何故、そんな事に。 優しく微笑むその笑顔を向ける先は確かに自分に向けられていたのに。 婚約者として確かに大切にされていたのに何故こうなってしまったのか。 リスティアナの思いとは裏腹に、ある時期からリスティアナに悪い噂が立ち始める。 悪い噂が立つ事など何もしていないのにも関わらず、リスティアナは次第に学園で、夜会で、孤立していく。

5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?

gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。 そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて 「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」 もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね? 3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。 4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。 1章が書籍になりました。

ある辺境伯の後悔

だましだまし
恋愛
妻セディナを愛する辺境伯ルブラン・レイナーラ。 父親似だが目元が妻によく似た長女と 目元は自分譲りだが母親似の長男。 愛する妻と妻の容姿を受け継いだ可愛い子供たちに囲まれ彼は誰よりも幸せだと思っていた。 愛しい妻が次女を産んで亡くなるまでは…。

あの子を好きな旦那様

はるきりょう
恋愛
「クレアが好きなんだ」  目の前の男がそう言うのをただ、黙って聞いていた。目の奥に、熱い何かがあるようで、真剣な想いであることはすぐにわかった。きっと、嬉しかったはずだ。その名前が、自分の名前だったら。そう思いながらローラ・グレイは小さく頷く。 ※小説家になろうサイト様に掲載してあります。

【完結】今世も裏切られるのはごめんなので、最愛のあなたはもう要らない

曽根原ツタ
恋愛
隣国との戦時中に国王が病死し、王位継承権を持つ男子がひとりもいなかったため、若い王女エトワールは女王となった。だが── 「俺は彼女を愛している。彼女は俺の子を身篭った」 戦場から帰還した愛する夫の隣には、別の女性が立っていた。さらに彼は、王座を奪うために女王暗殺を企てる。 そして。夫に剣で胸を貫かれて死んだエトワールが次に目が覚めたとき、彼と出会った日に戻っていて……? ──二度目の人生、私を裏切ったあなたを絶対に愛しません。 ★小説家になろうさまでも公開中

結婚30年、契約満了したので離婚しませんか?

おもちのかたまり
恋愛
恋愛・小説 11位になりました! 皆様ありがとうございます。 「私、旦那様とお付き合いも甘いやり取りもしたことが無いから…ごめんなさい、ちょっと他人事なのかも。もちろん、貴方達の事は心から愛しているし、命より大事よ。」 眉根を下げて笑う母様に、一発じゃあ足りないなこれは。と確信した。幸い僕も姉さん達も祝福持ちだ。父様のような力極振りではないけれど、三対一なら勝ち目はある。 「じゃあ母様は、父様が嫌で離婚するわけではないんですか?」 ケーキを幸せそうに頬張っている母様は、僕の言葉にきょとん。と目を見開いて。…もしかすると、母様にとって父様は、関心を向ける程の相手ではないのかもしれない。嫌な予感に、今日一番の寒気がする。 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇ 20年前に攻略対象だった父親と、悪役令嬢の取り巻きだった母親の現在のお話。 ハッピーエンド・バットエンド・メリーバットエンド・女性軽視・女性蔑視 上記に当てはまりますので、苦手な方、ご不快に感じる方はお気を付けください。

処理中です...