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3.裁判
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しおりを挟む聖女と呼ばれ他者に感謝される時間は幸せで、否定するべき手を強く抑圧した。
本物の聖女が声も出せない、治癒能力が無いと知った時の誇らしさは今でも鮮明に覚えています。
『私の方が優れ、他者に求められている』と感じることはこの上ない幸せでした。
私は元奴隷の父と母を持ち、幼い頃から虐げられる生活を余儀なくされてきました。その仕打ちは受けて当然なのだと、父と母は抗うことを辞め人生に諦めしかなかった。
そんな時に出会ったのがランルでした。いえ、正確に言えば現長のランルニ様とです。
ランルニという名前は、ランブル聖国の長のみが名乗ることを許されている名で、ほとんどの場合それ以外の名前を明かすことはありません。
ランルニ様は我々に生きる知恵を授けてくださいました。『獣人と人間のハーフ』である私にも生きる道を与えてくださった。
父は獣人で、母は先祖返りの人間です。
母の一族は皆獣人ではあるものの、遠い祖先で一度人と交わって以降何十年かに一度先祖返りの人間が生まれる。
だからこそ忌み嫌われ、一族からも虐げられてきた。
虐げられ、追い詰められていても弱者ではなかった父と母は聖国のランルの教えに則った闘技会で生き残りました。
ランルの教えは世間一般、少なくともこの学院で多くの他の文献に触れた上では異端とされていたことは理解しています。
それでも、その異端の教えで人権はおろか生きることすら望まれなかった私や父と母に人権を与え、生きることを許してくださったのがランルでした。
私は父と母の安全を守ってあげたかった。
私はもうすぐ口が利けなくなりましょう。
最期に言い残すこと、が有りすぎると困ってしまいますね。
聖女様、称号を騙り続けたことを謝罪します。
公国の主様、帝国の主様もお手数をおかけしました。
マリア様、私は……いえ何でもないです。
『我が愛しき主よ、失望させてしまい申し訳ございません』
…
言葉の意味を理解するまでに全員の時間が数秒間止まる。
一番はじめにその意味を理解したセンガルは自身が獣人であることを苦手とし、感情によって現れてしまう豹柄を毛嫌いしていたが、その考えすら持たぬまま豹柄の皮膚を晒し二階から飛び降りるようにマーガレットの元へと駆けた。
次に気付いたのはアウスで、同タイミングでノルマンも気付いたが二人はマーガレットではなく各々ノルマンはマリアの元へと行き、アウスはラウリーの元へと動き目を隠すように手を伸ばした。
「何処に……ッ、」
考えが及ばなかった、というわけではない。ただ、未だに不明な部分の多いラッキーカードの仕組みを応用されてはきっと手の打ちようがないと言っていたままに最悪の事態が起こるとは思いたくなかった。
マーガレットの元へと駆けたセンガルが焦ったように服を開き何処が壊死するのか探したが、鼻血や身体の震えなど見える症状はあれど変色はおろか表面上に何も現れないにも関わらずマーガレットは確かに毒に犯されている現実に絶望した。
必ずしも毒は表面に現れる部位だけを侵すわけではない。臓器に集まり壊死し広がっていけば助けられないことの方が多い。
「……帝国の主様、もう私は助かりません。そういう約束なので……マリア様に、お礼を」
猛烈な痛みが襲っているはずなのにマーガレットはセンガルにマリアに感謝を伝えて欲しいと伝言を頼み、囁くように言葉を続けた。
痛ましい空間を更に加速させたのは、もう一人の聖国の人間であった。クフェードは座ったまま、ガタガタとマーガレットの姿を見つめていたかと思えば突然「私は主に反することなどッしておりませんッッ」と声を荒らげた。
視線がクフェードに向けば、クフェードも鼻血を流し震え座る体勢の維持が不可能になっていた。
ノルマンに目を隠されていても状況を読み取ったマリアが叫ぶように「毒をどこで摂取したのッ」と問えば二人とも口を閉ざし涙を流しながら拳を握った。
殆どの情報を得られぬまま、聖国のやっと掴めた糸は数時間と時間をかけて切られた。
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